決断
パチパチと網の上で脂の乗った肉が焼かれている。
炭火でじっくりと焼かれたそれは、赤と茶色の混じった素晴らしい色合いに変わり、自分の喉の奥がキュッと閉まる。焼き過ぎてはいけない、ほんのりレアで……
そろそろ……良いな!
俺が箸を伸ばしたのとほぼ同時に、肉が『消えた』!?
信じられないとばかりに顔を上げると、もぐもぐと頬っぺたに肉を頬張り美味そうに目を細めているジルヴィの姿が目に映る。
「おい!それは俺が育ててた肉だぞッ!?」
「あん?肉に名前が書いてあんのかよ」
……あり得ない。マナー以前の問題。人として終わってる。
「へっへっへ」
「……」
しかし、ここでネチネチと責めるような俺ではない、すぐに別の肉へと切り替えていく……お、あそこの肉もさっきと負けず劣らず美味そうだな……と、箸を伸ばすと再び肉は俺の目の前から姿を消したッ!!?
「……」
「うめぇな!」
手で団扇を作るとジルヴィに向かって思いっきり風を送り込む。
炭火の煙にたまらず咽始めるジルヴィ……。
「ごほ!お、おい!クロウ!」
その隙に、ジルヴィの近くで焼かれていた肉をひょいひょいと摘まんでたれにつけると自陣のごはんの上に乗せ、口の中へと放り込む。
「あー!!お前それはオレが!?」
「肉に名前がついてんのか~?」
「てめぇ!!」
屋敷の庭ではマリーたちの買ってきた肉で焼肉パーティが行われていた。
子供たちも手にお皿を持って、肉はもちろん、野菜やキノコ、ご飯にパンを頬張っている。
後ろの方ではアルフィ達の声が聞こえている。
「アルフィ。肉焼いてばっかりおらんと、アルフィも食べや」
「うん、合間に食べてるから大丈夫だよ」
「おにくほしいにゃ!」「きのこすきー」
「うんうん、待っててね~、もう少しで焼けるから」
「……ほんまお人よしやなぁ、ほらアルフィ口開けて……あ~ん」
「え?あ、あ~ん……えへへ、美味しい。ありがと!」
更にその奥にはフロレンティーナやマリーたちの姿も見える。
フロレンティーナが何かマリーに頼み込まれているようだが、ここからでは会話までは聞こえてこない。
マリーの奴あの人見知りのフロレンティーナ相手によくあそこまでぐいぐい行けるな……。
飯も食べ終わって片付けが済むと、俺は庭のベンチへと腰かけていた。
子供たちが、屋敷の門付近で出来た水たまりを飛び越えたり踏みつけたりしながら遊び、その中には笑顔を見せるアルフィの姿もある。
アルフィとブロンシュの両方勝ちという結果に終わった一騎打ちだったが……。
結局問題を先伸ばしただけで、これからどうするのか決められず、両者ともに身動きが取れないでいた。しかし、いつまでもこうしているわけにはいかないだろう、こうなったら……
今夜、屋敷をこっそり抜けだして……!
「兄ちゃん?」「うお!!?」
「あはは、驚き過ぎや兄ちゃん」
隣に腰かけたのはブロンシュだった。
俺のリアクションにひとしきり笑った後、頬杖をついてアルフィ達の方をじっと見つめている。
「アルフィってすごいんやなぁ。もうすっかりみんなの人気者や」
「昔から子供には人気があるんだよ。精神年齢が同じだから」
「そうやろか。子供たちは優しい人が直感でわかってしまうんやと思うよ。兄ちゃんやフロレンティーナさんも含めて」
「……」
「あ!兄ちゃん照れとる~」
照れてない。
そう表情で伝えたのだが、ブロンシュはニヤニヤとしているだけである。
「あ、そうや」
と声を出すと、ごそごそとポケットから何かを取りだした。
これは……石?
「遅れたけど……誕生日おめでとう、兄ちゃん」
ブロンシュがくれたのは、ピンク色の鉱石がついたペンダントだった。
指で転がすと太陽の光に反射して不思議な光を放つ。
「ありがとう。変わった石だけど……」
「……兄ちゃん、昔欲しがってたやろ?」
「俺が欲しがってた石……って!?」
まさか、これは……
これこそが、俺とブロンシュ達が生き別れることとなったきっかけ……レジェンドアイテム。
初代勇者が持っていたといわれている伝説級のアイテムの内、その一つだ。
超肉体強化や時間操作など、普通のアイテムとは段違いの性能を発揮するそれらの内……俺が欲しがっていたものと言えば、この帝国領のダンジョンの奥深くの隠し部屋にあった……!
「『アイツ』に勝ったのか!?」
「にへへ」
とブロンシュは顔の横でピースサインを出して肯定の意を示した。
こういったレアアイテムに番人はつきものだ。それが伝説級ともなれば、番人の強さもそれはすさまじいものであった。
それは変わったスケルトンだった。
初めは雑魚モンスター同然の戦闘力なのだが、何度倒しても復活し、それどころか、復活すればするほど『成長するかのように強く』なっていくのだ……まさに悪夢のような戦いだったが、それをブロンシュが倒したと……本当に強くなったんだなぁ。
って、それよりもコレだ!あの時の情報が正しければこのレジェンドアイテムこそ、く、くくくくく。
……石を握りしめ、これをくれたブロンシュの方へと改めて向き直る。
「……ブロンシュ……愛してるッ!!」
「へ!!?に、ににににに、兄ちゃん!!?」
ブロンシュを強く抱きしめると、感謝の言葉を心の底から叫んだ!
