幕間 初めての友達
ひょっこりと少年……のように見える少女、アルフィは窓枠に手をかけて宿屋の中を覗いてみる。
昨日ボクのことを助けてくれた男の子……名前をクロウというらしい。今度、宿屋に遊びに来いって言ってくれたけど……流石に昨日の今日じゃ早すぎるかな?
家に帰った後も、布団に潜ってずっとワクワクドキドキ~ってしてすぐには眠れなかった。今日だって、朝早くから目が覚めて居てもたってもいられなかった。
「おや、ウチの宿屋に何か御用?」
「あ!」
慌てて窓から手を放す。ど、どうしよう、この宿屋の人かな。変に思われちゃったかも……。
「……あ、あの!ボクは……!」
ボクは……彼の友達?……きっとまだそんなんじゃない。段々と怖くなってきた。もしも、なんで来たんだ?なんて言われたらどうしよう。ううん、それよりも、お前誰だなんて言われて覚えてなかったら……そんな風に考えると胸がキュッとなって苦しかった。
「ん?ああ、母ちゃん、こいつ俺の友達だよ」
「っ!!」
友達?友達……い、いつから友達になってたんだろう。昨日会っただけなのに友達で良いのかな?けれど、それが当たり前みたいに言ってくれて、ボクはなんだか無性に嬉しくって、笑顔で首を縦に振る。
「ちょっと待っててくれよ。宿屋の手伝いがあるから」
「あ……ぼ、ボクも手伝います」
「何言ってるの。あとはかーちゃんに任せて、遊んでらっしゃい」
「いて!……じゃあ、そうする。行こうぜ、アルフィ」
「う、うん!」
ギュッと手を引かれて一緒に外へと走り出す。
小さな手なのに、ボクよりもずっと硬くて大きいと思った。
「お前って、本当に勇者なの?」
二人で並んで川辺までやってくると、クロウは下を向いて、何か探しながらそんなんことを質問してきた。
「うん!ボクのお父さんは水の勇者だから、ボクも勇者になるんだ!」
16歳になり、勇者の儀式を経て王様に認められれば、きっとボクも勇者になれるだろう。
クロウは興味なさげにふーんと鼻を鳴らして、びゅっと川に向かって石を投げる。すると、ピチャンピチャン……と何度も水面を蹴って跳ねる石。
「ッすごい!!」
「はは、驚きすぎだろ。ただの水切りだって……アルフィもやってみろよ」
「う、うん!」
ボクもその辺にあった石を水面に向かって思いっきり投げてみる!するとドボン!と大きな音を立てて石は川の中へと沈んでいった……。
「ははは!」
ビュッとまた石を投げるクロウ。すると、また石は何度も水面を跳ねて……向こう岸までたどり着いてしまった!
「ずるいよ!魔法を使ったんでしょ!」
「ははは、コツがあるのさ。まずは平べったい石を探さないと」
「?うん」
ジーっと下を見て、石を探す。平べったいの平べったいの……あ!
「見つかったか?」
「うん、見てこれ!ねむれ草だ!」
ズコっとクロウが前のめりになる。
「お前なぁ」
「これを売れば、夜ご飯に卵がつけられるよ!」
「え?」
「もうお湯と野菜の芯だけのスープじゃ飽きてたしね」
「……」
おばあちゃんの喜ぶ顔が目に浮かぶ!
ねむれ草はほかの薬草よりも人気があってよく売れる!あんまり山には生えてなかったけど、こういう川辺に生えてるんだ。今度からここもルートに加えようかな?
「アルフィ、石は良いのか?」
「あ!そうだった!……うーん、あ!これどうかな?」
「いいんじゃないか?それで、投げる時は横から投げるんだ。そんで、石に指をひっかけて回転をかけて……投げる!やってみろ」
「うん!…………えーい!」
ポチャンポチャン!と水面で石が跳ねた!
クロウみたいにいっぱいは跳ねなかったけど数回、ちゃんと跳ねたのだ。ボクは嬉しくなって、クロウのを方見てみると、クロウも笑って
「やるじゃん」
と褒めてくれた。
何だかすっごく嬉しくなっちゃって、また下を向いて石を探し始める。
「よーし、今度はクロウの記録を抜くぞ~!」
「何言ってんだ。まだ俺本気出してないからな」
そういって何度も何度も水面に向かって石を投げた。気が付いたら、あっという間に太陽は沈んでしまって……。
「いけない!!もう、こんな時間だ!おばあちゃんに夕ご飯作ってあげないと!」
そういって駆けだそうとすると、ガシッとクロウが腕をつかむ。
「待てよ、渡したいものがあるから。ちょっとついてこい」
「え?わわ」
そういうと、強引にボクの手を引いて宿屋へと歩き出すクロウ。渡したいもの?なんだろう一体。
やがて宿屋に戻ってくると、クロウは玄関にボクを立たせてドタドタと宿屋の中へと入っていった。何やらクロウのお母さんと声を大きくして喋っていたけれど……そのあと、すぐにまたクロウは茶色い包みたいなのを持って戻ってきた。
「これ、おばあちゃんと二人で食え」
「え?こ、こんなのもらえないよ!」
「いいから。じゃあな、アルフィ。また明日」
「あ!」
ボクが反論する前に、宿屋のドアを閉めてしまうクロウ。
また明日……。
手の上がほんのりと温かい……それに、包み越しに美味しそうな匂いがする。気が付くとお腹が鳴っていて、じゅるりとよだれが出てしまったのがわかった。慌ててそれを拭うと、ボクは冷めないように家へと真っすぐに走り始めた。
「美味しいねぇ」
「うん!本当!すっごく美味しいや!」
いつものお湯が多めの野菜の芯のスープとクロウのくれた、魚とポテトのチーズ焼きが食卓に並んで、夕食がいつもよりもずっと豪勢に見える。
まだ暖かいチーズの絡んだポテトと魚の切り身をハフハフ!と冷まして口に入れると、とろとろのチーズが魚の切り身の味を引き立ててすっごく美味しい!これはクロウのお母さんの料理なのかな。何だか優しい味がする。
「今日はお友達と何をして遊んだんだい?」
「うん!今日はね、川で石を投げて遊んだんだ!」
「おや、今日は石を投げていただけなのかい?」
「あ、そうかも、ずっと石投げてたや。おかげで肩がちょっと痛いよ」
おばあちゃんとの夜の会話。いつもなら、嘘をついて冒険者ごっこをしたとか、綺麗なお花を摘みに行ったとかそんなことを話していたけれど、今日あったことは全部本当のこと。頭で考えたりしなくてもスラスラと内容が口から飛び出してくる。
「それでね、クロウったらこーんな大きな石を川に投げこんで魚を取ろうとしたんだけど、水しぶきがバッシャーンって跳ね返ってきて、二人でビチョビチョになっちゃって!」
ずっとボクが一方的に話しているだけだったのに、おばあちゃんは嬉しそうに笑っていた。