END.一日千秋(水鳥鮪)
ヘルメットからつゆがしたたって、視界をにぶらせる。
水鳥鮪は円形にカーブするつばを指でなぞって露払いをした。
絶え間なく打ち続ける雨が作業着を重く湿らせていく。
彼は、運搬用一輪車を使って土砂を運ぶ仕事をしていた。
学歴が重要視されずに働ける職業といえばそれなりに限られてくる。
低賃金の日雇い労働がほとんどだ。
もう少し年齢を重ねれば、大型の免許を取得出来る。
そうなったら運送会社に勤める予定だった。
ブラック企業とは言われているものの、学歴不問で高月給の会社を見付けたのだ。
公共職業安定所を通してその企業に面接を行ったが、意外にも好感触だった。
前科者であっても嫌な顔を見せてくることはなかったし、社員寮も用意してくれるとの話だった。
「おい、新入り。休憩だ」
工事現場監督のオオツキさんは図面を広げたままそう言った。
よく弾くレインコートを着ているからか、血色もいい。
事務所に戻って休むか。
そう踵を返したタイミングで、オオツキさんはガマグチ財布を投げて寄越した。
鮪は反射的に受け取る。
「それでコーヒーでも飲めや。俺はいらん」
「あ、どうも……」
自動販売機は事務所の中にあった。
せっかくだしなんか飲むか。
そう足を進めると、ひとりの男が道をふさいだ。
なんとも不運な相手が、そこにはいた。
「よう、水鳥鮪。俺を覚えてるか?」
男はそう奇声を上げる。
「知らねーからそこをどけよ」
「お前の女をハメたやつだよ。ブァーカ!」
「どけって言っただろ。殺すぞ」
鮪は挑発には乗らずにそうすごんで見せた。
眉間にしわを寄せたその表情は、殺意を隠しきれていない。
「おいおい、謝罪してくれよ前科者」
「だから、どけって」
「お前のせいで俺は、全治一か月の重傷だったんだからな」
「完治してよかったな。早くどけ」
「おいおい、ごめんもなしか? 前科者はここが違うねえ」
長い舌をぺろりと伸ばして、その男は自分のこめかみを指でつついた。
「は?」
ぴくっと拳が動きそうになった。
ダメだダメだ。
仁科歩がいなくても、自分の感情くらいは制さなければ。
飯島りんに合わせる顔がねえだろ。
いや――もう、ないのかもな。
あれから、会いに行く勇気が出ない。
きっと仁科歩なら、そんな俺を応援してくれるんだろうけど。
水鳥鮪はきつく歯を食いしばってから言った。
「お前が傷つけた女の子は、一生治らねえ傷を負ってんだ。お前こそあやまったのか?」
「あやまる? そうだな、顔を合わせたときにでもしてやるさ」
「俺、なんか間違ったことしたか?」
「は?」
「俺はあのとき、お前を殴り殺すことが正解だと思った。けど、お前は生きてた。それでなんか俺、ホッとしたとこもあるんだ。人殺しには変わりないはずなのに、ああ、生きててくれてよかったって。だから教えてくれよ。俺は間違ったことをしたのか?」
過つは人の業、許すのは神の域。
水鳥鮪は、初めて自分の罪と向き合った。
「ああ、間違ったことをしたよ」
「だったらあやまる」
水鳥鮪は容赦なく頭を下げた。
「だから、りんにも謝罪をしてやってくれ。許してくれなくてもいい、許してもらえなくてもいい。だから、頼む」
まあ、こういうところから変えていかないとな。
りんを救うためだから、死ぬ気でやらねえとダメだろ。
俺、なんか間違ったこと言ってる?
水鳥鮪はそんな風に自問自答をして、地面を見つめていた。
次回予告
END.(ネルウァ)をやります。




