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カイサの街

「……は!」


目が覚めた。

見渡すと、『見たことのある』ベッドとクローゼットが目に入る。そこで、過去の経験から思わずベッド周りを確認するが、特に誰かが居るということもなかった……。


改めて状況を確認する。ここは……昔、俺とブロンシュの生活していた家だ。

服は着ているし、装備も一通り近くに置いてある。

夢でも見ていたのかと思ったが……いや、あれは夢じゃない。

昨日は、確かにブロンシュに突然意識を刈り取られて、それで……


……ん?

すんすんと鼻を動かすと、美味そうな匂いが漂ってくる。


耳を澄ませてみると、トントントンとどこか落ち着く包丁の音に、ジュワーとフライパンで何かを焼いているようないい音が……。匂いを辿って寝室を出てみると……


「あ、兄ちゃん。おはよー」


「あ、あぁ……おはよう?」


エプロン姿のブロンシュが白い髪を軽く結い上げて俺に向かって目を細める。

ふと、テーブルの方を見ると、うつらうつらとあくびをして眠そうなジルヴィの姿も目に入った。まるで、今まで何もなかったみたいな普通の光景に、思わず瞼を擦ったが、そこで、はっとして顔の仮面を確認する。


「あの仮面なら、兄ちゃんのクローゼットにしまっといたから~」


と鍋の中身をかき混ぜながらそう告げる。

……流石にもう隠せはしないか……。

ふぅと息を吐くと観念して、見知った洗面所へと足を運んだ。








「おぉ!」


洗面所から戻ってくると、目の前の光景を見て思わずヨダレがわいてくる。

ブロンシュの隣に腰かけると、左手にはほっかほかの白いご飯。右手には泥みたいな熱々なみそ汁に小鉢に入った山菜の和え物。中央にはタレの光った豚肉のしょうが焼き……!


なんという贅沢で質素な朝食!

皆が食器を手に取ったのを見てから、いただきます、と手を合わせると早速生姜焼きを摘まんで口の中へと放り込む!


……まずい、これは非常にまずいぞ!


タレの濃厚な味が口の中に広がりきる前に、椀を傾けてご飯を流し込むと、何度でも何度でも奥歯で噛み締める……。


こんなの、こんなの……箸が止まらないだろ!!


グワシ!と再び生姜焼きとご飯を口に放り込む!

甘辛いタレと白米の相性は最高である。

せっせと胃袋が胃液を作り始めたので、湯気のたったみそ汁もずずいっと流しこむと、味噌独特の風味が鼻腔を抜けて、温かい汁がサラサラと米をほぐして胃の奥へと流し込んでいく……。みずみずしくてさっぱりした山菜の添え物は生姜焼きのこってりとした後味をリセットしてくれて、これまた気が利いている。


美味い!美味いぞ、これ!


「にへへ。本物の兄ちゃんや~」


「おいおい、ちっとは落ち着いて食えないのかっての……ったく」


ブロンシュとジルヴィの生暖かい目線を感じながら、何だか懐かしい日本の味を俺は夢中で胃袋へと掻き込んだ。












「ずずず……で?なんで、いきなり人攫いみたいなことを?」


食後、ブロンシュの入れてくれた温かいお茶を飲んでから、何食わぬ顔でそういうと、みるみるジルヴィの眉毛が吊り上がっていく……。


「なんでだぁ……?それはこっちのセリフだろうがッ!?どうして、どうして今まで、オレ達のところに帰って来なかったんだよ!どうして……」


机を叩いて拳を強く握りしめるジルヴィ。声こそ荒んでいるが、その本質は怒りよりも、悲しみが強いようなそんな気がした……。

そんなジルヴィを見て、ブロンシュの方が意外にもまぁまぁと落ち着いた声をあげる。


「順番に話しよや。まず、兄ちゃんを無理やり連れてきたんは……兄ちゃんのせいや」


「……え?」


「だって兄ちゃん、久しぶりに会ったっていうのに、なんやけったいな仮面付けて知らんぷりするし……ゆっくり話しすることもできんかったやん」


「う」


「夜通し馬車走らせて、ウチらめっちゃ大変やったんやからな」


「ちょっと待て、大変だったのはオレだろ?お前はそいつと一緒にグースカ荷台で寝てただろうが!?」


「……こほん、せやから、こうなったんは全部兄ちゃんが悪い!」


「ぐぅ」


自らの犯罪行為をこうも堂々と正当化されては……。

というか、俺を攫うような真似をして、ほかの奴には気付かれなかったのだろうか?

風呂場なら、脱衣所を通ったはずだし……ん?脱衣所?


「……そういえば俺……裸だっただろ?一体誰が服を……?」


すると、二人は顔をボっと赤くさせて、よ、よし、次!と話を逸らした。

……ちなみに下はパンツまでしっかり履いていた、死にたい。


「次は、兄ちゃんが今まで帰って来やんかったことやけど……ううん、やっぱりいい。そんなん、どうでもいいわ」


目を瞑って首を振るとテーブルに手をついて立ち上がる。


「……良いのか?ブロンシュ」


「うん。ちゃんとこうして兄ちゃんが生きて帰って来てくれたんやもん!ウチは、それだけで嬉しい!!」


そう言って、俺の手を握って目を細めるブロンシュの笑顔が眩しい。


……あの日、着々と腕を上げていたブロンシュ達は俺に内緒でとあるダンジョンへと潜っていた。確か、俺への誕生日プレゼントを工面したかったとかそんな理由だ。

……俺が駆け付けたころには、ブロンシュ達は『ある強敵』を前に満身創痍にまで追い詰められており、それを逃がすために俺は…………死んだ。


いや、正確には死にかけたところを、親父に助けられて一命はとりとめたのだが死ぬほどの大怪我を負った。目が覚めた時には皇国で治療を受けていて、ブロンシュ達に別れを告げる暇もなかったのだ。


しかし、それでいいと思っていた。


ブロンシュ達は、その時すでに俺の力なんて必要のないほどに成長していた。

だからこそ、俺も冒険者をきっぱりと辞めて、王国騎士団に入る道を選んだ。

もう戻ることもないと思っていた……こんな無責任な俺に、顔を合わせる資格もないと思っていたが……。


「そや!兄ちゃんを連れて行きたいところがあるんや!」


「行きたいところ?」


「うん、一緒に来てくれる?」


不安そうに、手を握ったまま長い睫毛を瞬きさせると、綺麗な赤い瞳でこちらを上目遣いに見上げるブロンシュ。俺はもう、断れるはずもなかった。










ドアを開けると、昔ながらの街並みが目に映る。

賑やかな露天には珍しい商品が、大通りには屈強そうな冒険者たちが……。

ここは、商いと冒険者の街、カイサ。町のはずれにはダンジョンと呼ばれる魔物たちの巣があって、さらにその先がクート帝国の首都になっている。


懐かしい街並みをブロンシュとジルヴィに挟まれるような形で歩いていると、見慣れない店が目に入る。


「ん?あんな店あったか?」


「あぁ、最近出来た小道具屋みたいだな。子供向けのおもちゃなんかをよく売ってるんだ」


「へぇ……お、あそこ、料理屋じゃなかったか?」


「そやったそやった。もう潰れちゃってん。つい2年前に」


「へぇ」


久しぶりに見るカイサの街は、俺の知っている街とは少し違っていた。昔は足を踏み入れるのも躊躇するような胡散臭い店が多かった印象だが、今はどこも小奇麗な感じの店が増えている。この街も、日々進化しているのだなと感心すると同時に、どこか物寂しい気持ちになった。


「ん?こっちって……」


この道の先にあるのは、確か昔ジルヴィ姉妹が住んでいた古い教会が……。

ジルヴィは昔スリを生業にしながら妹のマリーをそこで養っていた。俺も財布をスられたことがあったが………と段々と見えてきた。


そこにあったのはデンと、そびえ立つ立派な屋敷であった。

ここはネズミがわきそうなほどボロボロな教会だったはずだが……。


庭には美しい花の咲く花壇、中央には大きな銅像、綺麗な水の流れた噴水まである。いかにも金が掛かってそうな建物だ。


「お金を出しあって、ウチらのパーティの拠点を作ってんなー」


「あぁ、大変だったぜ」


「へぇ。すごいじゃないか……?」


あれ、なんだ、あの銅像?

どことなく見たことのある顔のような……。


「あぁ、それ兄ちゃんの像!」


「……え?」


「職人さんに頼んで、兄ちゃんそっくりの像を作ってもらってん!かっこいいやろ~」


「……大変だったぜ」


ははは、なるほどな~。みんなで金を出して俺の銅像を……って、おかしいだろ!なんで金なんか出して俺の像を!?


「これだけちゃうで、ほら」


「ほあッ!??」


ブロンシュがバンと扉を開けると、真っ先に飛び込んできたんは高そうな階段を上った先!そこには、数種類の表情パターンのある俺と思われる肖像画がッ!!!?

さらには、盾だ、マントだ、ぬいぐるみだ!?全部が全部、俺をモチーフにしていると思われるグッズの数々に絶句してしまう……。


「おかえりお姉ちゃ……!!」


扉の開いた方を見る、金色の髪を三つ編みにして、赤いリボンを結んだ少女……いや、どことなく面影があるぞ。


「……も、もしかして、クロウ、お兄ちゃん!?」


「お前……マリーか!?」


「クロウお兄ちゃん!!!」


マリー・マルールは倒れ込むようにして俺に飛びついてくると、その優しそうな瞳にじんわりと涙が浮かんでいる……。逃すまいと無意識に服をぎゅっと握るその姿は昔とちっとも変わらない。