本当に嬉しい、何故ならこれこそが……
『転移石!』
迷いの森の遺跡で体験したあの転移能力を、自由自在に操れるという代物だ!
俺はこのレジェンドアイテムの存在を知ったその日から、これが欲しくてほしくてたまらなかったのだ。
これさえあれば、自由に家に帰れるぞ!週休二日でパーティに参加することだってできる!それどころか、今まで行った土地には行き放題だし七面倒な徒歩の移動だってしなくて済むではないか!
久しぶりに聖女とか、鍛冶屋のところにも顔を出して……。
……ヤバいな、顔のニヤけがおさまらん!!
「に、兄ちゃん……にへへ、兄ちゃん……」
……とまぁ、そんなことが上手くいくわけもなく……。
「くそ!転移!転移!!転移!!!」
魔力を石に込めて家を思い描きながらそう叫んでみるものの、転移が発動する気配がない!?
「うおおお!クァーキサ!オートリーナ!!サンザラク・プラノ!!!」
街の入り口を思い浮かべて地名をひたすら叫んで見ても効果はなし……
「うわああ!ズーム!ワープ!!テレポート!!!」
「兄ちゃん……」
はぁ、はぁと、俺の努力もむなしく、転移石は光りこそすれ、ピクリとも反応しなかった……。
「兄ちゃん……えっと、マリーに頭の治癒でも」
「はぁはぁ……そうか!カイサ!」
「兄ち~~~mだい!?」
ブロンシュの顔が急にぐにゃりと歪みだし、その声が変な聞こえ方をする……。
転移が、始まったのだ。
手を伸ばしたブロンシュに触れると思った、その瞬間!思考が空になり…!
「うわ!!く、クロウ!?一体どこから」
さっきまで屋敷の入り口近くで遊んでいたアルフィたちの目の前へと転移した……。
成功だッ!!
どうやらこの石を持った状態で行ったことのある場所でないと転移できないらしい。
すぐに帰れないのは残念だが……それでもこの力があれば様々な使い道がある。
「兄ちゃん今のって……まさか転移!?」
さっきまで俺の居たベンチの場所からブロンシュが走ってくる。
「あぁ、これさえあれば」「こ、これさえあれば、もしアルフィ達と旅に出ても、定期的に帰ってこれるん!?」
……え?
「えぇ!それ本当!?」「やったー!!これなら毎日兄ちゃんと会える!」
……ッ!!???
どうしてこうなった……。
「皆さんの旅のご無事をお祈りしています」
「……ま、道中気をつけろ」
「ばいばーい」「ゆうしゃさま、またあそぼうね!」
「ありがとうみんな!」「魔法の扱いには気をつけなさいよ」
マルール姉妹をはじめ、たくさんの子供たちが俺たちの旅立ちを祝ってくれていた。
皆の表情は、非常に明るい……それはそうだ、その気になればいつでも会えるようなものなのだから。
そう、どっちの仲間になるの!問題は、この転移石の登場であっさりと片が付いてしまった。
その答えとは……旅をつづけながら、定期的にブロンシュ達の元へと帰ってくるというもの……!
俺の負荷が凄まじいのだけれどその辺の考慮が全くない……。
そのうえ、こんなことでは、パーティを抜けることがますます困難に……。
「にーちゃ、どこかいくの?」「おでかけかにゃ?リムも行くにゃ~!」
俺の手を取って無邪気にそう笑うのはアリアとリム……。
胸の奥がずきりと傷んだ、その場でしゃがむと二人の少女に目を合わせる。
リムの片耳がピクリと動いた。
「二人は留守番だ。いい子にしてるんだぞ」
「……にーちゃといっしょにいくー」「リムもにゃ!」
素直な二人にしては珍しくわがままを言いはじめる。
二人とも、この屋敷の中では一番俺に懐いてくれていたし……それに、この別れがもしかしたら長いものになるとわかっているのかもしれない。
いくらいつでも帰って来れるとはいえ、毎日ずっとというわけにはいかない……
「また、帰ってくるから。お土産、楽しみにしててくれ」
「「……」」
ぎゅっと強く俺の手を握る二人、アリアは俯いて何かを考えた後、小さな手の力が更に強くなった。
「……にーちゃ、いっちゃやだ……」
!!閉じていた水晶色のアリアの目には涙が浮かぶ!?
か、かわ……!?いや、流されては駄目だ!
「え、えっと」
「にーちゃ……ぐす」「おにーちゃん……」
「こーら、あんまり兄ちゃん困らせたらあかんよ」
俺が困っていると、アリアとリムの頭に手を置いてブロンシュが助け船を出してくれた。
二人がゆっくりと手を離すと、よしよしとブロンシュが優しく頭を撫でる。危なかった、流されて、ずっと一緒に居ると言いかけたぞ。
「もう……会えへんわけじゃないんやから!」
そういうブロンシュの言葉には実感がこもっており、まるで自分に言い聞かせているようでもあった。
そのまましゃがんでいた俺に目を合わせるように姿勢を低くすると……
「兄ちゃん、大げさな別れをすると、ウチに帰って来んくなりそうやから、そういうのはやめとくな」
……どこまで俺の本心を見抜いているのだろう。
あわよくば、転移石が暴走したー(棒)!とか言って王国に帰ろうと思っていたからな……。
ん?なんか、ブロンシュの顔がちか……?
ちゅっと、ブロンシュのピンク色の唇が頬に触れた!?
「あぁっ!?」「ちょ、あなた!?」
「……にへ、いってらっしゃい!……兄ちゃん」
恥ずかし気に、けれど悪戯そうにブロンシュ・バルベルは笑っていた。




