元ボスの部屋
「……首尾はどうなっている?」
「何もかも完璧さ!そ、そうだろゴンザ!?」
「へ、へい!それはもうイザベラの姐さん!」
ミドを下ろし、頭を並べて部屋の中を覗き込むと人影が三つ……。
一つはハイヒールに、露出の大きい魔道ローブを着ている悪人面のイザベラと呼ばれたダークエルフ。もう一人はその姐さんとやらにぺこぺこと頭を下げている顎のしゃくれたダークドワーフ……。そして最後に……
あいつは……ヤバイな……。
『黒い鬼』だった。
黒いコートに身を包み、何かに腰かけ、ナイフで木の先を淡々と削っている……。
しかし、決して般若のような恐ろしい風貌をしているわけではない。伸びきった髪も深く皺の入った目元にも、疲れたサラリーマンのような哀愁が漂っている……。
「あ、あれって……」
そう言ってアルフィが指さした方をよく見ると、黒鬼が腰かけていたものの正体がわかった。それは口ひげを蓄えたベテランっぽいおっさんで、おそらく俺たちより先にこの場所に来ていた冒険者……。血だらけでボロボロだが、まだ息はあるようだ。
「……では、あとは任せるぞ」
「は、はい!万事お任せを!」「へ、へい!」
「……?」
!チラッと、こちらを一瞬眺め見る『黒い鬼』。
アルフィ達を引っ張ると、咄嗟に壁の後ろに身を隠す!
気付かれたか!?
やばいやばいやばい!
魔王と対峙した時とはまた、別の恐怖であった。魔王も確かに恐ろしいと思ったが、あいつはまた、別のベクトルで恐ろしい。
「あ、あの、どうかなさいました。でしょうか?」
「……いや」
男はやがて視線を地面に移すと、ゆっくりと闇の中へと消えていった。何とか、ここでかち合うことは避けられたようだ。あれって転移陣の闇魔法バージョンか?くそ、便利そうだな。
「はぁ……やっと行ったようだねぇ」
「オラ心臓止まるかと思った……」
「……っチ、どうなってるんだいゴンザ!?あれだけ入れ食いだった冒険者どもがち~っとも来やしないじゃないのさ!このままじゃ、あの鬼野郎にいつか殺されちまうよ!?」
「む、無茶言わねぇでくだせぇイザベラの姐さん。オラたちもう何人も捕まえてるだ。だから、みんな警戒してこなくなってるだよ……」
「っチ」
イザベラとゴンザは黒鬼が居なくなったと同時に肩の力を抜いてそんな会話を始めた。冒険者たちを……ということは、あいつらがやっぱり事件の黒幕か?
杖と斧をそれぞれ装備しているが、先ほどの鬼に比べるとそこまで強そうには見えない。あんな奴らにC級以上の冒険者たちがやられたのか?それとも、やっぱりさっきの奴が……。
「テメェらがアタシを手こずらせたせいだよ!このッ!このッ!」「がぁ……ッつ!?」
「ね、姐さんこんなのでも大事な商品だ……あんまり傷つけるのは……」
「うるさいよ!あの鬼野郎のせいで、こっちはイライラしてんよ!」「がああ!」
あいつら……ッ!
?トントンと、フロレンティーナが不意に俺の肩を叩いた。見て。と指の差された方を見ると……男女入り混じった冒険者と思わしき人達が数名、鎖をつけれられて宙づりにされている……。
この中にリッシュ姉妹の親父さんもいるのだろうか?
ここからではよくわからない……。
「やっぱり、ちまちま人を攫って売りさばくなんて、アタシの性に合わないよ。昔みたいにパ~っと大暴れして、金なんかそこら中から奪えばいいじゃないのさ、ねぇ?」
「へい、しかしそれでは意味がないとキビト様もサマエル様も……」
「そ、そうかい!あの鬼野郎はともかく、サマエル様がそういうならそうなんだろうね!だってイケメンだし?」
「……ちぇ、イケメンだからって虫がいいんだから」
『サマエル?』また、聞いたことのない名前だな……。キビトというのが話しぶりからして、さっきの黒鬼のことで間違いなさそうだが……
それにしてもこの魔法、本当にすごいな。普通、扉から声が聞こえるほどの距離というのは、4人も人が集まっていれば、音や視線といった何らかの感覚で察知されるものだ。しかし、その気配が今も全くない。恐るべし、フローレンス家の秘術。
「っチ、イライラするねぇ……そうだ、ゴンザ。ナイフゲームって知ってるかい?指と指の間にナイフを順番に刺していくっていうアレだよ」
「へい、それは、まぁ、けど、オラにはおっかなくてとても」「なぁに、何もアタシはお前の手でやれってんじゃないよ。手ならほら、ここにい~っぱいあるじゃないのさ」
「え?」「ぎゃはは、指の一本や二本なくても売れる売れる……」
本当に、悪意に満ちた顔で地面に這いつくばった冒険者のおっさんを見下ろすイザベラ。
おっさんは、気の毒なほどに顔を青くして体中から汗が噴き出している。
「はッ……はッ……っはっ……ッ!?」
「よし、じゃあ、アタシが見本を見せてやろう。全部の指がなくなったら勝ちだったか、なッ!」
「ひいいい!?」
イザベラがハイヒールの踵で思いっきり男の手を踏みつけた!そして、懐から銀色のナイフを取り出す……!これ以上放っておくのはまずいな、ここはひとつミドの弓矢かフロレンティーナの魔法で奇襲を……「お前たち!」ッ!?
