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薄い本

「はぁはぁ……死ぬ……このままじゃ死ぬわ……」


「ティ、ティーナ……?」


船室の中、ベッドの上でティーナがうなされている。

紅い瞳は虚ろになっていて、乾いた唇から漏れ出る息が浅い。


「頭が痛い……目元がグルグルする……この海の上、私は原因不明の病に侵されて死ぬのね……」


「大丈夫!ただの船酔いだって!ほらほら、コンみたいに少しベッドで横になってたらそのうち楽に……」


「………………アルフィ……「頼み」があるの……」


「ティーナ……?」














--------------------------------------------















「そんなに船に弱いのにどうやってここまで来たんだ……?」


「……覚えてないわよ、そんなこと。うっぷ」


「あぁ、おい、外すなよ!?」


トイレの中で、ソフィアの背中をさすりながら回復呪文を唱えてやる。

いくらか様態は落ち着いたが、ヒールは本来細胞を活性化させ傷を癒す呪文、船酔いを完全に治すような効果はない。


「……ふぅ」


「……少しは楽になってきたか?」


「えぇ……最悪の気分だわ!」


もう吐くようなことはなくなったが、青い顔をしてトイレにしがみついているソフィアはとても良いとこのお嬢様には見えない。二日酔いしたOLのようだ。


船に少しでも慣れてもらうしかないが……。


そもそもどうして、こんな命がけの帰省をする羽目になったんだ……。







-----------------

---------

---







「じゃあ、一度戻ろっか!王様に魔王のことも報告しなきゃだし!」


「おお!」


「はぁ!?それじゃあトンボ返りじゃない!?ここから始まる大冒険は!?」


「いやいや何言ってんだ!アル、俺は大賛成だぞ!」


ポンポンとアルフィの肩を叩いてグッと握りこぶしを隠しながら握る。

ソフィアは不満そうであったが、俺は大変満足していた。

あわよくば、そのまま街でごたごたに紛れてパーティ離脱!騎士団に戻る!安定の老後!幸せな人生!素晴らしいプランだ。


「……なんだか怪しいわね」


「コン、クロウにツイテク!オンガエシスル!」


「冗談じゃないわよ!……いえ、でも今帰れば……」


……なんだ、ソフィアの奴、スゴイ悪そうな顔をしているが…そんな時だった。

バタン!!と、息を荒げた一人の冒険者がドアを開け放つ。

顔は血の気が引いて青くなっていたが何かに怯えた様にガクガクと膝を震わせている。


そのただならぬ客の姿に吟遊詩人や雑談をしていたマスターや冒険者たちも一堂に彼を見やる。

そして、近くにあったテーブルに倒れ込むように駆けだすと、水の瓶をこぼすのも構わすにを一気に飲み干し……聞いてくれッ!!と静寂にはうるさいほど響く声を上げる。














「く、く、『クラーケン』が出た!!!!!!!」












ガシャン!


と誰かが酒の入ったボトルを落とした。

シンと暫くギルド内は再び静寂に包まれたが、やがて、うわあああ!?と時が動き出したかのように椅子を立つと転げるようにギルドから逃げ出し始めた……!?いや、喜び勇んで走っている奴もいるな……


にしても、『クラーケン』だとッ!?


「なによ、そんなにビビり散らしてクラーケンってそんなにヤバい奴なの?」


「ラララ♪し、知らないのかい君たち~♪クラーケン~♪青い海の怪物~♪てうわああ、こんなことしてる場合じゃないよ!?」


そう言って走り去っていくケツアゴの吟遊詩人を怪訝そうな目つきで見やるソフィア。

クラーケン。昔、宿屋に泊りに来た水夫から聞いたことが有る。確か、王国領と帝国領を挟んだ海に現れるという巨大触手の化け物だ。


イカでもタコでもない。

触手なのだ。いや、触手の部分しか見たものが居ない。というのが正しいか。


またの名を『海の災害』と呼ばれており、出会ってしまったが最後、その無数の触手によりあっという間に海に引きずり込まれ、その後、捕まったものの姿を見た者は居ないとかなんとか……。

