対話
「ゆうしゃー?」
「ゆうしゃにゃー!?」
「しー!しー!み、みんな静かに……お姉ちゃんたちに気付かれちゃうからー!」
そんなマリーたちの声が筒抜けに聞こえているのは屋敷の応接室……。
俺はなぜかお誕生日席のようにテーブルの真ん中に座らせられ、右側にはアルフィとフロレンティーナ。そして、左側にはブロンシュとジルヴィがそれぞれ腰かけている。
いつもの優しそうな顔を真剣な顔つきに変えたブロンシュが口を開きかけて、ドンとドアに誰かがぶつかったみたいな音がしてから再びマリーの注意するひそひそ声が響いてくる……ジルヴィは顔に手を当て、ブロンシュは顔を崩して苦笑いを浮かべていた。
「騒がしくてごめんな~?」
「ううん、賑やかで良いところだね!」
「にへへ……んん、改めまして、ウチはブロンシュ・バルベル。冒険者パーティ、レイヴン・フェザーの団長や」
「え、団長?」
「そや、これでも冒険者ギルドからはS級のパーティとして認定を受けてるんやで?すごいやろ?」
「S級!?すごいや!」
……S級だと!?
確か俺が最後に会った時は、まだC級だったはず。しかし、そうか、それでこんなに良い屋敷に住むほど稼いでいたのか……。
俺が初めて聞く情報に戸惑っている間にも会話は進む。
「それでこっちは副団長の……」
「ジルヴィだ」
目を閉じたまま低い声を出すジルヴィを見て、ブロンシュの眉間に皺が寄っていく……。
「ジルヴィ~?そんな態度じゃあかんやろ~?……あんな、ジルヴィは本当は世話焼きの優しい子やねん。やから、二人とも悪く思わんと仲良く……」「お、おい!?余計なこと言うな!」
「あはは!うん!よろしく二人とも!ボクは『水の勇者』アルフィ・カーテス!それで、こっちは……」
「フロレンティーナよ。アルフィと、そこのクロウ・クライネルトとは『幼馴染』で、『同じ目的を持った』旅の途中なの。そうよね、クロウ?」
「え?まぁ、そうだな」
そんなことは、もうブロンシュ達には話しているのだが、どうしてわざわざ強調するようなことを?フロレンティーナの言葉に、ブロンシュは笑顔で頷いて見せる。
「……二人の話は、兄ちゃんから聞いてるで、その『同じ目的』っていうのが魔王を倒す旅やっていうのも」
「うん!そうなんだ!あの、ところでブロンシュさん「ブロンシュでええよ」うん!
ブロンシュがその、さっきからクロウのこと、お兄ちゃんって……」
「うん、兄ちゃんはウチの兄ちゃん!」
これ以上にないほどの笑顔を見せるブロンシュ。って
「それじゃわからないだろ……。ブロンシュは昔俺が冒険者やってた頃の仲間で、俺を慕ってそう呼んでくれてるだけだよ……可愛い妹分ってところだ」
「な、なんだ、そうだったんだ!ボク、てっきりおじさんに隠し子が居るのかと思って……」
「私は、てっきりそういうのが好きで呼ばせてるのかと……」
んなわけないだろ!お前らは俺と親父をなんだと思ってるんだ!
「あ!じゃあ、飾ってあった、クロウの絵とか銅像はクロウが昔作ったの?」
「いや?兄ちゃんが死んだと思ってたから、その功績を残したくて作ったもんや」
「え?死……?」
「どうでもいいけれど、あの像、首の後ろに黒子がなかったわよ?後、鎖骨の位置が2センチずれていたわ」
「え!ほんま!?そら直さなあかん!」
「いや、直さなくていい!っていうか、あれは撤去しろ!!絵とか、そういうのも全部ッ!!!」
「えぇ~!?そんな勿体ない!……あ、したら新しいの作ってええ?にへへ、今の兄ちゃんの像~」
「……良いわけないだろ!」
っていうか、フロレンティーナも変なことを言うな!
「さて、兄ちゃんのツッコミも堪能したところで、そろそろ本題に移ろか」
何だか雑に扱われている気がするが……どうやら、これまでの会話はブロンシュなりにアルフィ達の警戒を解くためのものだったらしい。カップに入ったお茶で口を湿らせると、今までのギャグモードはどこへやら、お前誰だ?と思うほどにイケメンなシリアスモードへと移行するブロンシュ……。って
「本題?」
「二人は兄ちゃんを冒険の旅に連れていきたいみたいやけど、ウチらはそれに断固反対や。力づくでも阻止させてもらう」
「はぁ!?」
思わず席を立って声を上げると、ジルヴィが今は黙ってろとばかりに睨みを利かせてくる。話が見えない。どうして急にそんなことを……。
「……一応、理由を聞いても良いかな?」
「アルフィさんたちはもう魔王と戦ったらしいな。それで、手も足も出ずに一度敗北している……そうやろ?」
「……うん、そうだよ」
「死んでもおかしくなかったと思う。たった3人で魔王に挑むなんて、準備不足過ぎて呆れるレベルや」
「……」
唇を噛むと拳を握って震わせるアルフィ。
正確には、3人と一匹なのだが……まぁ、同じことか。俺も正直、無謀だとは思ったよ。
「ウチらは……もう兄ちゃんを……大切な人をなくしたくない。
一度はそれを乗り越えたけれど、再び目の前に現れた以上……二度と同じ悲しみは繰り返したくない……」
机に手をついて立ち上がると、身を乗り出してアルフィの瞳を覗き込むブロンシュ。
その赤い瞳には、強い決意が満ちていた。
「兄ちゃんは、ウチらが守る」
「ボクは…………ううん、ボクらの旅には、クロウが必要なんだ。魔王にだって、一度は敗北したけれどそれを糧に前へ進める。だから……ッ!」
一触即発。
アルフィは、初めは迷うような目を見せていたが、覚悟が決まったのか、立ち上がってブロンシュの目を見つめ返す……。
やめて!私のために争わないで!
とシチュエーションだけ見れば非常に夢のある状況なのだが……正直……どっちが勝ってもあまり嬉しくない……!?
というのも、アルフィが勝てば旅を続行し、再び恐ろしい魔王退治の旅が始まるだろうし。ブロンシュが勝てば、ここで再び冒険者になるであろうことは目に見えている……いや、もしかしたら危ないからと監禁されてしまう恐れすらある。
俺の目的は、あくまで安定した平穏な暮らしだ。
この場合、どちらかと言えば、まだブロンシュたちの方がそういった生活が望めそうだが……冒険者かぁ……うーん……。
「ま、お堅い空気はこれくらいにして、とりあえず今日は二人とも泊っていってーや!」
「え?」
ブロンシュは、ん~!と大きく伸びをすると、二人に向かって人懐っこい笑顔を向ける。
気をそがれたのか、ずるっとアルフィの肩から服がずり落ちそうになっている……。
「ここまで来るの大変やったやろ?今日はゆっくり休んで、明日どうするか考えようや?」
「う、うん!けど良いのかな……?」
チラリとジルヴィを見やるアルフィ。
「……別に、団長がそう決めたならオレらはそれに従うだけだ」
「兄ちゃんの色んな話も聞いてみたいしな~!!そや、子供たちも、勇者に会える~って楽しみにしとってな~」
「え、えへへ。なんだか照れちゃうね。あ、そうそう、ボクのことはアルフィって呼んでよ!」
「ほんまに?ありがとうアルフィ!」
席を立つと、まるで先ほどまでのやり取りがなかったかのように仲良く部屋を出ていく二人。それに続くようにジルヴィとフロレンティーナも席を立つ……。
「……お前、魔法使いだろ?その……風系統の魔法とかって使えるか?」
「お前じゃないわ。フロレンティーナよ。……そうね、系統魔法は中級程度のものなら一通り使えるわ」
「なッ!?……へっ、じゃあちょうどよかった。ほかにも魔法を習いたいって子供は多いんだ。けど、オレ達には教えられなくてさ……。
フロレンティーナ……少し手ほどきしてやってくれないか?」
「…………仕方がないわね」
と、連れだって部屋を出ていくジルヴィとフロレンティーナ……。
驚いた。とは思わない。皆いいやつなのはわかっていたし、初めこそ険悪な雰囲気だったが、この調子なら友達になるのも時間の問題だろうと思う。
それはそうと、話の主役だと思っていた俺がいつの間にか放置されている……。
カップに入っていたお茶を飲むと、中身はもうすっかり冷めてしまっていた。
アルフィ・カーテスは目を覚ました。
何となく寝付けない夜だった。
あの後、子供たちとたくさん遊んで、ちょっぴりお勉強もして、美味しいものをいっぱい食べて……みんな孤児だって言っていたけど、それを感じさせないほどにこの屋敷は笑顔に溢れていた。
隣のベッドを見ると、ティーナもすっごく疲れたのかもう夢の中へと旅立ったみたいだった。
ティーナはクロウが居なくなったのを知ってから、ずっと探知の魔法を使い続けていた。
