サンザラク大橋
「……っ!……っ!……!」
小さな獣が草に紛れて森を駆ける、早く、速く、ハヤク。
「いたか!?」
「いや……」
「もっとよく探せ!あいつには金貨1万枚の価値があるんだぞ!!」
野太い男たちの声が響く。
草木に紛れ、木の幹を利用し、森と一つになりながら金色の獣は森を駆け抜けた。
はぁ、と心の中でため息をついた。
目の前を歩くのはルンルンとスキップし、鼻歌を歌いながらユッサユッサとご機嫌な勇者アルフィ。
その数歩後ろから魔導書を読みながらトコトコとマイペースに道を歩いている魔法使いフロレンティーナ。
そして、そのさらに数歩後ろを歩いているのは無職となった俺。その足取りは非常に重い。
「どうしたのさクロウ!もっと元気出していこうよ!」
「これでも元気100倍だ」
「なら1000倍だそう!ふんふ、ふんふふ~ん♪らんらーん♬」
どうしてそんなに元気なのかね。はぁ、俺たちの街がどんどん遠くなっていく。
家を離れれば離れるほど夢の公務員生活が遠のいていく気がする。どうせ、仮に魔王を倒せたとしてもろくな生活を送れないんだ。危険視されるか、政治家たちに利用されるかして……。
そんなのは御免だ。何とか、何とかしてうまいことパーティを抜ける方法はないものか……
「あなたスヴィエートさんの事……まだ気にしているの?」
「え?」
「本当は彼女を仲間にしたかったんじゃないの?関所を超えてから、ずっとその調子だけれど……」
「あぁ、良いんだよ。別に。あいつには、聖騎士団として街を守っていてほしいからな」
「そう……ならいいけど」
ティナは俺が彼女を仲間にしなかったことを後悔していると思っているようだが、実際はただ単にパーティを抜けだしたいだけであった。
「あぁ!見てみて!サンザラク大橋が見えてきたよ!」「おぉ、本当だ!」
サンザラク大橋。
俺たちの町と大都市とを結ぶ湖の上に作られた大きな大きな石造りの大橋だ。昔の人は、これをどうやって作ったのだろう。そんなセンチなことをつい考えてしまうようなほど頑丈で歴史ある橋である。特に、ここから見える夕焼けは綺麗だと世界の七大名所になるほどで……ってそんなことはどうでもいいか。
魔王が住んでいると言われている魔王城には、この大橋を越えて、大都市を抜けて、雪山と砂漠を超えたさらに先にある漆黒の谷の向こう側らしい。うん、帰りたい。
ここまではともかく、雪山と砂漠とか嫌な予感しかしない。そのうえ漆黒の谷なんて厨二めいた名前の場所は生き物はおろか、植物すら存在しないと言われている。
そんなところに住むなんて、魔王も何考えてるんだか……。
「あれ、何だか様子がおかしいね」
?橋の手前が人で溢れている。どうしたのか、と思ったが原因はすぐにわかった。
橋が無いのだ。
あの、大きくて丈夫な大橋が……。
「あぁ、あんたたち、こっちはもう無理だ。迂回するか、大人しくオートリ―ナまで引き返した方が良い」
無精ひげの生えた戦士のおっちゃんが声をかけてくれた。確かに、いつもならば30人くらい並んで歩けそうな大橋が跡形もない。
「あの、どうして橋が無くなったんですか?」
「あぁ、魔王とかいうやつのせいさ。なんでも、高笑いを上げて突然この橋の真上に現れたと思ったら、この橋にでっけぇ雷を落としたんだと。信じられるか?あの大橋が跡形もなくだぜ?幸い、死傷者はいなかったらしいが、その光景を見てたやつらはあまりの恐ろしさに今でも寝込んでらぁ」
「魔王が……!」
ぎゅっと、アルフィが握り拳を作り、わなわなと体を震わせた。確かに、あの大橋を消し飛ばすなんて恐るべき魔力だ。それにしても、橋なんてどうしてわざわざ……確かにみんな困るが……って、ん?待てよ。
これってチャンスじゃないか?