こいつが、この街にえらく活気のなかった原因か。


だがまぁ、出現率もそんなに高くないらしくて、海の怪物としては鉄板だなぁと聞き逃していた気がするが……何をそんなに。

知っていることをアルフィたちにもそのまま説明してやると、ソフィアはそれでも納得がいかないように首を傾げた。


「ふぅん?それにしたってあの慌てよう。ここは陸の上なのよ?何をあんなに怯えることがあるのかしら?」


それだ。俺も気になっているのは。

すると、先ほどのケツアゴの吟遊詩人が数歩バックして戻ってきて竪琴を奏でる。


「ラララ♪クラーケン~♪魔王の力か、神の戯れか~♪陸にも上がってくるようになったよ~オ~(高音ソプラノ)マイガ♪もう駄目だ~~!!!!」


そう歌いきるやいなや吟遊詩人は再び悲鳴を上げて逃げ去っていった……。

逃げていくやつの説明はついた。後は喜んでいた奴は……そのクラーケンとやら相手に戦おうとしてる賞金目当ての冒険者か?


「魔王の力の影響で、触手の大群が陸まで上がってくる、ってことかしら」


「じ、地獄だろそんなのッ!!?よ、よし、いったんブロンシュのところで匿ってもらおう!そんで騒ぎが落ち着いたら、王国に行く!それでいいよな!?」


有無を言わせずそう提案をするが、アルフィの奴は珍しく思案顔ですぐに返事が返って来ない。

嫌な予感がする……ま、まさかお前……?

うんと一つうなづくと、俺達を見てぐっと握りこぶしを作って見せる。


「倒そう!!海の怪物、クラーケン!!」


アルフィの言葉を聞いてへぇと不敵に笑うソフィアにやれやれと肩をすくめるフロレンティーナ。

言葉を失った俺に少し怯えた様に俺の服の袖を握るコン……。




--------------------------------------

-----------------------

-------





かくして、俺達は海へと出た。

その怪物が陸に上がってくる前に迎え撃つために……。


「いやいや、冗談じゃないぞ……」


今回ばかりはやってられんと、どれだけ反対してもアルフィは譲らなかった。

逆に、こんな綺麗な港が無茶苦茶になっても良いのかとか、ボクたちが居る時に現れたのは運命だったんだ!とか正義感に満ちたセリフを言って、行くなら勝手に行けと見捨てようとしたのだが勝手にするさ!なんてことにはならず、目をウルウルとさせながら服を引っ張られてしまい……そして、お願い、クロウも手伝ってよ……なんて情けない声を出されては……。


「はぁ」


結局、船に乗ってついてきてしまったのだから俺も何というか……。


「……あの馬鹿は一生直らないわよ。アナタの世話好きもね。クロウ」


「人の心を読むな」


「うふふふ、わかりやすいのよね~あなたって」


そういうと、トイレの縁に手を置いたソフィアが笑う。

アルフィもそうだが、俺からしたら、いじめっ子だったお前が全く関係ない街や人のために一肌脱いで、こんな船まで出してくれたことの方が驚きだ。ま、単に自分の力試しをしたいだけなのかもしれないが……。


こう見えて、ソフィアはかなりの豪槍使いだ。

昔は嗜む程度だったのだが、俺達と一緒につるむようになってからはますますレベルも上がり、金にものを言わせてなんとあのソードマスタートヤマより強いと言われる『剣聖の姉』を師事していたという。

戦力としては十分信用できる。


それに、このガレオン船はソフィアの乗ってきた船、つまりダールベルク家の私物である。豪華な装飾の施された船室も柄は悪いがよく訓練された水夫たちも相当に金が掛かっていることが窺える。

今回だって、死ぬかもしれないという怪物退治に顔色一つ変えずにイエスマム!の一言でついてきてくれたのだから頼もしい。船長も、丁寧なあいさつこそしてくれたものの、顔に傷をいくつも負っていてどっちかというと海賊みたいだった。


