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2.祈祷

 アインシュタインの話で時間は伸び縮みするっていうのを聞いたことがある。楽しい時間は早く過ぎるけどそれは本当に時間が縮まっているからで、反対に辛いことをしているときは時間が引き延ばされてるっていう学説。相対性理論を根拠に述べられたみたいだけど、何を言っているのかはさっぱりだし、なんというか眉唾な気がした。宇宙との交信がどうのこうのってファンタジーやオカルトの話みたい。


 私はそう紅白歌合戦を見ながら考える。冬休みが過ぎるのはあっという間だ。もうここまで来てしまったのかと思うと、ちょっと憂鬱になる。


「年末といえば、年越しそばと紅白歌合戦よね。来年も元気で過ごせるように頑張りましょう」

 お母さんは漆塗りのお椀とお猪口ちょこをテーブルに置いた。お椀にはエビ天そば、お猪口には日本酒が容器を湿らす程度に入っていた。

 日本酒は新年を迎えるにあたって心身を清めるために飲むらしいけど、くさいし苦いから、私は好きじゃなかった。


 ちびりとお酒を飲んでから、ジンジャーエールのふたを開ける。ペットボトルから、ぷしゅぅと空気の抜ける音がした。しょうがと炭酸の弾けるにおいがした。

「いただきます」ずずず、とそばをすする。舌触りが良く、コシのある麺だった。ジンジャーエールを流し込むと、口の中で泡が爆ぜて、心地よかった。


 ごーん、ごーん、という乾いた重低音の音の振動を感じたのはそれからしばらく経ってからのことだった。

 私は食器類を流しに出して、カーペットに寝そべって、紅白歌合戦と洗い物のカチャカチャする音を聞いて、なんだかまぶたが重くなってきて、寝て、鐘の音で起きたのだ。

 テレビ画面にはアイドルグループとその派生ユニットが映っていて、一夜限りの豪華コラボと題されていた。お母さんは毛布をかけたまま眠っていて、寝息とともに毛布が上下していた。


「ちょっと出かけてくるね」


 私はお母さんを起こさないようにそっと家を出る。除夜の鐘とともに初詣に行くのが私の習慣だった。


 外に出ると冷えた空気がたちこめていて、私はダッフルコートを抱くようにして背中を丸めた。インナーにはタートルネックを着てたけど首元だって普通に寒い。裏起毛のデニムパンツは意外と優秀で足元の保温効果は抜群だった。


 そうやって仲未世通りの商店街へと差し掛かる。そこはお祭りの屋台がぎゅうぎゅうにひしめき合うみたいに、お店同士が乱立していて、年明け早々、参拝客でにぎわっていた。外国人客が多いなという印象だった。しかも彼らは薄着で時折立ち止まっては写真を撮ったりしている。寒くないのだろうか、私みたいな冷え性はただただ感服するしかない。


 商店街を抜けると赤くて巨大な提灯がひとつ入口にぶら下がっていた。その両隣では風神雷神像がにらみを利かせている。2柱の神様はバックライトで鬼の形相を照らされていた。

 赤提灯には『霹靂門』と筆文字で記されていて、その真上の門には『金虎寺』との金文字が躍っていた。


 ここ朝草寺には寺院の数が多く、私はどこで参拝するか迷っていた。考えあぐねた末に道中に設置されている撫で仏の頭を触った。このお地蔵さんは神通力が強く、触れた個所の病気が治るらしい。だから私は真っ先に頭(頭が悪いから)、次に心臓を撫でて(弱気な心を治したいから)、お賽銭を足元に置いた。お地蔵さんの頭はいろんな人に撫でられすぎてつるつるの手触りだった。


 最後にいちばん大きな仏閣にお参りをした。お賽銭を入れて、布製の太縄で銅鑼ドラのようなものを打ち鳴らす。あまり良い音はしなかった。


 私はお祈りをする。

 もしも生き返るんだったら、男の子がいいなあ。

 男の子みたいに奔放に生きてみたいなあ。


 すると遠雷が地響きのように伝わってきて、青い稲光が闇夜の住宅街に突き刺さっていた。遅れて破壊音が轟く。雨は降っていない。まさしく晴天の霹靂へきれきだった。

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