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ダウナー系冒険者

「姉ちゃん!もう少しお米は買っておいた方が良いのです!」


パトラ・リッシュは振り向いた。

雑貨屋さんでお米の注文をしていると、不意にモニちゃんがそんなことを言ったからだ。


「え?そうね……けどお店で出すお米はまだあるし……」


「これは、家で食べる分です!どうせ、あいつらが遠慮もなしにバクバク食べてしまうのです、特にクロウ!あいつはこの前ご飯を5杯もおかわりしたのです!しかも大盛なのです!」


そう言ってプンスコと腹を立てているモニちゃん。怒った口調だけれど、歯を出して、楽しそうで……。


モニちゃん……最近よく笑うようになった。


思えば、モニちゃんには昔から苦労ばかりかけてきた。遊びたい盛りなのに、店の仕事を進んで手伝ってくれて、クレームが来た時などは弱気で強く出れない私の代わりにいつもハキハキと言い返してくれて……。


「コン!」


「ん?どうしたのです、コン……ああ、そういえば、茶葉がそろそろなくなるのです。あれがないとフロレンティーナがうるさいのです。お手柄なのです!」


……これもきっとアルフィさんたちのおかげだろう。

アルフィさんたちは働くときは真剣だけれど、時間が空いたらよくモニちゃんとお話をしたり、遊んでくれたりしてくれていた。モニちゃんも初めは警戒していたけれど、アルフィさんたちが良い人だとわかったからかすっかり心を許しているみたいだった。その証拠に、皆さんがどんなものが好きかとか、どんなものが嫌いなのかとか、よく覚えている。


「姉ちゃん?」


「え?あ、ごめんなさい。何かしらモニちