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おにぎり

「へっへっへ……」


背中に夕焼けの陽を浴びながら、コロコロと首から下げた転移石をいじり、顔を緩める。


「なんだかずっと機嫌良いね、クロウ」


「可愛い子にキスされたからでしょ……このスケベ」


「んなわけあるか!あいつは妹みたいなもんだぞ!」


「妹、ね」


ブロンシュ達に一時的な別れを告げ、俺達はカイサの街からメウダの街へと向かう道中であった。

次の目的地もまだ決まっていないが、とりあえず一度パルマンティエに戻ることにしたのだ。


まぁどこに行くにせよ。その気になればこの転移石で……


「へっへっへ」


「また顔緩んでる。ボクもクロウに………たら……もしかして……」


「ん?何か言ったか、アル?」


「う、ううん!!なんでもないよ!あは、あはは!」


顔を赤くして首を振るアルフィ。可笑しな奴だな……

と、そうこうしているうちに、メウダの街の入り口が見えてきた。


「そういえば、俺達の居ない間、店はどうしてたんだ」


「ボクたちの代わりに、手伝ってくれるって人が居たんだ」


「え?そうなのか」


門番に軽く会釈し通り抜けると、陽も落ちてきたのでどこも店を閉め始めている。逆に、酒場なんかは光が灯り始めて、ちょうど朝と夜の街が入れ替わろうとしていた。


「うん!クロウも知ってる人だよ、シーナとミルクっていう……」


「シーナとミルク……?」


「地下水道で私たちが助けた冒険者よ」


「あぁ!」


居たなそういえば。喧嘩っぱやい少女と、猫かぶりな女だったか。

ほとんど話もしていないので記憶も朧気おぼろけだが……


「それから……」


と、アルフィが話を終える前にレストランに辿り着いた。

カランカランと、CLOSEと書かれていたレストランの扉を開けると、何かが猛スピードで駆けてくる音がする。


「クロウ!!」


「うわ!?」


突然飛びついてきたので抱きとめると、店のフリフリしたエプロンドレスに身を包んだコンだった。

一見、女の子のように可愛らしいのだが……男なんだよな……。

俺に飛びつくと、スカートからはみ出した狐の尻尾を千切れんばかりにぶんぶんと揺れている。


「お、おい、やめろコン……って、お前、また人間に変化できるようになったのか?」


「ウン!!」


口元を舐めようとするコンを引きはがして店の奥を見ると、そこには久しぶりに思えるモニクとパトラさんの姿があった。二人は動かしていた手を休めて俺たちの方へと駆け寄ってくる……。


「クロウさん!ご無事だったんですね!」


「お前、どこをほっつき歩いてたですか!お前たちが抜けてお店は大変だったのです!」


「それは……悪かったよ。パトラさんも、ご心配をおかけしました」


「……良かったです」


安堵の笑みを浮かべてくれるパトラさんに、解ればいいのです。と一人頷いているモニク。

半ば強制的に拉致されたようなものだが、今回の件は自分で蒔いた種なのだ。素直に謝罪をしておこう。


「こんなことはもう困るのですよ?お前たちには、明日からも店に入ってもらわないと困るですし」


「え?」


「なに間抜けな声出してるですか!さっさと明日の準備の手伝いをするのです!」


「……モニちゃん……」


引き続きテーブル拭きを再開したモニクに対して、パトラさんがバツの悪そうな顔を浮かべる。

モニクの身体も少し震えているように見える……。


……これはフロレンティーナたちと再会した日に聞いたことだが、俺達の弁償代は既に依頼の報酬で返済しており、更に上乗せでパトラさんたちの借金返済に足りない分をお世話になった宿泊費として支払ったという。


貸し付けるなんてことをしないのがアルフィらしいと思ったが……そんなわけでこの店の借金もなくなり、俺たちがもうこのレストランで働く理由はないのだ。


「モニク……」


「何やってるですかクロウ、早くお前もテーブルを拭くのです。フロレンティーナはお皿を洗って、アルフィは料理の仕込みをして……それで……」


……泣きそうな声を出すモニクに対して、アルフィがわかったよ!と声を返す。


「うん!明日もお客さんがたくさん来るだろうし、準備しなきゃだねモニク!」


「あ、アルフィさん!?」


アルフィが腕まくりをすると厨房の方へと向かっていく。それに続いて、フロレンティーナが髪を軽く結い上げて厨房へと消えると、俺も荷物を置くとモニクの近くにあったテーブル拭きを手に取る。