「なぁ、アル」
「うん。クロウもこんなことするなんて許せないよね!」
「いや、そうなんだけどさ、俺、一度騎士団に戻ろうと思う」
「うん!え……?ま、待って!?どうしたの、急に」
「見ただろ、この橋の状況。きっとこれから、この橋を治すために色々と面倒くさい仕事をしなければならないと思う。石材の切り出しとか、街の防衛の強化とかな。だから、俺が騎士団に帰ってこのことを知らせないと」
「そんな!だったらボクも一緒に!」
「な~に言ってんだよ。お前たちは旅を続けろ。俺の代わりに、こんな酷いことをする魔王の奴をぶっとばしてくれよな!」
「クロウ……」
肩に手を置いて爽やかに微笑み、お別れの挨拶をしてやると、アルフィは困惑した面持ちでそれを見つめ返している……。
しかし、これは流石に決まっただろう。
旅の途中で抜けるキャラの言い訳にしてはありがちなパターン。伝令役だ。多くの場合、合流を余儀なくされるが、なに、俺はそのあともしれっと騎士団の中に戻り、話しかけても「俺にはやることあるみたいだ、魔王討伐、がんばれよ!」としか喋らないモブと化するのだ……ふふふ。
……中々返事をしてくれないアルフィ。フロレンティーナに至っては目すら合わせてくれない。
あの……離脱……。
「何を馬鹿なこと言ってやがる。お前はクビだっつただろうが」
ヒヒーンと馬のいななきが聞こえる。こ、この声は……。
「あ、おじさん!」「おじ様!」
「おう、久しぶりだな。アルフィ、フロレンティーナちゃん。」
そういって、ざっと馬から降りたのは背が高く、ムキムキマッチョでダンディな大男。背負った漆黒の大剣には我らが王国騎士団のエンブレムが刻まれている……。
そう、こいつこそが騎士団団長、スパルタニアンの生まれ変わりにして最強の騎士、ジーク・クライネルト……俺の親父である。
「おーおー、奴さんも派手に壊してくれやがったな」
無くなった橋と未だに沈んだ湖の様子を見ながら顎を撫でる親父……。
まずい流れだ。伝令役という役目も必要なくなった。
親父はアルフィ達を放っておいて俺に騎士団に戻れとは絶対に言わないだろうし。泣かせようとしていたなんて知ったら半殺しだ。だったら……
「いこうぜ、アル、ティナ。迂回して森を抜けよう」
「え?で、でも、良いの?騎士団のお仕事とか……」
「親父が来たんだ。もうどうにでもなるだろうよ」
「そうね。街に伝える必要がなくなったんだもの」
そうと決まれば長居は無用だ。
さっさとおさらばして次の離脱の機会を伺うのみ……俺は絶対に安定した生活をあきらめない。しかし、街に戻るのはもう現実的じゃないかもしれないな。こうなりゃ、別の街でどうにか公務員に……
「おいおい、もう行くのか。久しぶりに実の親父に会ったってぇのに随分と冷てぇじゃねぇか」
「まだ3日しか経ってねぇよ」
「……はん。それよりお前、ベルカちゃんと、スヴィエートの嬢ちゃん。泣かせたらしいな」
「うっ」
……その言い方はやめろ。
「これはよぉ。親父としての忠告だが……あんまり女の子を泣かせるような生き方をすると絶対に後悔するぞ、クロウ。とくにお前は素直じゃねぇからなぁ」
「……わかってるよ」
「フン。どうだか……ホラよ」
ブンと、無造作に投げ飛ばされた「何か」を空中でキャッチする。これは……指輪か?
緑色の宝石が埋め込まれた、綺麗な指輪だった。こんなの親父がつけてるところを見たことがないが……マジックアイテムの類なのだろうか。
「選別だ。いらなかったら返せ」
「いや、貰っとく」
「……そうか。アルフィ、フロレンティーナちゃん、この馬鹿のことよろしく頼むぜ」
「うん!任せて!」
「はい!」
親父は、そういって優しい笑みを浮かべて二人を見ると、次には真剣な顔つきに戻って馬にまたがり、後ろに待たせていた騎士団の元へと戻って行った。ってか、ゼノやパスティをはじめ、騎士団のやつら俺と目を合わせようともしねぇし……?
……いや、軽くウィンクしてくれた奴もいるぞって、小さく手を振ってくれた人もって、それよりもだ。
これ、親父、死ぬんじゃないか?