「よく船乗りたちはクラーケンと戦うことを了承してくれたな」


「ふん。当たり前じゃない。ウチのお抱えになる前は元海賊の荒くれものたちよ?」


「え!?」


「……今のはなし。聞かなかったことにしなさい」


そういってまた吐き出す。ダールベルク家の闇も深い……。

だが、そんな奴らを信用できるのか?真面目に戦ってくれれば、本当にクラーケンに対抗もできるかもしれないが……


「けれど、ソフィア。お前までアルの無茶に付き合うことないんだぞ?」


「……」


「海で戦うのだって、あいつのブルーデュランダルの力を頼ってのことだし、下手したら通用せずに死ぬ可能性だって……」


「そうして、「また」あたしをのけものにするつもり?」


「そんなわけないだろ……お前には地位とか立場とか、色々とあるだろうからな。だから、アルだって……」


「…………そう。あなたまでそんなこと……」


……どうやら体調が弱っているのに加えて、精神的に参っている節がある。

おそらくは、殿下との婚約破棄が効いているのだろうな。なんせ、玉の輿も玉の輿、国の最高権力者の一人になるはずだったのに、それが立ち消えてしまったのだ。


「なぁ、ソフィア。王国で一体何が起こったんだ?殿下との婚約破棄もそうだけど、何か良くないことが起こってるのか?」


「……別に、どうでもいいわ。けど、王国にとってはよくないことなのかもしれないわねぇ。あのカマトト女が王女になるだなんてこと、虫唾が走るわぁ……!

けれど、あたしにとってこの状況は……そう悪いことでもないのよ?」


「婚約破棄されて悪くないも何もないだろ。お前の親父のことだから最悪勘当されるぞ?」


「さぁ、そうなったら近くの宿屋に就職でもしようかしら」


そう言うと目元を細め、口元を抑えると悪戯っぽく笑うソフィア。


「……まぁ、ソフィアがそれでいいなら、俺はいつでも歓迎するけどな」


「……っぇ!?そ……それはなぜ?」


赤いを顔して、何かを期待したような目でこちらを見ているソフィア。ここは本心を告げるか。


「なんでってソフィアは家事全般が得意で……」


「まぁ、そうね」


「すげぇ美人で器量も良い……」


「……じ、事実でもそう面と向かって言われると……」


「実は面倒見がよくて、子供とかにも優しい」


「ぅ……」



「これ以上優秀な宿屋の従業員ってのもいないぞ!」



「……は?」



幼少期からアルフィともども宿屋の仕事を手伝ってもらっていたから、令嬢でありながら完璧に宿屋の仕事をこなせるようになっている。猫かぶりが上手くて美人で客受けも良し、優秀な従業員としてはこれ以上ないほどの……いた!!?いってー!!!!


「……ちょっと見ない間に少しは乙女心が分かるようになったと思いましたのに!」


え?え?真っ赤になって怒ったソフィアに肩を思いっきり殴られる!グーで!肩パンで!っていうか激昂のあまりお前お嬢様口調が出てるぞ!












ソフィアの部屋を追い出されるようにして出ると、偶然正面の部屋からアルフィが姿を現した。


「よぉ、そっちはどうだ?」


「う、うん、あんまり良くないかも……。ティーナが船に弱いだなんて知らなかったよ」


「確かに」


おそらくは人生で初めての船旅だろう、今までの旅の疲れも重なって仕方がない面もある。それと同じ理由かはわからないがコンも同じようにダウンしていて、今は俺の相部屋のベッドで眠っている。俺も初めて船に乗った時は酔いに酔ったものだ。逆にアルフィ、お前は初めてのはずなのにどうして平気なんだ……?


「ティーナってさぁ、あんまり苦手なものとかなさそうだから意外だよね」


「そんなことないだろ、上手く隠してるだけで、あいつ苦手なもんだらけだぞ」


「え?そうかなぁ、いっつも涼しい顔してるよ」


食えないものは多いし、俺達が居ないと極度のコミュ障だし、小さい虫とか爬虫類も全然……逆にグロテスクな魔物とかは平気なのに、不思議だ。


「それより、これからどうするんだよアル。まさか、俺達たった二人でその海の怪物とやらと戦うとか言わないよな?」


「え?そのつもりだけど」


キョトンとした顔をするアルフィ……。

いやいやいや!無茶を言うなよ……!