「お、お前たち……どうして……」


「どうしてって……モニクがそう言ったんだろ。ほら、テーブル拭いて、床も掃除するぞ。コンも手伝ってくれ」


「ウン!」


「皆さん……」


準備を手伝い始めた俺たちを見て呆けていたパトラさんとモニク。何度か瞬きをすると、二人ともようやく動き始める。

アルフィの奴、何のつもりかわからないが……まぁ、手伝うとしよう。


















「ゴハン♪ゴハン♬」


椅子に座って頭と尻尾を揺らしているコンと眠そうに欠伸をするフロレンティーナ。それをぼーっと眺めていると、アルフィ達がお皿に乗せた料理を運んできてくれた。


「わー!」


「おー!美味そう!」


出てきたのは、初めてこの店に来た時に食べたものと同じ……若鳥とキノコのフリカッセというやつだ。クリームソースのかかった鶏がなんとも美味そうだが……初めて食べたときのあの味を思い出すと複雑な心境だ……今度こそ大丈夫だと思うが……。

他にも付け合わせのサラダや豆、ジャガイモとトマトの煮込みなどが並び始める。これは目移りしちゃうな。


……ん?

ことりと、モニクが小鉢を俺の目の前に置いた。入っているのは真っ黒な固形物で、料理なのかどうかもわからない。周りを見るが、ほかの人のところには置かれていない。


なぜ、俺の席にだけ……?

フロレンティーナもその事実に気が付いたようだが、中身がヤバそうなことに気が付き、目を逸らした。っく。


こっそりと、席を立っていたアルフィの前に置いてみたのだが、気が付いたアルフィに戻される。

なぜ、俺にだけ……?


全員が席に着いたのを確認して、待ちきれないとばかりにコンがお皿に食らいついた。

俺も、黒い物体をとりあえずなかったことにして、早速料理に手を付け始める……。


「ん!」


トロトロのまったりソースに、さっぱりした鶏肉の肉汁がじんわりと口内で広がっていく……。


「美味い!」


「そうね、美味しいわ」


「オイシイ!オイシイ!!」


そう俺たちが言ったのを見て、パトラさんはほっと胸をなでおろし、アルフィがそんなパトラさんに微笑んでいた。これはやっぱりパトラさんが一人で作ったやつか、前のとは比べ物にならないくらい美味しくなっている。


調子よく食事を進めていたのだが、じっとモニクのやつがとある皿を見つめていることに気が付いた。それは、俺が手を付けていない真っ黒な固形物が入った小鉢……。


ペロペロと皿まで舐めてるコンですらその黒い料理には見向きもしていない。本能で、食べ物じゃないと認識しているのかもしれないが……う、モニクやアルフィの不安と期待が入り混じったような視線を感じる。


意を決して、黒いものを箸で持ち上げた。

……にちゃ~っと糸を引いているが、どうやら黒いのはソースで本体はこの丸い物体らしい。は、ハチミツみたいなもんだよな?きっと、そうだ……ええい、ままよ!


「…………んぐ!?」


……口に入れてまず思ったのが、なんだか最近嗅いだことのある匂いだということだった。

これは……炭の匂い?

しかし、焦がしたような苦みではなく、むしろ甘い。ドーナツみたいな触感に香ばしさが混ざって……。


「美味いな!」


「!」


上品なデザートという感じで想像の十倍美味い。

ペロリと食べきってしまうと、モニクの顔に笑顔が浮かぶ。


「やったねモニク!」


「は、はい!あ!別にこれは喜んでもらえたのが嬉しいとかではないのですよ!?」


……にやけた顔で足をバタつかせながら怒っても、説得力がないぞ!














「そういえば、今日、クロウさんを訪ねてお客さんが見えられました」


「え?クロウを?」


ズズッと食後に温かいお茶を飲みながら話を聞く。

俺目当て……また厄介な匂いがするが……。


「名前はわかるかしら?」


「はい。確か……ソフィア・フォン・ダールベルク様の使いの者だと」


ブーー!!!??

