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幕間 悪役令嬢 ソフィア・フォン・ダールベルク 上




ソフィア・フォン・ダールベルクは退屈であった。




天気が良いからと屋敷の庭でノエルとリリーの3人でお茶を飲む。

お茶菓子を食べながら、最近面白いことがあったかなどの話をするが、出てくるのはどれも平凡な話題ばかり……。


あたしが退屈そうにカップをかき混ぜていると、デカブツのノエルが焦ったように手を叩いて声を出す。


「そうですわ!今度リリーの7歳のお誕生日会があるでしょう?その贈り物を買いに行くというのはどうでしょうか!?」


「え、ノエルそれ……!?」


「嫌よ、面倒くさい。そーいう気分じゃないの」


「そ、そうよね。買い物は従者たちにも任せられるもの……」


ノエルが笑顔を浮かべて取り繕うと、今度はチビのリリーが口を開く。


「あ、な、ならこの前みたいに、町の男の子同士、戦わせてみるのはどうかな!ソフィ、すっごく楽しそうだったし……」


この前遊んだ……そうそう、町の男の子たちに殴り合わせたんだった。一番強い子には銀貨と名誉を与えるなんていって、誰が勝つかみんなで予想して遊ぶの。結局、大人に邪魔されて良いところで終わっちゃたのよね。


「……悪くないわね」


「だ、だったら……!」


「そうだわ。次はリリー、アナタが勝った男の子にキスしてあげなさいよ?」


「え……?」


「そうすれば、アナタみたいなチビでも食いつく子がいるかもしれないわよ?……うふふ、舌まで入れられちゃったり」


サーっと青い顔をするリリー。キスをするなら、好きなった殿方と。なんて甘い幻想を抱いているのかもしれない。これなら、今日も楽しめそう!


「き、キスは取っておいてあげても良いんじゃないかしら?ほ、ほら。"殿下と婚約している"ソフィとは違って私たちは……」


「……フーン。じゃああなたでも良いのよノエル?」


えっと、普段細めている目を開いて怯えた顔をするノエル。

男たちも、まだまだチビのリリーよりも、顔はともかくスタイルは良くなってきているノエルの方が人気があるかもしれない。


「え、えっと……そうだわソフィ!あ、アルフィ!アルフィのところに行きましょう!?」


「うんうん!それが良いよ」


ガタっと席を立って人差し指をピンと立ち上げながらそう提案するノエル。

アルフィ……のところね……。


「…………フフフ、そうね~……」



















アルフィ・カーテスとは、この街に住む自称・勇者の女の子である。


薄汚くて貧乏な庶民で、町を歩くときはいつもぼろの服を身に纏い、オドオドと自信なさげに震えている……。

特にあたしのことが苦手なのか、目があった時などには露骨に怯えの色を示す……。


「い、居たわ、アルフィよ!」


のそのそと、大通りの隅っこをいつものように臭い葉っぱの入った籠を背負って歩くアルフィ。あたしと同い年のくせして、その姿はまるで腰の曲がった老婆のよう!


「アルフィ」


ビクリと、アルフィの肩が震えたのが分かった。

そして、ゆっくりと振り返るとあたしを見るその目が泳ぎ、声が震える。


「そ、ソフィア!……こ、こんにちは」


「ええ、ごきげんよう。今日は良い天気ねアルフィ」


「そ、そうだね……あの、ボク今日は薬草を……」


「……ねぇ、アルフィ。お願いがあるの」


ゆっくりとアルフィに近づいていくと、アルフィは無意識のうちに後ずさりをしていた。

濁った眼であたしを見ながら、呼吸が少しずつ浅くなっているのが手に取るようにわかる。


アルフィはあたしに恐怖している。

……そんなにあたしのことが怖いのならば、いくらでも怖がらせてあげる!