クラーケンは「海の怪物」って言うくらいだし、間違いなく海中で戦うタイプの化け物だろう。それなのに、俺やアルフィの戦い方と言えば剣による近接戦闘。アルフィの方はいくらか飛び道具を持ち合わせているが、海中では攻撃を当てることはおろか、船を襲われたらまともな戦いになるかすら怪しい……。


アルフィのブルーデュランダルは普段は空気中に含まれる水分を使って水圧剣アクアスラッシュ暴風雨剣アクアストームを放っている。水をかき集めるのに魔力を使うため、周囲に水があればあるほど消費する魔力の量は抑えられ、おまけに威力も上がるという代物だ。だが


「せめてティナの奴がまともに動けないと厳しいぞ?」


「うーん、けど……」


カーンカーンカーン!と警鐘が鳴り響く。

俺とアルフィは顔を見合わせるとすぐに甲板への階段を駆けあがった。












甲板では既に海の男たちが大砲や弓矢、サーベルといった武器の準備をしておりいつでも戦闘を開始できるような状況であった。

空は灰色に曇って、波が不自然なほどに高く荒れている。隣を並走していたカモメたちも、危険を感じ取ったのかもはや姿が見えなくなっていた。


「船長さん、状況は!?」


「……2時の方角にクラーケンらしき影が出た。時期にかち合う……逃げるなら今の内でさ」


帽子を深々と被って、渋い声を出す船長。クイっと指を指した方には、ぷかぷかと浮かぶ木片と…………!!


あれは、さっき、ギルドで見かけた冒険者たち!?

あいつら、クラーケンに負けたのか……?対クラーケンのために来ていたと思われる冒険者たちだ、相当の準備があったはずだ。


……本当に二人だけで戦うのか!?

周りを見ると、海の男たちは準備こそするものの皆不安そうな顔をしている。


いくら元海賊と言えど、あったらお陀仏と噂される海の怪物。そして目の前に無残に広がる悪夢のような光景。これから戦うことに抵抗がないわけがない。

今だったら船長の言うように引き返せるし、最悪転移石でここに居る全員を避難させることだってできるかもしれない……。


戻ろう。アルフィにそう声を掛けようとした時だった。


「クロウ、ボクは……君……いれば……」


「え?」


アルフィが蒼く輝くブルーデュランダルを引き抜くと、軽い身のこなしで階段を上って船尾楼甲板の上に乗り、高々と剣を掲げて甲板の隅から隅まで響き渡るような大声を出す。





「みんな聞いてッ!!!!!」





すると、アルフィのハリのある声に、ピリついていた雰囲気で戦闘準備を行っていた船員たちが手を止めてアルフィの方を見上げる。


「ボクは『水の勇者』アルフィ・カーテス!

……ねぇ、みんなはさっきのカーサの港の人たちを見た!?」


そう言ってあたりを見回すと、皆、突然の言葉に顔を見合わせながらざわつきだす。それをものともせず、アルフィは力強く拳を握って更に声を張り上げる。


「みんな……みんな下を向いてたんだ!!こんなにも……こんなにも綺麗な海が傍にあるのに!」


「「「「…………!」」」」


「……この海が誰のものなのか知ってる!?」


そんなアルフィの突然の問いかけに、船員たちはお互いの顔を合わせて低い唸り声をあげていたが、一人の野太い声が上がった。俺の隣に居た船長だ。


「そんなのは決まってらぁ、誰のものでもねぇ!!」


船長はキャプテンハットのツバを上げると抜けた歯で不敵に笑う。どこかに隠していたのか荒々しい好戦的な海の男の一面が現れた気がした。

アルフィはその言葉を聞いて大きくうなづく。


「そうだよ!海は、ボク達みんなのもの!誰かが恐怖で支配しているなんてこと、いけないんだ!!」


「今日、ボクたちは自由を取り戻す」


「ボク達には水の女神・アイオーン様がついている!」


「今日!」


「ボク達は海の怪物に……」





「恐怖に討ち勝つんだ!!!!」





すると、しばらくシンと静まり返っていたが、次の瞬間!