思わず含んでいたお茶を噴き出す。


ソフィアだとッ!?


「うえ!クロウ!お前きたないのです!」


「……ソフィアって、あのソフィアかなぁ」


「それしかないでしょう……」


ソフィア・フォン・ダールベルク。

俺達の住んでいた王国、宰相の一人娘………。

容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群のまさに完璧令嬢なのだが……完璧なのは外面だけでこいつがまた性格の悪いのなんの。


まさに『悪役令嬢』って感じの人物なのだが……どうやって俺たちの居場所を突き止めたんだか。


「そのソフィアが何ですか?ついに没落しましたか?」


「ぼ、没落?いえ、そうではなくて、ただクロウさんに『急な用事』があるからもし帰ってきたらカーサの港街まで来るように伝えてほしいと……」


「……」


「あー、これってたぶん」


「すぐに帰ってこいってことでしょうね……どうするのクロウ?」


……嫌な予感しかしないが、経験上、あいつを放っておくと碌なことにならない。

それにあいつには是非ともいい旦那をゲットしてもらって、将来俺を楽させてもらわないと困る。


「行くしかないだろ……」
















次の日の朝。


「ごめんなさい。モニちゃんも本当はわかっているはずなんですが……」


「うん。でも、ボクたち……」


「わかっています。後は任せてください」


昨晩、いつもの屋根裏に泊ると荷物をまとめて、まだ夜が明けきっていない朝方に俺達は出発することにした。店に迷惑を掛けたくないからである。


モニクは……起きているはずなのに、部屋から出てこない。

別れが辛いのだろうが俺達もブロンシュ達の時と同様、ずっとここに居るわけにはいかない。


「また、いつでも来てください。アルフィさんたちなら大歓迎です」


「うん!また来るよ!それから二人のお父さんのことも……必ず見つけるから!」


……そんなこと、安請け合いしない方が良いと思うが……。


「アルフィさん……本当に、何から何まで……私……」


「大丈夫!大丈夫だよ……」


ぐすと、涙ぐむパトラさんを抱きしめるアルフィ。

そして、アルフィに涙を拭ってもらうと、アルフィから離れ、フロレンティーナにも同じように抱き着くパトラさん。


「フロレンティーナさん……色々とありがとうございました」


「パトラ。またあなたの入れたお茶を飲みに来るわね」


「はい」


俺が居ない間のことだが、何でも借金取りが追加で不当な利子を求めてきたときに、フロレンティーナが啖呵を切って撃退したらしい。ちょっと見てみたかった。


「クロウさん。あの……」


そういうと、自身の口元に手を触れれてぽっと顔を赤らめるパトラさん……。

いや、何もなかったから!って、そういえばあの時の紋章……昔どこかで……?


「コンくんも、ありがとうね」


頭の上でうつらうつらと眠そうにしている小さな狐状態のコンにも感謝を述べると、最後に涙を拭って微笑んだ。


「また来るよ!元気でね!」


「はい、皆さんもお元気で!」














「そういえばミドたちにお別れしてないね」


「そうだったわね。けれど、『あの女』の言付けを放っておくと怖いわよ?」


「う、そうだね」


静かな町の中を歩いていると、待つのです!と呼ぶ声がする。

振り返ると、髪の毛がぼさぼさのモニクが肩で息をしながら道を走っていた。

俺達のところへとたどり着くと、苦しそうに何度も浅い呼吸を繰り返し、そして、ばっと何かを突き出した。


「こ、これ、お前らで食べるのです!」


「これって……」


包みを広げてみると、中には少し形の崩れたおにぎりが入っていた。

きっと、モニクが握ってくれたのだろう。

おにぎりなんて、俺が口頭でしか教えていないはずなのだが、俺達に喜んでもらえるように頑張って、内緒で……。


「ありがとうモニク!」


「ありがとな」


「……どういたしまして!……コン!お前も元気で……」


俺がしゃがむと、モニクが頭に乗っていたコンを優しく撫でて、眠そうにしていたコンがコン!と小さく鳴く。




モニクは門で立ち止まると、俺たちが見えなくなるまでその手を振ってくれていた。


モニクのおにぎりは、少ししょっぱかった。

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