ツンデレ宿屋娘
「それではこれより、聖剣の儀を執り行う」
ドクンドクンと、五月蠅いくらいにボクの心臓が鳴っている。
今日は、いよいよ勇者を決める試練の日。城門の前に集まったのは凄まじい人数の冒険者や騎士たち……。大きな斧を持つ者、魔導書を片手に眼鏡を直して不敵に笑う者、フードで顔を隠し、どこか怪しい目をして剣を見つめる者。みんながみんな、今日この日、"水の勇者"になるためだけに集まった人たちだ。
「我が国の秘宝、ブルー・デュランダル!先代の水の勇者の意志を次いで我こそはと思うものは誰ぞや!!」
「俺だ!」「いーや!私だ!!」「お前らうるせーんだよ!!俺様に決まってるだろうが!」
そして、歓声のような、罵声のような、そんな凄まじい声の塊となって周りの人たちの熱気がこの会場全体を包み込む。しかし、すぐに王様が手を上げるとシーンと会場は静かになった。
「ならば覚悟せよ!ならば勝ち取るが良い!魔王を倒し、英雄たらんとする水の勇者は……」
「この世にただ一人のみよ!」
その瞬間会場全体が弾けたような声援に包まれた。
ボクは震えた。拳を握り、王様のもつその聖剣へと手を伸ばした。絶対に、手に入れなければと思った。
何処か遠くを見つめる、彼の。その隣に立つ、その未来のために。
絶対にパーティを抜けてやる!! ~幼馴染の女勇者パーティから抜けられなくなった件~
「ひどい、あんまりだ。職権乱用だ!」
「もう、何時まで言ってるのさ~」
「ふふふ、頼りにしているわ」
わずかな荷物と剣だけ渡されると、親父に追い出されるような形で家を出た。
他の奴らに別れの挨拶すら済んでいないが、まさか、まさかこんな形で夢の公務員生活、安泰の老後が壊されるだなんて思わなかった……。
「でも、勇者のボクに騎士のクロウ、魔法使いのティーナが居れば、どんな敵が出てきたって大丈夫だね!!」
「……『騎士』?何言ってるんだ?俺、『遊び人』だからな……」
「「え!?」」
ガサゴソと、『職業カード』を取り出す。
職業カードとは、ゲームでいう所のステータス画面が表示されている超便利カードである。ステータスの項目は随時更新され、その人の職業や出身地なども一目でわかるため、身分の証明書の役割も兼ねている。
そして、職業遊び人とはこの世界では……無職のことを指す。
「ほ、ほんとだ、職業欄に遊び人って書いてある……」
「俺、騎士団を解雇されちゃったからさ」
そういうと、二人は顔を合わせて少しバツの悪そうな顔をした。
というか、哀れに思うならさっさと家へ帰してくれ。
「あ、遊び人だから何だっていうの?戦闘はできるでしょうし、全然問題ないわよ」
「……」
「大丈夫!魔王さえ倒せば、ジークおじさんは戻ってきても良いぞって!!!」
「あ、そうだったの。なら大丈夫じゃない」
「…………はぁ」
っく、勇者に常識は通用しない。
しかし、冗談ではないぞ……職を失くしたうえ、死と隣り合わせのパーティ内でこき使われるだなんて……こんなパーティいつか抜けて……って、待てよ、そうだ!
タイミングを見てパーティを抜ければいいんだッ!!!
どうしてこんな簡単なことを思いつかなかったんだろう!
メインキャラだと思って、ステータス強化のアイテムを使っていたら途中で強制イベントが発生、パーティから抜けていくっていうのは割と良くある展開だからな!
とある金髪王子だの三つ編みの花売りだの……よし!そうと決まれば
「く、クロウ?怒ってる?ご、ごめんね、ボクが強引に……「わかったよ」?」
「あ~!わかったよ!倒せばいいんだろう!魔王!」
そう言って、道の前の方(多分魔王城方面)を指さすと、アルフィは曇った表情を徐々に晴らしていき、笑顔が戻る。
「え!……本当!?クロウ本当ッ!?!」
「どうしたの、急に……」
「俺だって魔王レベルのやつが相手だったら戸惑うさ。それに、倒さなきゃ帰れないならしょうがないだろ?」
「ふ~ん?腹を括ったってことね?」
「やったやった!えへへ、幼馴染最強パーティの結成だよ!」
そういって、アルフィが俺とフロレンティーナの手をとって大きくバンザイをした。
……まぁ幼馴染と言うには獰猛な悪役令嬢が欠けているが。まぁこの即席パーティも今だけだ。
俺はいつか!絶対にパーティを抜けてやる!
