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13.流産

 結論から述べると、水鳥鮪は主犯格である佐伯あかねを殺した。

 その動機について、彼は一切の黙秘を貫き通したが、その理由は明々白々であった――


 当時の罪名でいうところの強姦罪、法改正後の強制性交等罪によって、飯島りんは望まない妊娠を強いられた。

 これは母体保護法に適用されるため、堕胎罪に抵触することなく人工妊娠中絶を行うことが出来る。

 その一縷の望みにすがった飯島りんは、しかし本懐を遂げることはなかった。


 なぜならば。


「よう、お嬢ちゃん。学校休んでどこに行くつもりだよ。優等生みたいなツラして不良だな」

 いつかの祭りでトラウマを植え付けてきた男のひとりがそこにはいて、

「迷惑なんだよね、病院に行かれると。私らの悪事がモロバレじゃん?」

 エクステをつけた茶髪の女子高生が、奥二重の大きい瞳でにらみを利かせていた。


 通勤通学時間はとっくに過ぎていて、昼前のなごやかな住宅街には人気ひとけがなかった。

 どんよりした重たい雨雲が空を覆っていく。

 湿った空気が流れた。


「言わないですよ。あんなことは」

「いやいや、華の女子高生が妊娠したなんて不祥事スキャンダルを学校側や病院側が見過ごすわけがないでしょう。詮索されるわよ、絶対に」

「それでも、黙ってます」

「相手の名前を聞かれたらどうするの? それでも黙っていられる?」

「それは……」


 出産するにしても、中絶するにしても、そこには親権問題が絡んでくるはずだ。

 だとしたら、男の名前を答えられないのはまずい。


「そうよねえ。だったら力ずくで解決してあげるわ」

 桃色の唇を薄く開いて、茶髪の彼女は後ろの男に手で合図を送った。

 いつかの忌まわしい記憶が蘇る。飯島りんは無条件で逃げようとした。自分と、もうひとつの命を守るためにも。


 アスファルトを蹴って駆け出すと、頭がふわっとなった。

 貧血のときのような、血の気が失せていく感じがしたのだ。

 ぞわぞわっと背中が粟立つ。

 それでも振り向かない。振り向けない。


 すると突然。

 万力にプレスされたような痛みが、二の腕に走った。

 捕まった。

 そう悟る間もなく、背中を突き飛ばされた。

 転ぶ。その拍子に手の皮が破れて血が出た。


 恐怖でうまく声が出ない。

「や、やめて……」

 口をパクパク動かすと塩の味がした。泣いているのだとそのときに気が付いた。


 男の目には情けなどなかった。彼は腹部に対して執拗な殴打を繰り返した。

 飯島りんは激しい吐き気と意識の混濁に耐えつつ、必死に我が子を守った。


 ぽつぽつと小雨が頬を打つ頃には、もうすべてが終わっていた。


 ――この顛末を知った水鳥鮪は、その男ではなく、保身に走った佐伯あかねこそを、殺したのである。

 もちろん取り巻きの男もただでは済まさなかった。

 だが、そんなことをしても被害者の心は戻ってこない。飯島りんは極度の人間不信に陥った。

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