「ッ誰だいッ!?」
「ボクの名前はアルフィ・カーテス!!お前たちを倒す勇者だ!!」
「勇者だって!?」
「姐さん!後ろにダサい仮面をつけた奴もいますだ!」
……慌ててアルフィに手を伸ばしたが、もう遅かった。アルフィを掴もうとした俺まで敵に見つかってしまう。どうやらこの魔法、一度見つかればすべての効果を失ってしまうようだ。音声遮断も、こちらから伝える意思があれば伝わってしまうのだろう。相手にはバッチリと捕捉され、杖と斧を構えて迎え撃つ準備は万端となっている。
「おい、アルお前…「おじさん!もう大丈夫だよ!」!……」
「あ、あぁ勇者様……!?」
おっさんの青かった顔に精気が宿り、そして、緊張の糸が切れたのかそのまま気絶してしまった。
はぁ……おそらく、苦しんでいるあのおっちゃんを見て、我慢できずに飛び出してしまったのだろう。幸い、ティナとミドはまだ飛び出してきていない。ここは相手に悟られないよう俺とアルフィ、二人だけで来たと思わせるのが得策だろう。ま、今回は御咎めなしとしておくか。
……俺もなんだか胸糞悪かったしな。
俺たちのことを油断なく見つめていたイザベラだったが、やがて表情を崩すと、クククと目元を覆って笑い始める。
「勇者だって!?ぎゃはは、そうかい!ゴンザ!こいつはチャンスだよ!飛んで火にいる勇者様だよ!」
「ヘイ!あいつらを倒して魔王様に褒めてもらうだ!そいに……」
魔王?やっぱりこいつら、魔王の……。
「……お前ら捕まえて!姐さんにいい子いい子してもらうダアアアアァァぁッ!!」
「やんないってのこのアホッ!?」
ドスドスッ!と大斧を振り回しながら、地響きを立てて走ってくるダークドワーフ!
まるで動きはとろいが、あれだけの斧を振り回す腕力、食らえば一溜りもないだろう。
こうなったら真正面から……たたっ切る!
剣の鯉口を切ると、腰を落として青眼に構えた。
「うっ!?」
……?ドサリと、俺たちに向かっていた巨体が突然倒れ落ちる。
いや、一瞬見えたぞ。あれは小さな針みたいなのが首筋にちくりと刺さっていたな。
……ミドか?
「ゴンザ!?ええい、本当に使えないねぇ!!」
ガンと乱暴に杖で地面をたたくと、漆黒の魔法陣が浮かび上がる。これは!!?ヤバイぞ!!
魔法陣の奥から魔力が膨れ上がっていくのが分かる。堕ちても魔力の化身、エルフだ。その力は……本物!?
「ギャハハハお前ら全員あの世行きよ!!蹂躙しろッ!!ケル…ひんッ!!?」
ドサっとゴンザと呼ばれたドワーフと同じように倒れるイザベラ……。後ろを振り向くと、吹き矢をもってグッと親指を立てているミドとフロレンティーナが居た……。
勝った。
確かに勝ったが、なんだろうか。この虚無感。
「え?え?……勝ったの?」
「ん、楽勝」
「意外と簡単だったわね」
……いや、こいつらこれでも結構つよ……?
パキ!パキ!とせんべいを割っているような音が聞こえる。
音のする方を見ると、倒したはずのイザベラの魔法陣が鼓動をするように光っている。そして、音は段々と大きくなり
ドン!!
とトラックが地面に突っ込んだような音がし、大地が揺れたかと思うと魔法陣が黒く発光する!!
≪グルァアアアアァァァッッ!!!!!!≫
耳の中が痛くなるほど大きな遠吠えッ!!全身の毛が逆立って、肌がビリビリと震えてッ!?
魔法陣ぶち壊して飛び出してきたのは黒い狼!?……その頭が、一つ、二つ……三つ!!
「これってケルベロス!?」
「……ダルッ!」
地獄の番犬・ケルベロス……ッ!
鎖のついた前足を地面に掛けて這い上がってくると、俺たちのことを見下ろす6つの瞳。
3種の頭はそれぞれ炎、氷、雷と違う属性のブレスを宿していると聞いたことがあるが……これは、A級どころか、おそらくS級クラスの!?
「ひいいいいいい!」「キャアアアアぁぁ!?」
な!?突然のケルベロスの登場に、鎖につながれていた冒険者たちが騒ぎ始めてしまった。
彼らは戦うどころか、逃げることさえ……!?
ケルベロスが騒ぎ立てる冒険者たちを睨むと大きく息を吸い込み……
≪グルアァァアアアッ!!≫
この距離から肌が焼けそうなほどの灼熱の業火を吐く!矢のように駆けたアルフィがブルー・デュランダルを光らせると炎が掻き消えて水蒸気へと変わっていく!
≪アオオオオオッッ!!≫
続いて氷のブレスだ。フロレンティーナがフレイムを唱えると、炎と氷がぶつかりあう!二つの力はほぼ互角だ。そして、最後の一つが……雷!
≪オロロロロロッッ!!≫
光った!
今までとは比べ物にならない圧倒的な速さ!!
これ、まにあわ……!
「サンダー・スラッシュッ!!!」
ドゴーンッ!と凄まじい音がしたと思えば、ケルベロスの雷が吸い寄せられるように軌道を変えて「落ちていった」!?
この技は……それに、雷が落ちた先には……。
ワァッ!!と、周りの冒険者たちの歓声が上がる。土煙の中から少しずつ露になったのは襟足の少し伸びたマッシュウルフの白い髪、わずかに覗かせる白い肌とは対照的な黒いレザーマント。整った中性的な顔立ちに余裕のある笑みを浮かべる赤い瞳……。あぁ、クソ、間違いない。
「レイヴン・フェザーのブロンシュ団長!!?」
「キャアア!副団長のジルヴィ様も一緒よ!?」
俺が、帝国領で一番会いたくない二人だった。