この辺りに生息しているのはデカいカエルに、角の生えたウサギと大して苦戦するような魔物もおらず、ほぼペースを落とすことなく夕刻には隣町についた。
ここに来るまでの間色々と考えていたが……やっぱりパーティを抜けるなら自然な形で抜け出したい。こいつらは腐っても将来の英雄候補。コネは残しておき、且つ、俺がパーティからいなくなっても魔王を倒すという流れを残すのがベストである。まぁいっそ雑魚過ぎて使えない追放ルートもありだ。
「着いたー!っていっても、よく来てる街だしそんなに旅って感じはしないよね」
「そうね」
今、突然パーティを抜けだしてもアルフィたちはきっと納得しないだろう。それどころか真っ当な理由もないし、帰ったところで親父やお袋が受け入れてくれるとは到底思えない。何か、きっかけが必要だが一体どんな理由なら……
「どうかしたのクロウ?さっきから難しい顔してるけれど……」
「……これからの進路について考えてたんだよ」
「……そう。ようやくあなたも真面目になったってところね……ウフフ。まぁそういうことは後で一緒に話し合いましょう?」
そう、今は俺は真面目にパーティの抜け方を考えているのだ。きっとインターネットがあったら、パーティ 自然な 抜け方 と調べているところである。
隣町・オートリーナは俺たちの街に比べたらごくごく小さい田舎町だ。
カボチャだの人参だのを名産品としていて、これと言って特徴のない普通の町。しいて言えば、俺たちの街とこの先にある大都市とを結ぶ関所からちょうど中間くらいの立地だから、宿や酒場なんかは栄えている。
そしてこの街の宿屋と言えば……大きなデブ猫の描かれた宿屋が見えてくる、既に灯りと冒険者や町の人の笑い声が外まで漏れてくる。
「部屋は開いてるかなー」
「いらっしゃいませ~!ようこそ子豚の宿屋へ……って、あぁ!?」
開かれた扉の向こうには見知った赤髪釣り目のツインテール女が立っていた。
アルフィと目が合ったのか、ずんずんとこちらに向かってくる。
「ちょっとアルフィ!聞いたわよ!あんた"勇者"になって魔王を倒す旅に出たんだってね!」
「ベルカ!!うん、実はそうなんだ!」
「あはは、あんたみたいな単細胞にできるとは思えないわぁ!」
「え、ど、どうしてさ!」
「だって、あんたってば昔から馬鹿で、泣き虫で、脳みそまで筋肉じゃない。きっと悪い奴に騙されて路頭に迷うに違いないわ!」
「くそぉ、そういうベルカだって、口は悪いしえっと、口は悪いし!」
あぁ、なんて貧弱な語彙力なんだ、アルフィ……。
フンと、無い胸を張って腰に手を当てて勝ち誇っているのは、この宿屋のツンデレ娘ことベルカ・ライラック。
親が宿屋同士、昔からよく遊んでいて、この間の誕生日に俺が送ってやったツンデレ!と日本語で大きく書かれたエプロン服を、なぜか大層気に入って着用してくれている……言葉の意味は教えていない。
アルフィの口喧嘩に勝って満足したらしいベルカが、次いで後ろにいた俺たちを確認すると、ぎょっと目を見開いた。
「はぁ!?ちょ、ちょっと、クロウ!それにフロレンティーナ!?あんたたちまで、このおバカルフィについていくの!?」
「いや、俺は……」
「そうよ。だってアルフィが馬鹿で心配なんだもの!」
「えへへ」
おい、今お前は褒められてないぞ。そのポジティブさには素直に感心するが……と、そんなことを考えているとツンデレ様は俺の腕を掴んでズカズカと歩き出すではないか。
「お、おい、ベルカ?」
「……ちょっと来なさい!クロウ!」
宿屋の裏側、人気のない場所に連れ出されるとベルカは荒れた呼吸をゆっくりと整え始める。
ところで、こいつになぜツンデレという服を送ったかというと、アルフィ達にはやけにツンツンしてあんな言いがかりのような喧嘩を吹っ掛けるくせに……
「どうして付いて行っちゃうの!?」
「どうしてったって」
「騎士団は?宿屋はどうするの?」
「え~、騎士団はクビになって宿屋は追い出された……」
「っ……そんな、死んじゃったらどうするのよ!いや!お願い行かないで……」
ぎゅっと、俺に抱き着いて目にはうっすらと涙を浮かべている。
そう、こいつは昔から俺にだけは素直な言葉を浴びせる所謂デレデレになるのだ……。
いや、理由はわかってるのだけれども。
