街の景色2
昨日まで雪が降っていたのに、今日は春の陽気。
徹底的に装備して、外へ出た。マフラー、マスク、耳当て、眼鏡、帽子。これだけ被れば、寒くないはず。
しかし、外に出てすぐに、眼鏡は取った。
綺麗な街の景色。
なにか、昨日まで吹雪いていた街と、同じ場所とは思えない。地面や屋根に積もった雪が照り返して、街中が、光っている。
「あぶない」
声。
隣家の屋根から、雪が落ちてくる。
直撃。
いてぇ。
「大丈夫ですか」
男の人。屋根から滑り落ちてくる。おおきな、雪かきシャベル。
だいじょうぶです。
その一言が、出てこなかった。
「もしかして、頭とか痛めましたか。まいったな」
「あ」
なんだ山口くんですか。
逃げねば。
「あ、もしかして」
ばれた。
その場を立ち去ろうと、足を踏み出す。しかし、走り出すまでもなく、最初の一歩で派手に転んだ。
「ちょ、ちょっと」
山口くんが駆け寄ってくる。この悪路。なぜ走れるんだろう。
「涼夏」
名前を呼ばれてしまった。
「いやもうぜったいばかにされるとおもって」
「なんで」
山口くんは、多少ふてくされている。
「なかなか雪かきしてる姿が格好いいじゃんって言おうと思ったんですが、やめます」
「えええ」
機嫌が良くなった。高校生男子か。いや高校生男子だった。
「なんで逃げようとした」
「ぜったい訊かれるじゃん。なんでそこに突っ立ってたって」
「ああ確かに」
「でしょ」
「で、なんで?」
沈黙。
「おい応えろ」
「街の景色が、綺麗だった」
「は?」
「きのう吹雪いてたでしょ。で、今あったかいから、きっと街の景色が綺麗だろうなあって」
沈黙。
「おい黙るなよぉ余計に恥ずかしいだろおぉ山口くぅぅん」
「いや、まぁ、いいんじゃないですか、乙女チックで」
「やめてぇ」
こういう会話は通学中だけで、学校では他人同士。私は一組で、山口くんは二組。
住む家が違うから当然別な家族だけど、父親は同じ。こともあろうに、父親と称されるクズは、隣家の人と不倫しやがったらしい。しかもダブル不倫で、要するに山口くんは私の父親の血族で、私の遺伝子は山口くん家の父親のもの。
まぁ、なんというか、絶望的なスワップ。
恥ずかしいので経緯は省くけど、なんというか、オーエイチがピーな過程で、血族が明らかになってしまった。なので、この事実は、私と山口くんしか知らない。
それを知った日から(正確にはそれを知るきっかけとなった行為の日から)、私と山口くんは同棲アンド結婚を前提に行動している。私の両親も山口くん家の両親も、おしどり夫婦なのだ。この幸せを、私たちがぶっ壊してはいけない。
それで、なるべくはやく独立して街を出ようと思っていた。
「もう少し、この街にいようか」
「えっ」
「街の景色、綺麗だって言うから。離れ難いのかと思って」
「あっ、まぁ、そう、だね」
「煮え切らない回答」
「イエス。街の景色は綺麗。でも、なんつうか、その、あれよあれ」
「どれだよ」
「自分の境遇に酔ってるところあるじゃん私。だからさ、なんか感傷みたいな、ポエム的な何かに浸ってるんだと思うんだよね」
「ふうん」
「まぁ、そういうわけだから、このままの予定で行こうよ」
「いや、まあそこらへん、おれとしては、どこ住みでもいいけどさ」
「うん」
「お前の思ってること、間違いじゃないよ」
「うん?」
「おれもさ、街の景色、綺麗だと思っててさ。だから、雪かきしながら街を眺めてたんだ。だから真下をあんまり見てなかった」
「それで私に雪がヒットしたんだな」
「ごめんなさい」
「許す」
「よっし」
「浮気は許さんからな。それ以外は雪をぶつけられようと何されようと、徹底的に許す」
「お互いにな」
浮気をしない。我々の、唯一にして絶対のおきて。それ以外は、どうでもいいのだ。なにされたって構わないし、なにしてもいい。私は山口くんを苗字読みだし、山口くんは私を涼夏と呼ぶ。いずれ名前で呼んで恥ずかしがらせてやる。
「また、やるか」
「そうしますか」
私と山口くんの、お互いの血を把握する原因となった行為。人助けのはずが、見事にお互いのルーツを明らかにしてしまった行為。献血。彼の血液型はオーエイチで、私はピー。
街の景色が、綺麗に光って揺れている。