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人見知りショタ狐

夕暮れの中、剣を振るう。振った剣を素早く振り上げ、また振るう。


ここ最近……


考えごとをする機会が多かったからな。

無心で剣を振るう時間は脳をリセットできる貴重な時間だ。親父が口を酸っぱくして言っていたが、雑念のある剣は剣先にも迷いが出る。

斬るときは、斬る。それだけ考えろと。だから、剣を振るう時は何も考えない、考えてはいけない……。


とまぁ、かっこよく集中できたらよかったのだが。先ほどからチラチラとこちらを眺める好奇の視線のおかげでそこまで入り込むことはできなかった。


「……」


じっと、木の影からこちらを見つめるのは先ほど助けたショタ狐である。俺と目が合うと更に身を隠してしまったが、ちょろりと出ている尻尾がバッタバタと揺れている。


流石に裸のままでとはいかなかったので、フロレンティーナの持っていた替えの服を着ているのだが……スカートでも全く違和感がない。

あれから魔物とも2,3戦闘があったが、その間もあのキツネはずーっと俺のそばにくっつきっぱなしである。結局、名前がコンということ以外、どこから来たのか、なんでこんなところにいたのかとか、肝心なことは聞き出せなかった。

面倒なことは間違いないが……でも、放っておくわけにも……。


「クロー!夜ご飯できたよー!」


奥からアルフィの声が響てくる。

……結局、あれこれ考えてしまった。今日はもうだめだな。


「ふぅ……飯だとよ。食べに行こうぜ」


「……!う、うん。ナ、ナカマはゴハンもイッショ!」


「俺の名前はナカマじゃない。クロウだ」


「クロウ?……うん!クロウ!」


ぴったりと後ろにくっついて歩き出すと、クロウクロウ!と何度も名前を呼んで尻尾を振る。

……変な奴に懐かれてしまった。












「今日は野鳥のローストと、根野菜のスープ、それから焼きたて特製アルフィパンだよ!」


「おう」


「~わぁッ!!!」


火の焚かれた野営地に戻ってくると、アルフィが食事の配膳を行ってくれていた。フロレンティーナは既に座っていて膝の上に布を敷いていていつでも食べられるという状況だ。二人とも律儀に俺たちがくるのを待ってくれたらしい。俺が近くにあった丸太に腰かけると、そのすぐ隣に狐っ子もちょこんと腰を下ろした。


「はい、キミの分」


「い、いいの……?」


「うん!いっぱい食べてね!」


「ア、アリガト!」


まだ、俺以外の人間に対しては恐怖心があるのか、俺の裾をぎゅっと握りながら恐る恐る皿を受けとっている。

そして、クンクンと料理の匂いを嗅いでよだれをボタボタと垂らし始める……。


「……じゃあ、いただきます!」


アルフィの声を合図に俺も早速手を合わせてガッっと鶏肉にかぶりついた。

ローストされた肉は程よく柔らかく、噛むと甘辛い何かのソースと鳥の旨味がぎゅっぎゅっと溢れ出しててくる……!


続いてスープだ。

根野菜のスープもとろとろに煮込まれていて、大きいはずなのに噛んだ瞬間にたちまち溶けていくッ!


そしてパンだ!

今度は添えられた野菜と鳥肉を口に放り込んでから大口を開けてかぶりつくと焼きたてというだけあってまだ温かくて、もちもちしている甘柔らかいパンが最高に美味い……!


「美味しい?」


「ああ、ふまいよ」


アルフィは旅の途中で道端から野草だの、飛んでいる野鳥だのを取ってきて、これだけ美味い飯に作り変える能力がある。アルフィも勇者なんかやめて料理人で大成すればいいのに。


「えへへ、よかった―!キミはどうかな?」


「ん?んん!んんん!」


「うんうん、そっかそっか~」


ニマニマと頬杖をついて俺たちの食べる姿を眺めるアルフィ。そんなアルフィを見て微笑むフロレンティーナ。こいつら、自分は食べもせず人が食べてるところなんて見ていて楽しいのだろうか?


