19.体格差
節田市の本丸小学校はすでに廃校になっていた。
そもそも過疎化と超高齢が叫ばれる現代社会において、こんな片田舎に校舎を設立する方がどうかしている。
いや、設立したのは創造神・ハドリアヌスだったか。
あのダンディイケメンはツタの生えた古めかしい木造の校舎を創造っていた。
玄関口には学年ごとにわけられた靴棚があって、『あいさつは、元気に明るく、自分から』とのスローガンが掲げられていた。
これを掲げたのが人間ではなく創造神なのだと思うと複雑な気分になった。
「いらっしゃいませ。水鳥鮪くん」
土足で廊下に上がると、同じく靴を履いた男の人が教室から出てくるところだった。
彼は短く刈られた髪形をしていて、分厚い筋肉が内側からTシャツを押し上げている。その丸太のような太い腕は対峙しただけでも恐怖を与えているし、膝上しかない短パンからのぞく足は肉の重量を感じさせた。
『構えを見れば相手の得意な格闘技がわかるんだが』
こんなときでも水鳥鮪くんは私の心に語りかけてくれた。
ちょっと頼もしい。
『あいつは素人だな。腰の位置に拳を構えていやがる』
構えているというよりは、ノーガードに見えるけど。
『あんな筋肉ダルマ、一発で終わらせてやるよ。お前の股関節は軟らかいからな。ハイキックで仕留めてやる』
そう私は縄跳びをしているような軽快なステップで相手との距離を詰めていく。
転生者は棒立ちでこちらの出方を窺っているようだった。
『格闘技において、足を止めることは負けるも同じだぜ』
そう急接近しては腹部を殴り、間合いを切っては詰めていく。
そんなヒットアンドアウェイスタイルでの攻防が始まったがまるで効果はなかった。
ボディに拳打を集中させるのは顔面に注意を向けさせないためだというのはわかる。
だけど、相手のボディよりも、私の拳が先にやられてしまいそうだ。
鋼の腹筋を殴り続けていたせいで、拳骨がじんじんする。
今のところ反撃はないけど、このままでは私がスタミナ切れをするのは目に見えていた。
とくに鍛えていない私の肺は酸素を渇望している。
「そろそろわかってくれたかな、水鳥鮪くん。あのときは完膚なきまでに暴力で叩きのめされたけど、今回は立場が違うって」
「ああ、そうかもしれねえな。まるで歯が立たねえ」
「そうだよね。私はあなたの攻撃を歯牙にもかけず受け続けたけど、まるで歯ごたえがないわ」
「そうかい、だったらひと思いにやってくれよ」
私はもろ手を広げてハグの姿勢を見せた。
「うん、わかった。戦意喪失ってとこかしら」
屈強な男はつかつかと廊下を歩いた。構えを解いた無防備な格好だった。
私はステップを踏みながら距離を詰めた。
男には上背があるため見上げる感じになる。
「じゃあ、死んで」
腕を引いて、腰を回し、額に血管を浮かべて。
男は右フックを放ってきた。
体格差があるため、相手の重心がわずかに下がった。
私はそのタイミングを見逃さない。
軸足に重心を乗せて後傾になると、すぐ目の前を剛腕が通過していった。
つま先立ちになって、直角に身体を捻り。
相手の側頭部に蹴り足を突き刺す。
右ハイキック。
「くしゅん」
いわゆるカウンターの形だ。
これなら決まるはず。
が、私の蹴り足は空を切り裂いただけだった。
相手の頭は、くしゃみの分だけ、沈んでいたのだ。
「え、降参したんじゃないの? キック?」
転生者は動揺したまま、右前蹴りを繰り出してきた。
それは右膝をたたんで、腰を入れて。
足の裏全体で相手を蹴とばす技だ。
それをまともに喰らった。
両腕を胸の前でクロスしていたものの、その衝撃はすさまじい。
そのパワーは骨まで響いた。
私は廊下の突き当りまで吹っ飛んで。
壁に背中を強打して止まった。
「やっぱり男って力強いねー」
転生者はそう笑いながら歩いてくる。
その度に意識が遠のく。
私は、死を悟っていた。
いよいよ絶体絶命だ。もう助からないんだ。
そう思うと一筋の涙がこぼれていた。




