20.天佑神助
ふと気が付くと辺り一面が真っ白の虚構空間になっていた。
目の前にはウェーブがかかった白い長髪に、丸めがね、赤褐色の肌をした男性の姿がある。ネルウァだ。
「あの、ネルウァさん。私、どうなったんですか?」
もしかして死んでしまったのだろうか。
なんだか意識がどこか遠くにあるような感じがして、なにも思い出すことが出来ない。
「いえいえ、大丈夫ですよ。人間が夢を見る時間はわずか数秒と言われています。私はその数秒間を拝借するために、夢の中にお邪魔しました」
数秒間だって?
体感時間ではとっくに数秒なんて過ぎているが、戦闘中に夢など見ていていいのだろうか。
「心配ありませんよ、仁科歩さん。私はあなたの創造主です。時間くらいいくらでも創造れますから」
さっきから心を読むような発言を繰り返すネルウァ。
忖度なんてレベルじゃない。まるで読心術だ。
「さて、それでは本題に入りましょうか、仁科歩さん。これはハドリアヌスからの提案なのですがね。水鳥鮪くんの転移を解けば――つまり、彼の魂を消滅させることをあなたが選択すれば、ただちに転生者による攻撃を中止して、命だけは助けてやるとのことです。いかがでしょうか」
ん?
話が突飛すぎてついていけない。
「水鳥鮪くんの転移を解けばって言ってるけど、転移なんてあっちが勝手にやったことで、私にはどうすることも出来ないですよね」
「いえいえ。これは私の説明不足で不徳の致すところですが、出て行けと念じるだけで、転移者の魂は簡単に追い出すことが出来ますよ。庇を貸して母屋が取られてしまっては、それこそ本末転倒ですからね。私は水鳥鮪くんに、あなたを救うように命令したのですから」
「私を救うように? どうしてですか、私が哀れだからですか?」
「いいえ、違います。私は神様などと謳われてはいますが、その実かなり無力です。神様は人間界に干渉することが出来ませんから。人間を救うことが出来るのは、神様ではなくて人間です」
人間を救うことが出来るのは、神様ではなくて人間。
創造神がその言葉を口にすると、その重みがまるで違って感じられる。
「私は、どんな人間もその性質は善であると信じています。ただ、正しすぎるせいで間違えることもあるでしょう。人と人は支え合って相互関係にあって生きていく動物です。ならばお互いの間違いを正してあげるのもまた人間なのではないでしょうか。神様はその一助となるべく君臨しているだけなのですよ」
「質問の答えになっていませんよ。なんで私を助けたんですか?」
私はさらに問い詰めようとしたが、
「いえいえ、質問にはお答えしたつもりですよ」
ネルウァは白い長髪を軽く振ってそう言った。
「あなたを助けることで、水鳥鮪くんは助けられていますし、水鳥鮪くんを助けることであなたも助けられているはずですよ」
「私が、助けてる?」
「はい、その通りです。あなたがいなければ水鳥鮪くんは助からなかったかもしれません」
それは、ちょっと嬉しい。
足を引っ張ってるだけじゃなかったんだ。
「それでは話を戻しますね。水鳥鮪くんの転移を解きますか? 解きませんか?」
今の話を聞いたら、出せる答えはひとつしかない。
「解きません。私は、水鳥鮪と共に戦います」
「いいんですか? このままだと死ぬかもしれませんよ」
「はい!」
力強く返事をしてから、所信を表明する私。
思い返せば、だれかとこうやって向き合って、本気で話すのは初めてのことだった。
「彼がいたから、私は学校で戦うことが出来ました。逃げることなく、自分の運命と真っ向から殴り合えたんです」
だから……。
そう拳を握って続ける。
「だから今度は、今度は私の力で、自分の運命と殴り合います。もう他人任せにしたりしません。私も水鳥鮪くんみたいに、力強く生きてみたい!」
「わかりました。いいでしょう」
年齢不詳の白髪の男性は優しくほほ笑んだ。
私も歯を見せてピースサインをする。
「では最後に、転生者と転移者の違いをざっくりと伝えておきましょう」
「それ、今必要ですか?」
「ええ、必要です」
ネルウァは説明を終えると、パチンと指を鳴らした。
「さあ、反撃の時間ですよ」