ズズズっ!とスープを飲み干すとおかわりを求める空の皿を突き出した。それをまねして、狐っ子もおずおずと空の皿を差し出した。


アルフィは柔らかい笑みを浮かべると皿を受け取って嬉しそうに頷いた。

















すっかり暗くなった深夜。

パチパチとたき火の音だけが聞こえている。

アルフィは自分のマントに包まって、狐っこは俺の膝を枕にして寝息を立て始めた。どうも、ここまでベタベタされると落ち着かない……。これが美少女なら素直に喜べるが……男だからなぁ……


「随分と懐かれたわね」


対面で魔導書を読んでいたフロレンティーナが本を閉じてこちらを見ていた。今日はやけに大人しい。俺とこいつが絡んでいる間、ガン見してくる割に声をかけてこない。それに、ちょっと、ゾクッとするような目線だったのが気になる。まさか、魔法のかけ算とかされていたりして……。


「……その子、きっと金狐きんこよ」


「ちんこ?」


「キ・ン・コ!……大昔に滅んだとされる幻獣種よ。普通の狐と違って美しい金色の体毛をしていて、生まれながらに膨大な魔力を持っているから人に「化ける」こともできると言われているの。それに、その毛を使って編んだローブは今でもとても高値でやり取りされていると聞くわ」


「……」


「ここからは私の推測なのだけれど。その子はきっとその希少価値の高さを狙った"人間"に追われて逃げてきたんじゃないかしら?どこかに隠れ里でもあるのか……コレクターの貴族宅にでも輸送されている途中だったのか……。何百万とお金を積む人もいるくらいだから、私たちに会った時もあんなに怯えて……」


……膝の上で呼吸をするたびに上下する金色の髪。もふもふとした尻尾。たまに、ピクンと耳が動く。こいつは、これで人間にうまく化けられたと、溶け込めたとそう思ってるのかもなぁ。


「ティナはどうするのが良いと思う?」


「そうね……私としてはこのままその子を連れて行くのは危険だと判断するわ。金狐はその毛一つでも価値があるとされる生き物よ。人間だけでなくて、獣人や魔族、ときには魔物だって敵に回しかねないわ。それだけのリスクを背負って旅をする意味は……」


「だけどこのまま放っておくわけにもいかないだろ」


「……そう言うと思ったわ。クロウって、現実的に思えて一度懐に入り込んだ相手にはかなり甘いわよ?」


「え?いや、そんなはずは……どうせ、アルフィがそう言うって話だ。まぁ、どうしたいのか、明日、本人に聞いてみるのが一番か」


「えぇ、そうね。それで、本人がどうしたいのか決められないようなら……その時は、私たちも一緒に考えてあげましょう?」


どこか、いつもより優しい微笑みに不覚にも見惚れそうであった。


安心しきった顔で寝静まっている狐っ子。なんとなく、膝元に来ていたその金色の尻尾を撫でてみる……。うお、これは、想像以上に触り心地が良い、もふもふだ!

コンは、尻尾の部分を優しく撫でてられると、アぅという間の抜けたあくびのような声を出した。


「……」


ふと、目の前を見ると。フロレンティーナの口が半開きになり、すげー羨ましそうにこちらを見ていた。ははぁ、さてはこいつ


「こいつの尻尾に触ってみたいな~って思ってるんだろ?今なら寝てるし、触ってみるか?」


「尻尾?」


きょとんとした、目でこちらを見る。あれ、違うの?


「……フフ、別に。まぁその子が信頼して触らせてくれるようになったら触らせてもらうわ。けれど、あなたも情を抱き過ぎないように気をつけなさいよ」


「わかってるよ……なぁティナ」


「なぁに?」


「こうして話してると、俺たち夫婦みたいだな」


昔。親父とお袋が犬のジョンを拾ってきたときにも、こんな家族会議が開かれていた気がする。心配だけれど結局飼っていいことになって……?

顔を真っ赤にしたフロレンティーナが俺の方を指さして、何度か口をパクつかせた後……


「……馬鹿」


そういってアルフィの隣に腰を下ろして毛布を深々と被ってしまった。

別におかしなことは言ってないような?

……パキっと枝を折って火の中へと放り投げると、火はパチパチと耳障りの良い音を立てて、暗い闇の中を燃え続けていた。




























「クロウ!アブナイ!テキ!」


ばっと、鞘に収まっていた剣を引き抜き、その勢いのままにコンが指さした木を切りつける!


