5.いじめ
学校に着くと、私の机に花瓶が置かれていた。そこに一輪の花が活けてある。
自分の席に近付くと、教室のどこかからクスクスと押し殺した笑い声が起きた。胸騒ぎがする。
花瓶をどかして鞄を置こうとすると、七瀬さくらが冷やかすように耳元で囁いてきた。
「あんたまだ生きてたんだ? てっきり死んだと思ったわ」
グループの女子からきゃははと下品な矯声が上がる。
私は泣きそうになったけど、ぐっとこらえて唇を噛んだ。
「ていうかさ。あんたって肌白いし、幽霊みたいじゃね?」
きゃはは。まじウケる。そう取り巻きが腹を抱えて笑う。
なんだコイツ等。気持ち悪いな。まじぶっ殺してえ!
どす黒い感情が私の中で湧いて出た。こんなに暴力的な衝動を感じたのは初めてのことだった。
たぶん、この気持ちは、"殺意"って呼ばれるものなんだろうな。
でもどうして今更そんな気持ちが去来したのかな。この生活にも慣れて、完全に牙は抜かれたはずなのに。
従順なおとなしい羊でいれば、そこまでひどいいじめはされないって学んだのに。この激情は何だ。
まるで二重人格にでもなった感じがする。
「ねえ、何でこんなことするの!」
「うるせえよ」
七瀬さくらは花瓶をつかんだ。私の頭から滴がぽたぽたと垂れる。
水をかけられたんだと、首元に水滴が伝ってきた頃にようやく理解した。
ぴくぴくと頬の筋肉が動く。それは無意識の動作だった。
『おい、お前。ちょっとこの身体を俺に貸せ。もう我慢ならねえ!』
脳内に男の人の声が響く。え、どういうこと。だれがしゃべってるの?
『身体の力を抜け。このままじゃやられっ放しだぞ』
ああもう、わからない。本当に二重人格になってしまったのかしら。
『早くしろ!』
ええい、どうとでもなれ。もうこんな学校生活はまっぴらごめんだ。
私は脱力して、もうひとつの人格に身をゆだねた。
『よぉし、思い通りになった。まずはコイツ等を黙らせるか』
私は七瀬さくらの胸倉をつかんで、鼻っ柱に肘打ちを叩きこんだ。
彼女は防御もせずに、それを喰らった。そのまま机をなぎ倒して倒れこむ。
花瓶の割れる音と女子の悲鳴が、クラス中に響いた。
『やっぱこの身体は筋力ねえな。使いにくいぜ』
昂る。
興奮が身体中を支配する。
この高揚感は、今まで味わったことがないものだった。
「てめー。幽霊のくせに調子にのるな!」
大仰に腕を振りかぶって、東雲裕子は突進してきた。
距離が、詰まる。
相手の拳は目の前に迫っていた。
私は、ついと身体を沈める。打点をずらされた彼女は動揺して、動きを止めた。
そこに、足のばねを利用したアッパーを放つ。あごにヒットした。
彼女は白目を剥いて、だらりと力なく倒れた。