大きくなったなぁ…


…………胸以外。















「ブロンシュおねえちゃん、「ごほん」よんで~」


「うん、ええよ~。あ、そや、ほかの子たちにも教えたってや。ご本読むよーって」


「うん!よんでくるにゃ!」


書斎とプレートに手書きで書かれた部屋にやってくると、わっと子供たちがブロンシュとジルヴィの元へと集まってきた。


どうやらこのデカい屋敷にはブロンシュ達以外にも、行き場のない孤児の子供たちが一緒に住んでいるらしい。目の見えないエルフの少女に、耳の片方欠けた猫耳っ子……。訳ありらしい子供たちがここで、家事をし、勉学に励み、そして戦い方を教わっているという。

そう、かつて俺がブロンシュたちにしていたように……。


「ジルヴィねぇねぇ。そのおにいちゃんだれ~」


「ああ、こいつはな、今まで家出してた大馬鹿野郎さ。今日から一緒にここに住むから、仲良くしてやってくれよ」「うん~うちいいこやからなかよくする~」


そう言って目を細めて片方耳の短いエルフっ子の髪を撫でるジルヴィ。

って、一緒に住むだ?何言って……。


「はい、じゃあ、兄ちゃん。これ読んだって」


「え?おい、ちょっとまて」


そう言って手渡されたのは「シンデレラ」と書かれた手描きの絵本だった。

ふと周りを見渡すと、あの目が見えないらしいエルフ娘も、耳の垂れた獣人の少年も、これから始まるであろう朗読ショーを今か今かと楽しみにしている。その中に混じって、マリーやブロンシュもこちらを見てニコニコと……。辞退できる雰囲気じゃなさそうだ。


「あ~、それじゃあ、シンデレラのはじまりはじまり~」


そういうと、パチパチと手を叩く子供たち。

俺は、幼稚園の頃の記憶を掘り起こして本を朗読し始めた。

何度も読み込まれたらしい手描きのページは、一枚めくるごとに何故か涙が出そうであった。























慌ただしい、一日であった。


あの後、もう一本お話を読む羽目になり、ブロンシュ達と当然のように一緒に昼飯を食べ、魔法の授業をして、剣を教えて……息つく暇もなく夜になっていた。


「お疲れ様。兄ちゃん」


コトリとカップが置かれる。どうやらブロンシュが香草茶を入れてくれたようである。

一口飲むと、ホッとするような温かさが気持ちを落ち着かせてくれる……。


「大変だな。子供たちの相手ってのは」


ブロンシュは俺の対面に腰かけると、ううんと首を振る。


「みんな家事とか進んで手伝ってくれるし。良い子ばっかりやから、全然や」


確かに、皆いい子そうであった。

俺というイレギュラーがやってきたのに、みんながみんな、特に気にすることなく受け入れてくれていた。まぁ、像の人だとか、変な呼ばれ方をしていたが……。


「それに加えて、ギルドから指名で依頼が来たりするんだろ?本当、ブロンシュはよくやってるよ」


「……にへへ、そうかな?そやったら、嬉しいな」


「ああ、ブロンシュがこんなに立派になって、兄ちゃんは嬉しいよ」


「……兄ちゃん、そやったら、お願い。お願い聞いて?」


「ん?」


「昔みたいに、頭、なでなで……して?」


なんだ、そんなことか。

恐る恐る頭を差し出したブロンシュをぽんぽんと撫でてやる。

すると、みるみるブロンシュの涙腺が緩んでいく……。


「にへ、ウチな。兄ちゃんがおらんくなってから、頑張ったよ?」


「ああ」


「ウチ。怖い思いも一杯してん。死にかけたことだって、何度も……あって……ひぐ」


「あぁ……」


「兄ちゃん……!」


胸元に飛び込んできたブロンシュを抱きしめると、その艶やかな白い髪をそっと撫でる。

何度も何度も、兄ちゃん。と呼ぶブロンシュの身体は、先ほどまでのお姉ちゃん然とした姿はどこにもなくて、昔の、臆病で小さくなっていたころのブロンシュと何も変わっていない気がした。























「お、おい!」


「?」


泣きつかれて眠ってしまったブロンシュを寝室に運び終えると、背後から突然ジルヴィに声を掛けられる。何か大事な話か?と思ったが、どうも様子がおかしい。


「……から」


「え?」


「お、オレも、その……ずっと、約束……守って……」


消え入りそうな声を出すジルヴィ……こうなりゃやけだとばかりに、そっとジルヴィを抱きしめ、優しく背中を撫でてやる……。

ジルヴィは目を見開いた後に、そっと目を瞑って胸板に向かって頬を押し付け、おかえり、クロウ……と柔らかい声を出す。



にしてもなんか、不味い流れじゃないか?これ……

大きくて深い「沼」のようなものに足を踏み入れてしまったようなそんな気がするが……。

とりあえずは、良い匂いがするジルヴィに変な気を起こさないよう、意識を紳士に保つよう必死に心掛けた。


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