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幕間 悪役令嬢 ソフィア・フォン・ダールベルク 中

イライラする。



イライラする。イライラする。イライラする!



ベッドの上で枕を数回殴りつけると気付かないうちに呼吸が乱れていた。

しかし、いくら枕を殴ったところで、このイライラは消えてくれない……。


動悸が早い、顔が熱い、イライラする、イライラする……


やがて、枕を殴るのに疲れると、そのまま抗いがたい眠気に襲われて……ゆっくりと枕を抱きしめ、眠りについた。





















「……」


いつものようにノエルとリリーとお茶を嗜む。

けれど、お茶の味なんてわからないほどに腹の奥はムカムカとしていて……落ち着かなかった。


「えっと……そ、ソフィ……?」


「……」


(……ノ、ノエル何とかしてよ……)


(む、無理よ、リ、リリーこそ何とか……)


どうして、こんなにもイライラする?

どうやったらこのイライラは晴れる?


そんなの……決まってる!


「…………良いこと思い付いたわ」


パッとノエルとリリーが顔を上げた。

そこには驚愕もあったけれど、どちらかと言えばあたしが今日初めて声を発した安心感とあたしが言った言葉への好奇心が勝っているような目をしている。そして、それはすぐに疑問となって言葉として漏れ出した。


「い、良いこと?」


「えぇ、そうよ。とってもいいこと……うふふ」


「……ソフィが言うんだもの!きっと素敵なことよね!でも、その良いことって……?」


「ふふふ♪」


カップに口をつけてお茶を飲むと、今日初めてそのお茶が美味しいと思えた。

あたしがもったいぶっていると、我慢できないとばかりにリリーが顔を寄せてくる。


「そ、それで、ソフィ。良いことって何をするの!?」


「クロウ・クライネルトを、あたしの……奴隷にするわ」


えっ!?と二人が目を見開いた。

予想通りの反応をしてくれる二人に内心とても満足が行く。


「えっとソフィ?一体どういう……」


「ふふ……馬鹿ね。そのままの意味よ。あいつはアルフィを守っていて目障りだもの……だから、アルフィからクロウ・クライネルトを奪って、あたしのものにするのよ……なんでも言うことを聞く奴隷としてね!」


「あの男の子を……」


「そうよ、どんな手段を使ってでも!」


なんて簡単なことだったのだろう!

大事だと思っていた「友達」を失ったときのアルフィの顔を思い浮かべると背筋がゾクゾクとしてくる!


けれど普通の平民……いえ、きっとそれ以上の立場にいるクロウ・クライネルトを奴隷に落とし込むのは普通であれば不可能だ。


そう、普通なら……。


あたしは普通じゃない!


親の権力とコネ、そして『とっておき』がある。


カップを置いて二人に向かって口の端を釣り上げて笑うと、一瞬ノエルたちは恐ろしいものを見る目をしていたけれど、額に汗を浮かべながら笑っていた。












---------------------------------------------------












ノエル・フォン・カレンベルクは緊張していた。


「ジーク殿!よくぞ、おいでくださった!」


「なに、『疾風』のフランツ殿の誘いでは断れますまい。……それに美味い酒が飲めると聞いては!」


わははと肩を叩いて大きな声で笑い合う最近脂が乗ってきたパパと……クロウ・クライネルトのお父さん。

ソフィの言う通り、彼のお父さんは騎士隊長で、お母さんの方は宿屋の女将さんだったらしい。その彼はというと、父親の隣にぼーっと立って欠伸を必死にかみ殺している。



『……ノエル、リリー。まずは情報を集めなさい。作戦を練るのはそれからよ』



と、ソフィは言っていたけれど……私はパパに頼んでお食事会まで開いてもらったのに、結局自分は何もしないのだから酷いと思う。もっとも、ソフィのわがままは今に始まった話じゃないけれど……。


