18.転生者
「おはよう、アユちゃん。お友達から電話があったよ」
木製の階段を下りているとミシミシと軋んだ音が鳴る。
そこにお母さんの声が重なって聞こえたから、言葉の内容が空耳なんじゃないかと思えた。
だって、友達から電話って。
そもそも番号とか教えてないし、それに家の固定電話にかける意味がわからない。
「男の子からだよ、アユちゃんも隅に置けないわね」
そうにやにやするお母さんを尻目に、私はコールバックをしてみる。
学校の先生がだれかに電話番号を教えたのだろうか。
でも男の子って、私にはそんな接点を持った覚えはない。
受話器が発する無機質な呼び出し音を聞いていると、腕が震えた。
だれだろう。なんか怖い。
じっとりと手に汗がにじむ。私の呼吸は浅くなる。
「もしもし。あんたがだれかは知らないけど、水鳥鮪くんに変わってくれない?」
明らかに男の声だが、口調がなんだか女っぽかった。
『仁科歩さん、転生者に殺される前に逃げてください』
夢の中でネルウァから受けた忠告を思い出す。
転生者ってなんだろう。転生って生まれ変わることだから。
『おい、お前。ちょっと俺にこの身体を貸せ。どうやら相手は俺を所望しているみたいだ』
「うん、わかった。すぐに変わるね」
水鳥鮪に対してなのか転生者に対してなのか、私は声に出してそう言った。
「よう、俺だ」
「うん、私だよ」
転生者・佐伯あかねは静かにそう名乗ったが。
2人とも性転換をしているせいで、音声だけを聞くとちぐはぐな会話だった。
「ねえ、決着をつけようよ。私の使命はあなたの宿主を殺すことだし、あなたの使命はあなたの宿主を守ることでしょ。あのときもそうだったけど、私達は争う運命なのかもしれないね」
「お前はいつもそうだな。俺が命がけで守ろうとしたものを簡単に踏みにじろうとする。俺はそんなお前が大嫌いだぜ」
「うん、そうだね。ひどいことしちゃったのはあやまるよ。でも……」佐伯あかねは一層声を低くして続ける。「あなただって私を殺したよね」
私はぞっとした。
通訳みたいに人を媒介してるけど、これはこれで最悪なポジショニングだ。
「それはお前が悪いからだろ。俺、なにか間違ったこと言ってる?」
「ううん、言ってない。私はそんなあなたが大好きだよ」
ふん、と私は鼻を鳴らした。
「で、どこでやるんだよ。下手なところでやると決闘罪で逮捕られるぞ。俺はもうパクられたことあるからいいけど」
いやいやいやいや。考え直して!
これは私の身体だよ!
「そうだよね。でも私の創造主・ハドリアヌスはその舞台も用意してくれたんだ。節田市に本丸小学校を創造ってもらったんだけどさ、そこで決闘しようよ」
決闘しようよって軽いな。
私の命がかかっているってのに。
「いいぜ。そうしよう」
やっぱり。
私の命って鴻毛よりも軽いんじゃないのかな。
キッチンからは、ベーコンエッグを焼く音と香ばしいにおいがしていた。
ああ。どうせなら最後くらいはティファニーで朝食をとりたかったな。