なんだろうか。死亡フラグがビンビンに立っている気がする。ゴリラの生まれ変わりのような親父が死ぬとは思えないが……。
「親父!」
「あん?……おっと」
「選別だよ」
「はぁ?こりゃ、お前、ただの銀貨……まぁ、良い、もらっとくよ」
そういって親父はコインを胸ポケットに沈めた。
まぁ、これで助かるとも思えないが、ないよりはましだろうよ。
「あと、やったか!とか、こいつに勝ったら皆で一杯やろうぜ!とか、そういう台詞も絶対吐くなよ!」
「なんだよそれ……わかったわかった。さっさといけ」
橋を離れると、すぐに鬱蒼と茂った森が見えてくる。
息を吸い込むと、鼻腔の中いっぱいに草木の匂いが広がっていく……おまけに魔物の気配がさっきからちらほらと……どうやらここから先は先ほどまでのような軽い気持ちで歩くわけにはいかなさそうだ。
「相変わらずかっこよかったね、ジークおじさん!」
「そうか?」
「うん!強くて優しくて、ボク憧れちゃうなぁ!」
「でも、おじ様でも魔王が現れたりしたら……」
「大丈夫だよ!だってクロウのお父さんだよ?負けるわけないよ!」
「そうね、おじ様に限ってそんなことないわよね」
お前らは俺の親父への死亡フラグをどれだけピンッピンに立たせるつもりなんだよ。
このままじゃ確実に魔王軍の四天王とか幹部とか強いやつのかませにされちゃうだろ。話題を変えよう。
「なぁ、迂回するとは言ったものの。いっそのこと橋ができるのを待つってのはどうだ?」
「馬鹿言わないでちょうだい。何日かかると思ってるのよ」
「確かにこの森を抜けるのは大変だけど、大丈夫大丈夫!何とかなるよ!」
この森はどこを歩いても似たような場所に行き着いてしまうという、ベタベタな「迷いの森」というやつであった。妖精がいたずらするだの、エルフが惑わせているだのと言われているが、誰も証拠らしい証拠を持って帰ったことはない。本当なら、避けるべき道なのだが……。
「いざとなればティーナが空から状況を見てくれたら良いし、ボクは迷路とかすごっく得意だし!」
そりゃ、お前のチート能力があればな……。
川の水源を辿るように、いくつもの枝分かれした選択肢の中から、必ず正解を導き出せるという水の勇者の固有能力「導きの力」。
迷路はもちろん、3択だろうと100択だろうと、アルフィはたった一つしかない「あたり」を確実に見つけることができるのだ。本当にチートすぎる。恐らく、物語だったら終盤に覚醒するような能力なのに、こいつと知り合って大体1年くらいの時にはもう使えるようになっていた。
それからアルフィとババ抜きをして勝てたことがない。俺がそんなチート能力をもってたら砂漠にあるカジノで大儲けして、余生をのんびりと過ごすんだがなぁ……。
「あれ。何か……」
「え?」
その時だ。
凄まじい速度で、「黒い影」がフロレンティーナにぶつかりそうになる!
咄嗟に彼女を突き飛ばすと自然、それは俺に向かってぶつかる形となった!
「クロウ!」
「っ……」
ってぇ!!!
どんと、尻もちをついてその黒い影と一緒に地面に倒れる。でもぶつかったのが腹で良かった。これくらい、親父にやられた砂袋を落とすやつよりよっぽど……!?
ヌチャ……と、手には血がベッタリとついてた。い、今のでやられ……と思ったが、どうやらこれは俺の血じゃなくて、こいつの……金色の狐?
「……!!」
ばっと、狐は俺と目が合ったかと思えば、淡い光を放って胸の中で見る見るうちに姿を変えていく。
透き通るような白い肌に、狐耳っぽい原型を残したサラサラの金髪。そう、その姿はまさしく素っ裸な……人間の子供……?
「ナ、ナカマ!ナカマだよ!コン、ナカマ!だ、だから、イジメナイで……」
ナカマ……?こいつ何言って。
それにどうしたんだ、その脇腹のデカイ傷は。俺に触れている身体もブルブルと震えていて消耗しきっているように見える。それに俺たちを見る怯えた目……。
「ナカマ……イジメナイ……」
「……あー、本当だな。俺とお前は、仲間みたいだ」
「う、うん!ナカマ!い、イジメナイ!」
ほっと、したように犬歯を見せて笑うキツネっ子。おい、油断して尻尾が出たぞ。
「……ところで、お前、その傷はどうしたんだ?」
「こ、コロンだだけ!へ、へいき!」
怪しまれないようにだろうか。震える体で、必死に笑顔を見せようとするキツネっ子。
本格的に、面倒な匂いがするが……。
「わかったわかった。見せてみろ……ヒール」
ゆっくりと、腹のあたりに魔力を注いで治癒魔法をかけてやる。治療を受けている間、キツネっこはびっくりしたようにこちらを見ていた。そして、徐々にとろんとした顔になっていく。
「ふわぁ」
「良し治ったぞ。まだどっか痛いか?」
その後、自らの身体を見回して、どこにも傷が無くなったのを確認し、目を輝かせる。
「う、ううん。なおった!すごい!へいき!アリガトウ!!!!」
「おわ!!?」
そういって、ぺろぺろとキツネっこが俺の口元を舐める!?ちょ、おま、絵面的にそれはまずい!くすぐった!はははは!こいつ、ちんちんついてる。男だわ。ははは、やめろ。おい!