「コキャアアア!!」


シュウっと、木に擬態していた魔物が消える。

この森では正面から魔物が襲い掛かってくることが少ない、今みたいに草や木やキノコといった森の一部に成り済まし、不意をついて冒険者に襲い掛かってくるのだ。厄介なことに、その擬態は肉眼だけで見分けることが非常に難しく、おまけにそれぞれの魔物が状態異常攻撃をテンコ盛り持っている魔物たちだ。戦闘力はそれほどでもないが、舐めてかかると全滅の危険すらある。


「ありがとな、コン」


「あ……」


頭をなでてやると嬉しそうに目を細める狐っ子。こいつはどうやら野生の嗅覚か何かでその擬態している魔物がわかるらしい。どこに隠れているのかさえわかれば、後は状態異常に気をつけて先制攻撃をぶち込むだけである。


「コン。ヤクにたつ?」


「あぁ」


「コン、ジャマじゃない?」


「あぁ、コンが居てくれて助かるよ」


「……ウン!」


ポンポンと頭を撫でると嬉しそうに自分の服の端っこを掴んで、ブンブンと尻尾を振る……何だ、この可愛い生き物。

あ、いや、これはあれだ。犬とか猫とかを見て可愛いと思うのと一緒であって、俺は決してホモじゃないぞ!


ん?くいくいっとアルフィが俺の服の裾を引いた。


「……ねぇねぇクロウ。ボクだって、いっぱい敵、倒したよ!」


「ん?まぁ、そうだな」


「うん!」


「…………」


「…………


ジーっとこちらを見るアルフィ。しょうがない奴だなと乱暴に頭をなでてやると。

髪がくしゃくしゃになってしまったのにアルフィの奴はえへへーと頬を緩めて微笑んでいた。










順調を森の中を進みながら、頃合いを見て俺の後ろにピッタリとくっついているコンに声を掛けてみる。


「……なぁ、コン。この森を抜けたら、お前はどうするんだ?」


「え?」


「俺たちはこの先の大都市に向かうつもりだけど……お前は、どっか向かってた場所とかないのか?

すぐ近くに行きたいところがあるなら、まぁこれも縁だし俺が送って行ってやるぞ」


それに、そういう事情があればアルフィたちと別れられる良い口実になるしな!


「え、えっとね……"アイタイヒト"いる!」


「お、そうか、どこのなんて奴だ?」


魔王城から遠ければ遠いほどいい。あんまり近くだと、こいつらついてくる可能性があるし、ルート上とかだと最悪だ。


「……クライネルト!」


「ん?」


「クライネルト、ってヒト!」


……誰だって?

アルフィ達が、俺の事をじっと見ている、いやだって知らん!まじで!俺とこいつは何一つフラグを立てていない!……はず!

この前初めてあったのだ、これはもう間違いない。


「おばあちゃんの、おばあちゃんが、ムカシ、イノチをタスケテもらったって!だから!コンのイチゾクはクライネルトにあってオンガエシするの!」


「ほ、ほ~、そうなんだな~」


俺のご先祖様のフラグまで知らねーよ!

恩返しって、何時の時代だ!いや、まて、早まるなよ。クライネルトだなんて名前、俺のほかにもいっぱいいるだろう。別のクライネルトだろ。


「言っておくけど、クライネルトは私たちの村にしか存在しない姓よ。おまけに、今はあなたと両親しか使われていないはず。昔調べたから、確かね」


はっはっは、な~んでそんなこと知ってるんだ!キミは!?

他人の姓とかそんな気になるか?普通。いや、普通じゃないんだったな……。


「ムラにいるクライネルト?」


「ここに居るよ、ね?クロウ」


「っば、おま」


どんとアルフィに背中を押され、自然と前に出る形となる。


「クロウ?……!!もしかして、クライネルト?」


「……そうだよ」


ぱぁっと目を輝かせて飛びついてきた!おま、舐めるな!馬鹿!やめろ!


「こんなの!こんなのユメみたい!!ゴセンゾサマ!みつけた!クライネルト見つけた!」





『おぉ、ようやった!コン!』




ん?なんだ、今、声が……。うぉ!まぶし!

辺りに魔力の奔流が現れて思わず身構えると、空が荒れ始め、ピカッと目の前に白一色の光があふれだす。こ、これはいったい……!?薄目で前を見るとそこに現れたのは、感じたことがないほどに凄まじい魔力の持ち主!!?


「永かったのう……今日まで」


「!?」


閉じた目を少しづつ開くとうっすらとその姿が浮かび上がってくる。

長く、足元まで伸びている金色の髪。宝石のような切れ長な金色の瞳、もふもふの耳に尻尾!おまけに、豊満な身体が、コンの着ていた服を押しのけ、ギチギチに溢れ出しそうになっている!


「其方をずっと、ずっと……捜しておったのじゃ」


二歩ほど歩み寄ると、ツツっと俺の輪郭をなぞる細い人差し指……!?

長い尻尾で逃がすまいと俺のことを包み込むと、ふわりと柔らかく、けれどとても力強く、抱きしめてくる。……まるで今度こそ、絶対に離すまいとするように。


「さぁ、蜜月の時を過ごそうぞ!」


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