3.転移
水鳥鮪は落雷に打たれた。
他にいくらでも飛雷物がありそうな雑居ビルの立ち並ぶ一角で、激しい音と衝撃を感じ、そのまま意識を失った。のだが。
「あんたはだれだ? ここはどこだ?」
ふと気が付くと辺り一面が真っ白の虚構空間に覆われていた。
目の前にはウェーブがかかった白い長髪に、丸めがね、赤褐色の肌をした、男性の姿があった。
「私はネルウァ。創造神の1柱です。人間偏差値は68で、あなたの創造主であります」
「なんだよそれ、新手の宗教勧誘か? あいにく無宗教だからよ、他をあたってくれ」
「なりません。あなたの魂は穢れています。このままでは黄泉へと送ることができません。最悪の場合、地獄への強制送還もあり得る話です」
「悪いが俺は、悪人正機説とかいうのを信仰している。浄土真宗だったかな」
水鳥鮪は言を左右にした。それでもネルウァの温厚な表情は崩れない。
「そうですか。それでも地獄送りですよ。あなたは、殺人を犯したんですからね」
「ああ、殺したよ。でも俺は悪くない」
「残念ですね。あなたが改心する意思を見せてくれれば、現世に返してあげることもやぶさかではなかったのですが」
「必要ねえよ。今更未練なんかねえし」
「本当にそうでしょうか。あなたがいなくなることを、彼女はどう思っているでしょうかね」
ネルウァはついと右手を挙げた。その瞬間、水鳥鮪の脳内に膨大な情報量が注ぎ込まれる。
「ぐ、ぐわあ……」
入ってくるのは、飯島りんとの思い出。彼女の近況。
彼女は、泣いていた。
「俺がお前を笑顔にしてやる」水鳥鮪は彼女にそう約束したが、それは果たせていなかったのだ。
「や、や、えろ」
ネルウァの右手が下ろされると同時に、水鳥鮪の頭痛もやんだ。
痛みで開けることのできなかった視界に、再び白い世界が現れる。
「いかがでしたか? あなたのせいで彼女の顔から笑みが消えていましたね」
「あんた、悪魔かよ。これ以上、彼女を傷つけるなッ!」
「私は何もしていません。全てあなたが招いた結果ですよ。これでも現世に未練がないと言えますか?」
「ふざけろ。今から更生すれば、現世に返してくれるんだったよな」
「ええ、そうですね」
「わかった。俺が悪かった。だからお願いだ。りんに会わせてくれ」
「構いませんが、人間の心というものはそんなに簡単に変わるものではありませんからね。テストをして差しあげましょう」
「テスト?」
「ええ。あなたにはこれから、仁科歩という女子高生の身体に転移してもらいます。彼女はいじめを苦にして、自殺を考えています」
「おいおい、なんでそんなやつの身体に……」
「彼女を救うことができれば、あなたが更生したことを認めてあげましょう。ただし、できなければ、地獄行きですよ」
「なんでもいい。早くそいつの身体に転移させろ。俺はりんに会わないといけねえ。あいつを幸せにできるのは俺しかいねえんだ!」
「その気持ちを、忘れてはいけませんよ。過つは人の業、許すのは神の域ですからね」
ネルウァはパチンと指を鳴らす。すると水鳥鮪の意識は消滅した。
「次に目覚めるときは、仁科歩さんの身体です」