「さて……食事の前にジーク殿に愛娘をご紹介しよう、ノエル」


「は、はい。ノエル・フォン・カレンベルクですわ」


ドレスのスカートの両端を持つと、右足を斜め後ろに引きながら、もう片方の足を折り曲げ笑顔を添える。すると、以前より着飾った服を着たクロウ・クライネルトもジーク様に促されて前へ出る。彼は一度頭を掻くと……


私の手を持って、その甲にそっとハンドキスをした。


「……初めまして。クロウ・クライネルトです。よろしく」


と、仏頂面で挨拶する。


「う……すまねぇなフランツ殿。何分、こういった挨拶は親子ともども苦手で……」


「いえいえ、そんなことは!クロウ君はうちのノエルと年も近い。ぜひ、仲良くしてほしい」


そう言ってパパはいつものように弛んできているお腹をさすった。













「つまり、逃げる医療部隊は陽動で、勢いづいた本隊を待ち伏せするわけですな!?」


「そうだ。んで、狼狽えて居るところを一気に叩く!」


「むむむ、なるほど。私のような後衛部隊でもそのようにして役に立てるとは……そういえば、ジーク殿以前のワイバーンの群れが襲ってきた時にも……」


「ああ、あの時な!」


パパとジーク様はお酒のボトルを開けると、先ほどからお料理をつまみながらお仕事の話ばかりしていて……私にはあまり面白くなかった。そして、彼はというと……。


「……うまい!」


先ほどから、出てくる料理を一人で食べ進めており、パパとジーク様の話しているところを横目で見ているだけであった。暇をしている私に話しかけもせずに、ただひたすらに食べている……。


「よ、良ければわたくしのお料理も召し上がってくださいな」


お肉のスライスが乗ったお皿を差し出してあげると、ちらと口に入っていたパンを飲み込んでから……初めて私と言葉を交える。


「……良いのか?」


「え、ええ、わたくしお腹がいっぱいですの」


「ありがとな」


そういって今日初めて、クロウ・クライネルトは笑った。

日に焼けた顔とは対照的に彼の歯は白かった。










「だから、上はなーんにもわかっとらんのですよ!?パーティ会場などよりももっと人の役に立つような実用的な施設を作るべきではと!?」


「わっははは!ちげーねぇ!その金で公衆便所でも作った方がましかもな!!」


「「わっはっははッ!」」


……すっかりお酒が回ってきた二人は、酒気を帯びた赤い顔で杯を飲み干すペースもどんどんと上がっている。パパったら、いつもはもっと相手の顔色を窺ってゆっくり飲んでいるのに……。


でもこのままじゃ、マズイわ。


私の目的は彼から出来る限り情報を入手すること……有効な情報の一つでも手に入れないと私がソフィから……。

ぐっとお腹の中に力を込めた。彼と二人きりにならないかと、声を掛けようとしたその時だ。


「親父たちがうるさいし、どっか別のところで話でもしないか?」


そう言ってきたのは意外にも彼の方からだった。

さっきまで黙り込んでいたので、でっきり全く話さない無口な男なのかと思っていたのに……。しかし、その一言は私にとっても願ってもない魅力的な提案だった。


「そ、そうですわね……では、静かな場所へご案内いたしますわ」


ちらっと使用人の一人に目を通すと、私は彼を自分の部屋へと招待することにした。

でも、本番はここからだ、どうやってこの無口な彼と会話を続けよう。

黙って後ろからついてくる彼の気配を後ろに感じながら頭を悩ませた。









「ふぅ~、食事会ってのは肩が凝るよな~」


ばたんと、お茶とお菓子を置いて使用人が去っていくと、彼はリラックスしたように椅子に腰かけて、熱いカップにちょびちょびと口をつけていた。まずは、彼の口が軽くなるくらいに気に入られないと……


