12.妊娠
お花見祭り以来、水鳥鮪と飯島りんはどこか疎遠になった。
鮪はいつも通りに接しているが、りんが距離を置くようになってしまったのだ。
バーガーショップで勉強を教えてもらうこともなければ、買い物(といっても、ウィンドウショッピングだが)に付き合わされることもなくなった。
どこか冷めた彼女の態度に、鮪は、他に好きな男ができたのではないかと推察するようになった。
休日のカフェでりんと待ち合わせた鮪は、思い切ってそれを尋ねてみた。
「どうなんだ?」
「ごめんね、隠すつもりじゃなかったんだけど」
りんは涙を流してそうあやまる。
鮪はコーヒーをすすって、
「お前が泣くことじゃねーだろ。それに、好きな人ができるのは悪いことじゃねえ」
思わず顔が赤くなってしまう鮪。それはホットコーヒーのせいだけではないはずだ。
「ちがうよ。そんなんじゃないし……」
りんは挙動不審になった。うつむいて、その声は震えている。
「どうした? ゆっくりでいいから話してくれねーか?」
「うん、いいよ。私もだれかに話して、らくになりたかったし」
歯切れの悪い調子で、彼女は語り出した。
それはお花見祭りの空白の時間に起きた、悪夢のような出来事だった。
「鮪くんと射的をやってたときにね、突然後ろから、男の人に襲われたの。私は驚いて声を出そうとしたんだけど、出なくて、だからね、射的屋さんに助けを求めたんだけど、ダメで、今から思うと、たぶん、グルだったんだろうね。私は人気のない境内に連れていかれて、強姦された。男の人は数人いて、抵抗しても全然かなわなかった。苦しかったし、怖かった。でも一番怖かったのは、茶色のエクステをつけた女の子だった。あの人は私にこう言ったの。『これ以上、鮪くんに付きまとったら殺すよ』って。あの制服は、たぶん、鮪くんの高校のだったと思う」
「…………」
想像を絶していた。
その悲惨な内容に二の句が継げずにいると、彼女は追い打ちをかけるように言った。
「そして、にんしんしちゃったの」
「は?」
「だから、妊娠しちゃったの!」
両の目からあふれる涙を隠そうともせずに、りんは眉間にしわを寄せた。
「もうやだ。どうしよ」
「……産婦人科に行こう。仕方ねーよ」
「ちょっと、簡単に言わないでよ」
「え?」
「お母さんとお父さんにはなんて言えばいいの? だれの子って聞かれたらなんて答えればいいの? 本当のことなんて言えるわけ……」
「保険証は持ってるか?」
「保険証?」
「俺、バカだからさ、進学のために貯めてたお金、お前に全部やるわ」
「はあ?」
「親にもバレたくねーんだろ。だったらそれに使えよ」
「え、でも……」
「いいから使えよ。俺はお前が大好きなんだからよ。だから、お前が笑顔になれるんだったら、それでいいからさ」
「…………」
りんはさらに泣いた。声を押し殺して泣いた。
鮪はそんな彼女を胸に抱きよせて頭をなでてやるくらいのことしかできなかった。
しかし、本当の悲劇はこれからだった。