「あたしたちは、「友達」でしょう?だ・か・ら、一緒にゲームをしましょう?」


「げ、げーむ?」


「えぇ、とっても簡単なゲーム。名付けて……決闘ごっこ♪どう、楽しそうでしょう?」


「……」


一体どんな遊びなのか、アルフィは想像が出来たのかしら?

首を横に振ろうとするが……彼女の頬に触れると、声音を少し低くする。


「アルフィ?友達は大切にするものでしょう?」


俯いて黙り込んだ後に……


「う……うん……」


アルフィは拳を握って頷いた。


















父と母は、あたしには興味がない。


宰相である父は屋敷に帰ることなく政に没頭し、宰相婦人である母はそんな父が貯め込んだお金を使うのに忙しいからだ。


父も母もあたしにお金を注ぐのが一番正しい愛情表現だと思っているようで、あたしがどのような我儘を言ってもお金の力で叶えてくれる。

何を壊しても、どんな悪戯をしても、他の家の子を泣かせても……あたしではない他の誰かのせいになる。


お金はなんでも叶えてくれた。

優秀な従者や教育係に、食べきれないほどの温かい食事、仲の良いお友達……。

全てが初めから与えられ、そして何不自由したことがない。


だからあたしとアルフィは、まさに真逆な存在だった。


父や母はおらず、お金もないから食事は満足にとれずガリガリ、一緒にお茶をするような友達も一人もおらず……。放っておけば、そのまま風に吹かれただけで死んでしまいそう!


けれど、なぜかそんなアルフィを見ていると、あたしはイライラとした怒りの感情が湧いてくる。


街中を歩くその姿が、あたしを見るその目が。すべてに腹が立って仕方がない。



だから、あたしはアルフィと「友達」になったのだ。



わざと肥溜めに捨てた硬貨を拾ってこさせたり、遊びだと言って髪を引っ張って抜いたり、習った魔法の実験台にしたり……アルフィはあたしと友達になった時は嬉しそうだったくせに、今ではすっかり怯えた子犬のようになってしまった。


しかしアルフィはあたしの誘いを一度も断ったことがない。

そして、そのアルフィが辛そうな顔を浮かべたり、泣きそうになったりしたときに、不思議とあたしのイライラは収まっていて、スッキリとした晴れやかな気分になる。


今日だって、アルフィと遊べばこのイライラはきっと消える。


「アルフィ、あたし、槍術というものを習ったの。特別に見せてあげるわ」


そういってノエルに持たせていた先端に布を被せた長いカシの棒を見せると、アルフィは息を呑んでその額に冷や汗を浮かべた。


「そ、そっか。じゃあ、ボクもなにか武器を……」


「……くす、何を言っているの?」


「え?」


「あなたは素手よ。ずっとガードするだけ……当然じゃない」


また……その目。怯えたような、まるで化け物を見るかのような目。なのに!


その目の奥には光がある!

あたしのことをまだどこかで「友達」だと思っているような、そんな「希望の光」が!!?


「……その目が気に入らないのよ!」







--------

----------------

-----------------------------















そんなある日のことだ。


「今日はアルフィにどんなことをさせるの?」


「そうね……死んだネズミでも食べさせてみようかしら。きっと泣いて喜んでくれるわよ」


あははははとあたしが笑うと、二人も同じように声を出して笑った。

そして、いつものように街を歩いてアルフィのところへ向かっていると……。


「……あら?」


アルフィの隣に、黒い髪をした男の子が立っていた。

どこか、他の男の子とは違った知的な顔つきに、程よく引き締まった筋肉のついた体つき、どことなく悪い目つきも逆にワイルドで……って、何をあたしは!