ほとんど休むことなくこの街まで歩いてきたし、今日はたくさんの子供相手に慣れない先生みたいなことをしていたから無理もないと思った。
部屋を出て、夜風でも浴びよう……寝間着姿のまま廊下を渡って、玄関の扉を開けると……庭のそばに人影が一つ。
誰だろう、と近寄ってみると見えてきたのは白い髪に、白い肌、今日知り合ったばかりの少女、ブロンシュ……。中性的なその整った顔で、噴水の近くに立ってじっと夜空を眺めている姿は、女のボクから見てもドキドキしてしまうような綺麗で、神秘的な姿で……。
「こんばんは。眠れへんの?」
「え、う、うん」
「ウチと一緒やな」
長い睫毛の生えた目を細めると、お話しよか?と噴水の縁をポンポンと叩いた。
腰を下ろすと、風で少し冷たかったけれど、空に浮かぶ星々がはっきりと見えて、流れる水の音が心地良い。
「ウチらは、よく似とると思う」
星空を見たままそう話すブロンシュ。
どうして?と聞き返す前に、ブロンシュは言葉をつづけた。
「実はウチ、アルフィのことは昔兄ちゃんから聞いててん。俺の故郷にも、ウチくらいの妹みたいなやつがいる~って」
「クロウが?」
「うん」
そう、だったんだ。でもクロウは、ブロンシュのことをボクに話してくれたことがない。
それに帝国領に居たことや、冒険者だったってことすら、つい最近初めて知ったくらいで……。
「けど、ウチはその話、嫌いやった。何だか、そういう話をする兄ちゃんが、ウチの知らん人になっていくみたいで……どこか遠くに行ってしまうみたいで……」
「兄ちゃんがそういう話をしようとしたらすぐに話題を逸らそうとしたし、兄ちゃんも、それを感じ取ったのか段々とウチの前ではそういう話をせんくなった。今思うと、もう少し詳しく聞いておけば、もっと早く兄ちゃんの無事を知れたんかもしれん」
苦笑を浮かべるブロンシュに、ボクは何も言い返すことが出来なかった。
そして、あ、と思い出したようにブロンシュが口を開く。
「ウチ、もともとはこの辺で名の知れた貴族の娘やってんで?」
「え?そうなんだ」
「うん。そうなんや……フリフリしたドレス着て、廊下を走って世話係のメイドたちに怒られるような、そんな生活をしてたんやけど……。
ある日、魔物の群れが押し寄せて、家族はウチを逃がすために……全員死んだ」
「……」
「何の希望も見いだせずに町で泥水を啜るような生活をしてた。いつか、家族を殺した魔物を皆殺しにしたるって、憎悪と復讐心だけで生きてた……そんな時に、兄ちゃんに出会ってん」
兄ちゃん、という言葉を話すとき、ブロンシュは自然と笑顔になっている。今も、悲惨な過去を話しているというのに、どこか、その顔は楽し気になっている。
「兄ちゃんは、温かかった。強くて、優しくて……血は繋がってないけど、ウチにとっては本当の兄ちゃんが出来たみたいに、嬉しかった。毎日、楽しくて……あんなに燃やしていた復讐の炎も、いつの間にか消えていて……復讐なんかよりも、もっと大事なことがあると思えた」
「けれど、そんな兄ちゃんも……『あいつ』との戦いで、ウチらを逃がすために帰らぬ人となった。また家族と同じことが起きたと……ウチは泣いて……泣いて……塞ぎ込んで、なんも手につかんくなった」
俯いたブロンシュが顔を上げると、再び夜空を見上げた。ボクも見上げると、黒い空に点々と小さな星がいくつも光っている。
「そんなウチを立ち直らせてくれたんは、ジルヴィやマリーたちやった。兄ちゃんが残してくれたつながりが、まだ残ってると思えて……嬉しかった」
「ウチは再び冒険者になった……それからは……あるかないかもわからんような、死者蘇生のアイテムを探して、毎日、毎日飽きもせずに依頼を受けて、魔物を狩って、ダンジョンに潜って……」
「そして、気が付けば……ウチは帝国でも有数の冒険者になっとった。英雄、なんて呼ぶ人までおる」
自虐的な笑みを浮かべるブロンシュ……
「やから、本当にびっくりした。必死に生き返らせようとしてた兄ちゃんが、生きてるって知った時は……また、家族で暮らせるって、そう知った時は」
すっと立ち上がると、月明かりに照らされた顔でボクをまっすぐに見つめた。
紅い瞳は吸い込まれてしまいそうなほど綺麗で、そして……鋭かった。
「……明日、一騎打ちしよか。
……ウチとアルフィ、勝った方のパーティに兄ちゃんは入ってもらう。それでええやろ?」
「え!?でも、それじゃクロウが……」
「兄ちゃんはどんな形であれ、所属した仲間は全力で守るし、絶対に裏切ったりせえへん。
……にへへ、頼られたりするのにすっごい弱いからなぁ、兄ちゃん。
アルフィだって、それがわかってたから、騎士団に入ってた兄ちゃんを無理やり連れ出したんやろ?」
「ッ!……」
不敵に笑うブロンシュ。
そして、グーに握った拳をボクの目の前に突きつける……
「悔いが残らん勝負にしよ」
「……うん」
ボクも立ち上がると、握りこぶしを軽くぶつける。
二人の影の中に、星は、まだキラキラと輝き続けていた。