「そ、そうですわね。わたくしもクロウ様と同意見ですわ」


「……なぁ、そんなにかしこまらなくても良いんじゃないか?全く知らない仲でもないし……」


「え!?」


「キミ、あの悪役令嬢と一緒に居た子だろ?わざわざ親父を招待するなんて、何を企んでるんだ?」


いきなり確信を突かれて心臓が止まるかと思った。

様々な「言い訳」を考えるがいつもみたいに言葉が浮かんでこない。


「そ、それは……」


「あ、いや、そんな怖がらなくても良いよ。問いただして怒ったりしないから、安心してくれ」


その言葉を聞いてまた驚いてしまう。

一体どうして……。


「色々とあるんだろ、家の事情とか女同士のグループ争いとかさ。貴族社会って大変そうだもんな~」


一人腕を組んで納得している彼を見て、未だに頭の理解が追い付いていかない。

けれど、一つだけわかるのは、私の作戦はとっくに失敗してしまっているということ……。


このままじゃ、私、ソフィに……


「お、おい泣くなよ。綺麗な顔が台無しだぞ」


「……え?」


「せっかく背が高くて美人なんだから。あんなやつとは縁を切って良い男でも捕まえれば良いのに」


……本日3度目の驚きだった。

そっと、ハンカチで私の目元を拭うと彼はにっと口元を緩めて優しい顔をした。


「何を命令されたかわからないけど、出来る限りのことは協力するよ。まぁ虐めとかそういうのは御免だけどな」


私は、恥ずかしくなって顔を真っ赤にして俯けた。


























それから、クロウ君と二人、お茶を飲んでお話をした。


彼は、今までお父さんと二人で様々な国を旅していたらしい。


皇国の神殿都市や王国の湾岸都市、ときには魔物が出るダンジョンにも潜ったことがあるらしい。

彼の話は聞いたこともないような冒険がいっぱいで、私は夢中で彼の話を聞いた。


けれど、私が一番興味を惹かれたのが、時折彼が口を滑らせたかのように話す『日本』という国のこと。


車という馬の居ない馬車で移動出来たり、テレビというもので、お家の中でお芝居が見れたり……なんだか夢みたいな国だった。本当にそんな国があるのかと聞いたら、あるけれど無いというよくわからない返事をした。


そして、彼は私自身にも興味を持ってくれていた。

趣味の菜園の話をするととても興味を持ってくれて、私も嬉しくなってついつい目的も忘れて話し込んでしまった。


「で、でも、変よね。貴族が菜園なんて……」


「そんなことない。とてもいい趣味だ」


彼は褒めるのが上手だった。

そのことを指摘してあげると、彼は


「ノエルは長所を見つけるのが上手いな」


と、また褒めた。

そんなことを言われるのは、生まれて初めてで……


私はまた真っ赤になって俯いた。













---------------------------------------------------












「えっと、彼についての情報は以上よ」


あたしはノエルの話を聞いて感心していた。

普段、太鼓持ちしかできない女なのかと思っていたが、諜報などという才能を持っていたなんて。


「へぇ、中々よく集められたじゃないの。それに比べて……リリー。アナタはホント!使えないわね……」


「だ、だって宿屋に行ったらケーキが出てきて、美味しくて……」


「フン。それで機嫌よく帰ってきたっていうの?馬鹿じゃないの!?」


そう怒鳴りつけてやると、リリーは俯いて震えだした。

無視してノエルとだけ話しをするように声を出す。


「……けれど、ノエルの話だけではまだ「決定的な弱み」にはなりそうなものもないわね……」


「あ……だ、だったら、私がまた『クロウ君』と話をして……」


……クロウ君?

耳に入ってきたその弾んだ声を私は聞き逃さなかった。


「ノエル、アナタはもうあいつに接触しなくていいわよ?」


「……え?」


どうして!?と困惑を浮かべるノエルを見て、先ほど褒めたのが勿体無く思えてしまう。


こいつ、まんまと誑かされている!!


どんな手を使われたか知らないが、これではさっきノエルから受けた報告が本当のことかどうかもわからなくなってしまう。


使えないノエル、使えないリリー。

結局、最後に何とかするのはやっぱり自分自身しかいないのだと痛感する。






「はぁ……こうなったら」




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