「「「「「「「「ウオオオオォォォオオオオッッ!!!!」」」」」」」」」


と爆発したように男たちの野太い声で船が揺れる!耳が痛い!くそ、なんて馬鹿声だ。

アルフィのたったあれだけの言葉で場が一気に引き締まった。どこか、落ち着きのなかった水夫たちの迷いを断ち切ったように見える。


トンと俺の前に飛び降りてクラーケンがいる方角を眺めるアルフィの肩を掴んで声を掛ける。


「アル、お前一体どこでそんな鼓舞の仕方を覚えてきたんだ!?」


「どこって……オジさんやクロウの見様見真似だよ。それより、クロウ。クラーケンだけど……何か、弱点のようなものはないかな」


「弱点か……目、とかか?」


「目?」


「いや、すまん、それはゲームとかで定番の「……その通り!あいつには目がある!」え!?」


どこからか持ってきた大量に武器の入った樽を甲板に置くと……さっきまであんなに船長が抜けた歯でニヤリと笑う。


「昔、俺がまだツマラン海賊家業をしていた時のことよ。一度だけ、へまをやってあいつに食われそうになったのさ、消えちまいそうな意識の中で俺は、ヤツの目を見た!!黄色く、無機質な化け物の目さ」


「船長さん、アンタ一体……」


「だったら、ボクがその目まで行って、クラーケンを倒す!それでいいよね?」


「は?お前何言って……」


「ボクは『水の勇者』だよクロウ。ボクを信じて……」


真剣な表情で真っすぐに俺を射抜くアルフィ。


……………圧倒的に、分の悪い賭けだろう。


いくらアルフィだろうと相手は伝説の化け物…………でも



「……わかったよ。『勇者様』」


アルフィは目を輝かせながら満面の笑みを浮かべる。船長は目を見開くと大きく息を吸い込み……


「聞いたか野郎ども~~ッ!!!!!俺たちが『勇者このバカ』の道を開くぞ!!」


うおおおおおおおおおおおおお!!!と、再びうるさいほどの声が上がる。

アルフィは船長に肩をポンと叩かれると、笑顔を浮かべたまま再び俺の方を向く。


「クロウ、船長さんたちに道を開いてもらいながら、ボクはクラーケンの本体を叩くよ。だから、船の守りは任せていいかな?」


「ああ。けど……一体どうやって本体まで近づくつもりだ?」


「何とかするよ、だってボクは……」


水の勇者だから!

そういうと、アルフィは甲板を蹴って駆けだすとそのまま跳んで海へと飛び込む!!!


手すりに手をついて、アルフィが落ちた先を眺めると、アルフィは海上に浮かぶブルーデュランダルの上にまるでサーファーのように乗っかり……そして、そのまましゃがんで、荒れた灰色の海に手を付けると目を瞑って深呼吸をしていた。


「父さん……ボクに力を……」


それとほぼ同時に、ザバ!!と触手の群れが海から姿を現した!

四方八方、素早い動きをしたムチのようなそれらが一斉にアルフィを襲う!!


「アル!!」


「久しぶりだな化け物!!野郎ども打……うお!?」


シュイン!と音がしたかと思えば、次の瞬間には触手たちは真っ二つになっていた。

そして、ブルーデュランダルが蒼く光ると、アルフィが水上を……ぶっ飛んだ!?



「はあああああ!!」



"ブルー・デュランダルのサーフボード"で波に乗り、次々と現れる触手の群れを、アルフィは手に持った『水で出来たブルーデュランダル』で切り裂いていく。

どうやら、海水を媒介に魔力の剣を作り出したらしい!こんな使い方、今までしたことなかったのに……。


「アクアスラッシュ!」


水の波をくぐり、跳んで、切り裂く。

たった一人で、数十本の触手を瞬く間に屠っていく。


「俺達も負けてられねぇ、撃てええええ!!」


船長の合図に続いて大砲の音が湿った空に響き渡り始め。にわかに火薬の匂いが広がる。


「うおお!?」「きたあ!?」


!この調子だと出番はなさそうだなと思った矢先、この船のマストほどもある触手がうねうねと這い上がってきて、大きな音を立てると甲板にその巨体を叩きつけ、手すりを破壊すると木片が飛び散る。


それを皮切りに、いくつもの触手が海面から飛び出してきて一斉に船へと襲い掛かってくる!