ツンデレという文化を日本の知識で理解していた俺は出会った当初から脳内翻訳をつけながら彼女と接することができた、彼女の言うことは大抵真逆。
例えば、さっきアルフィに対して色々と言っていたが、あれは単に「危ない旅になるんだから、辞めておいた方が良いわよ?ね?やめときましょうよ」と、心配していた時のセリフだったわけだ。まぁ、フロレンティーナはともかくアルフィは気づいてないみたいだけど……。
そんなわけで、素直になれない彼女にとって冷たい言葉を発しても嫌わずに自分に構ってくれる俺という存在は、両親以外の初めての理解者だったらしい。
俺は俺で、将来宿屋関係で世話になるかもと思い仲良くしていたのだが、まぁ、うん、いつのまにか翻訳もいらないレベルまで好感度が上がっていただけの話だ……
「ねぇ、何とか思いなおすことは出来ないの?魔王なんて、他の奴に任せればいいじゃない」
「他の奴?」
「えぇ、そうよ。なんでも、魔王を倒した人にはいっっっっしょう!遊んで暮らせるだけの報奨金が出ているらしいわよ!それで、強い冒険者たちがこぞって魔王の城へ行ったって!」
「なに!?そうなのか!」
なんてこった。そんな状況なら確かによくわからん魔王とかいうやつを倒しに行く必要がないじゃないか!
「だから、ね?行く必要なんかないわ。きっと誰かが倒してくれるもの。ね?ね?」
「それもそうだな……よし、アルフィたちにもこのことを言ってみる。ありがとな、ベルカ」
その言葉を聞いて、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべるベルカ。こいつも、普段からこの調子なら町一番の娘を名乗れるくらい可愛いんだけどなぁ~。にしても朗報だ。これで上手く行けば旅は終了、遠足を楽しんだ程度で自宅に帰れるかもしれん。
と、まぁ、そんな淡い期待を抱いていたのだが
「クロウ!この人の話を聞いてよ!」
宿屋に戻ってくるなり、アルフィ達は髭面の商人らしき男と同じテーブルに座ってそんなことを言ってきた。
「ちょうどよかった、俺も2人に聞かせたい話が……」
「いやぁ、もう一度言いますが、魔王ってのは本当に強いですなぁ。『炎の勇者』に『土の勇者』。ソードマスター・トヤマに紅の牙と恐れられたバッシュ……そのほか並み居る魔法使いを連れ立って魔王城に挑んだというのに、その門番に軽くあしらわれただけで……なんと全滅してしまったらしいのですよ!」
「え」
「魔王討伐の報酬はさらに増額されて、張り切っているものも多いですが……門番程度に本物の勇者が二人も負けていたんじゃ、ちと厳しいでしょうなぁ」
すりすりと、顎をさすりながら話す商人のおっさん。
う、嘘だろ。ソードマスタートヤマと言えばこの世界最強候補の一人じゃないか!それに、炎の勇者と土の勇者って……!?
「ここは『水の勇者』であるボクたちの出番だね!」
「お!お嬢ちゃんも勇者だったのかい!わははは、なら旅に役立つアイテムなどはいかがかな?」
「え?見せて見せて~!」
「アルフィ、無駄遣いしちゃだめよ?」
そういっておっちゃんが風呂敷を広げたアイテムを見始めるアルフィとフロレンティーナの二人……。
……いやいや、待て待て待て待て、やっぱり無理だ!
『炎の勇者』といえば、火山に巣食っていたいたという恐ろしい暴竜・インフェルノドラゴンを倒したあの褐色熱血ドスケベ女だろう!?そして、『土の勇者』といえば守りにおいて並ぶものなしと言われた獣人剣聖・アーサー・レオンハルトに違いない!
おまけにソードマスタートヤマは木剣で100体のゴーレムを斬ったと言う生きる伝説的存在だし、それと互角に渡り合うとされた紅の牙バッシュ……!!?
そんな化け物軍団を門番クラスだけで倒す相手?
無理無理無理カタツムリ!
「どーしたのクロウ青い顔して?それよりも見てみて、これ、面白いよ~!」
「へぇ、一応装備すると魔力を高める効果があるみたいね」
ピロピロと笛を吹くアルフィに真顔で髭のついた鼻眼鏡をつけ始めたフロレンティーナ……。
ええい、ツッコミが追い付かない!
でもそんな危険な旅だなんてわかった以上、ますます決めたぞ!
俺は、なんとしてでもこのパーティを抜ける!
そして、魔王なんかと戦わずに、街に戻って静かに暮らすんだ!!