「だ、誰なのアイツ!?二人とも見たことはある?」


するとノエルもリリーも首を傾げる。この街であたしたちの知らない子供は居ないはず。

しかし、リリーが何かを思い出したのか、あ!と大きな声を出した。


「も、もしかしたら最近出来た宿屋の子かも」


「……宿屋?」


「う、うん!珍しいお料理が出るからってお姉ちゃんが行ってみたの。そしたら、すっごく甘いお菓子が出たって……!」


ごくりとリリーが唾を飲み込みながらそう話す。宿屋の息子……。

それなら庶民同士、あの薄汚いアルフィと一緒に居るのも頷けるけれど……あの身のこなしからは庶民にはない教養のようなものを感じる。


「あ!?」


「今度は何?ノエル」


「え、ええ、確かパパの職場に来た……新しい騎士隊長さんにも私たちくらいのご子息がいるって……」


「騎士隊長……?」


王国騎士隊長の息子……。

それならば、宿屋で生計を立てずとも裕福に暮らせるだけのお金はあるはずだ。作法や剣術を学んでいる可能性も高い。そちらの線の方が濃厚だけれど……。


どちらの話が正しいのかで、こちらの対応も変える必要がある。

しかし、今の話と目の前に居る人物を総合すると、その両方なのではないかと推測する。宿屋と騎士隊長、どちらとも関係があると考えるべきだろう。


「……ど、どうしよう!?」


「ソフィ。ここは日を改めましょう……」


正体不明の男の子の出現に戸惑うノエルとリリー。

どちらの話が本当にせよ、あたしには……


「ノエル。アナタあたしに命令する気?」


「!う、ううん今のは提案で……」


「……ふん」


「そ、ソフィ!?」


ズンズンと歩みを進めると、並んで歩いていたアルフィとその男の子の前までやってくる。

アルフィは、やはり怯えたような顔をしてさりげなく男の子の後ろに身を隠し、男の子はその黒い瞳でまっすぐにあたしのことを見ていた。そう……真っすぐに。


「……」


思えば、こうして誰かと真っすぐに目を合わせるなんてこと……何年ぶりなのだろう。

みな、あたしの顔を見れば誰もが怯え、避け、嫌な顔の一つは浮かべるというのに。

仏頂面ではあったが、あたしのことを見るその目には恐怖の色など微塵も宿っていない。


「ごきげんよう。アルフィ」


「あ、そ、ソフィア……」


そう、ドレスの端を摘まんで挨拶して見せると、アルフィは相変わらず恐れを含んだ表情を浮かべる。その様子を見て、男の子の眉間にも皺が寄った。


「えっと、アルフィ。知り合いか?」


「う、うん。と、ともだち……なんだ」


「えぇ、あたくしたち一番のお友達ですのよ」


そう笑顔を浮かべて見せると、アルフィも張り付けたような笑顔を浮かべる。

さて、まずはこの男がどんな人物か見極める必要がある。


そして、あたしの楽しみに害がありそうならば、すぐにでも排除してやる。


「ふーん。俺はクロウ・クライネルト。よろしくな」


握手の手を差し出すクロウ・クライネルト……。

なるほど礼儀はなっていないようである。


「……あたくしはソフィア・フォン・ダールベルクですわ。どうぞよしなに……」


仕方なく、相手の礼儀に合わせてその手を握……!?


グイっと、強い力で手を引き寄せられると、体制を崩して転びそうになる!

そこへ、すぐにクロウが更に強い力であたしを引き寄せて、自然と彼の胸元へと飛び込む形に……!!?


そして……あたしの身体を腕の力だけで支えながら、彼が、あたしにだけ聞こえるくらいの声を耳元で囁く……。



「…………俺の友達、イジメたりしたら許さねぇから……」



そして、なんともなかったように、ゆっくりと体が離れた……。


心配そうに駆け寄ってくるノエルとリリー。

そんなあたしを尻目に、去っていくアルフィと……クロウ・クライネルト。



体中に熱が走った感覚があった。



それは、怒りや焦り、恐れや驚き、様々な感情によるもので、一概に一つに表すことはできないけれど……。


あえて言葉で表すのならば、きっと、それは『恋』だった。





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