くそ、数が多いぞ!!?


「く」


魔力を剣に乗せて両断していくと、切れたにも拘わらず触手がビタンビタンと跳ねまわり、船の上は地獄絵図に……!


約束した。アルフィの戻ってくる場所を守ると。

しかし、これだけの数まともに相手をしていたら、ジリ貧になるぞ!


「んほおおおおお!!」


!!???

どこからか、野太い男の声が聞こえてきた。見ると、そこには触手に襲われて服をひん剥かれている水夫のおっちゃんの姿が……!!


「やめ……!服の中、入ってくるな!!あ!」


いや、誰得なんだよ!?

俺は急いで複数の触手を切り捨てるとおっさんに羽織っていたマントを被せた。


「あ、あんがとよ……坊ちゃん」


何やら熱っぽい目で見られているが……や、やめてくれよ……。


「わあああああああ!!」


「ウホオオオオオオオ!」


そしてそれからも、次々と触手に襲われる水夫のおっちゃんたちが続出する!あたりに響いたおっさんたちの嬌声に汚い裸にと阿鼻叫喚の地獄を見るようである。


「おかしいだろ!なんで、おっさんたちが!?」


「どうもやつは体温のある生き物に卵を産み付けるらしいな、そいつが体内で孵って育つとローパーとかになるっていう話を聞いたことが有るが……」


なんだって!?

ってことは、卵を産める体温と穴さえあれば男でも女でも関係ないってことか!?

な、な、




なんて恐ろしい魔物なんだッッ!!!!



オッサンたちの半裸と触手という地獄のような絵面に吐き気を催しながらも触手を切り倒していく。


「そうだアル!?」


あいつもまさか……!?

慌ててアルフィの進んでいった方角を見やると


「はああああ」


≪SHYAAAAAAAA!!≫


アルフィは海の上で波を乗りこなし触手の本体らしき、丸いぶよぶよとした気持ちの悪い何かと戦っていた。あれがクラーケン……海の怪物の本体!?

次々と襲い来る触手を目にもとまらぬ速さで切りつけ、未だに傷一つ負っていない……。


しかし、何だろうか、こういうのって普通、もっとこう、触手に襲われてピンチ……みたいな。そういうのは……ない感じか。


ん?


にゅるにゅると、何かが足元を這いよってくる!

しまった!?と剣を抜こうとしたその瞬間。


「フレイム!!」


ゴォ!と炎が巻き起こり、触手が火だるまになって消し炭となった。

これは、フロレンティーナの呪文!?たすか……。


「……」


「……」


船室から出てきたフロレンティーナは、なぜか俺のシャツを手元に握りしめ、スーハーと口と鼻を使って深々と深呼吸をしていた。目があったのに、赤い顔をしたまま何度も、何度も……。


「な、な、何してるんだ……ティナ……?」


「……落ち着くのよ」


「……え?」


「あ、じゃ、じゃなくて、いつ嘔吐しても良いように適当にその辺に落ちてた布を持ってきたのよ」


「いや、人のシャツにゲロなんて吐くな!」


こいつは本当に、どういう思考をしてるんだ!?


「……い、今はそれどころじゃないでしょう!他の人たちを助けに行くわよ!」


「それはそうだが」「いやああああ!!」!?ソフィア!?」


今度はソフィアの声が響いてきた!?

あいつ、まさか触手に捕まって……!

フロレンティーナからシャツをひったくると、手を取って声のした方に駆けだす、そこには……



「いやあああ!……うふふふ!!アーハっハハハ!!そんなものなの!?ねぇ!?」



悪人面でご機嫌に長槍を振るっているソフィアの姿が……。ブチブチと切り裂かれていく触手たちを見てその表情は更にご満悦に……。

こちらも、服はおろか、マントの破片すら剥かれていない……。


「フン!まるで手ごたえがないわぁ。クロウ、こいつらの本体はどこ?」


「あ、あぁ、それなら今アルが」


「ウワアアアアアア!!」


!!どこからともなく、コンの叫び声が聞こえてくる。どうせ無双してるんだろうと思っていたが、なんと、そこには服を脱がされかけ尻尾の付け根や白い肌を露にして、触手たちに宙づりにされているコンの姿が!!


「うおおお!?コン!?」「フレイム!」


慌ててフロレンティーナと一緒に助けに入ると、落ちてきたコンをお姫様抱っこで受け止める。


「グスグス、アリガトウ~……」


泣きながら、抱き着いてくるコン……。よほど怖い思いをしたようだ。その後ろで、触手を焼き触手と串焼きに変えていく女二人……。

いや、なんで男のコンが一番ヒロインしているんだよ!






それから凄まじい触手の猛攻が始まった。

俺達4人はあふれ出てくる触手の群れから船を守り、そして、おっさんたちも雄たけびを上げながらその物量に立ち向かう。だが、切っても切っても再生するそれらの相手をするうちに、皆の顔には明らかな疲労の色が浮かび始める。このまま持久戦を続けていればいずれ俺達は……。




だが




ズバーン!と、先ほどアルフィの戦っていたところで海面を破ったような凄まじい水しぶきの音が聞こえてくる、次いで竜巻のように水が上空へと伸びていく……上空に居るのは……アルフィ!



「とどめだああああ!!!!!」


≪SHYUUUUUU!?≫


クラーケンは何か来ることを察知して何百本もの触手を束ねて攻撃を阻止しようとしていたが、アルフィが水龍の力を開放し、上空からジェット噴射の要領で一気に急降下するそして……



流星のような光の一閃が煌めいた。



かと思えば、触手の束もろともクラーケンを貫いていた!


パァン!!と破裂するような音が響き渡ると、船を襲っていた触手たちも次々とはじけ飛んでいく。

船を襲っていた触手もキラキラと消滅していき、荒れ狂っていた海も次第に穏やかになり始める……


シンと再び静寂が訪れ、誰ともいわず拳を突き上げると


「「「「うおおおおおおお!!」」」」」「やったぜええええ!!」


勝利に吼える男たちの声。

俺も思わず叫び、手を上げ、ソフィアたちとハイタッチするなど喜びをわかち合う。

そこへ、ちょいちょいとフロレンティーナが裾を引っ張ってくる。


「……ね、ねぇ、アルフィは……」


「……アル!?」


!確かに、アルフィが海から上がって来ないぞ!?


「くそ!」


「あ!待ちなさい、クロウ!!」


服を脱ぎ捨て、海へと飛び込む。

あまりの高さに金玉がひゅんと縮こまったが叩きつけられるように水面に潜ると一目散にアルフィが落ちて行った方へと向かう。30秒……1分と……海水の染みる中目をこじ開けて海の中を潜っていると、いくつもの傷を負って、気を失っている様子のアルフィが沈みそうになっていたのを見つけたので、グッと腰を抱え込んで水中を蹴ると急いで海面へと向かう……。


「ぷは!!!はぁはぁ!」


「げほげほげほ!えほ、はぁ……はぁ……」



幸い、意識はあったらしい。


「ありがと、クロウ……」


水面近くに浮いていた木片に捕まらせると、俺自身も水を吐き出し足りなくなっていた酸素を求めて肺を何度も膨らませる。


「ごほ、お前、動けなくなるほど全力で戦う奴があるか!?」


「へへ……でも、ボクが全力で戦えるのは……クロウ、君がいつも傍に居てくれるから、だよ」


俺のヒールを受けながら、アルフィはいつもとは違って、力のない、けれどどこか幸せそうな微笑みを浮かべたまま目を瞑る。

そして、俺の方へと全体重を預けきってしまうと安心したように……。


「すぅ……」


眠った。

こいつは、本当に……。


「うおおおおおお大丈夫ですかあああああ!坊ちゃあああん!!」


「うっさいわよ!……ったく、無策であの高さを飛び込むなんてあんたも相当のお馬鹿よ!クロウ・クライネルト!」


腰に手を当てて船首に足を掛けたソフィアが船員に小舟を漕がせてこちらに向かってきている。この後、きっと耳が痛いお説教を食らうのだろう。


穏やかな波が俺とアルフィをゆりかごのように揺らす。

青い海は、眩しい日差しを浴びて静かに波音を響かせていた。

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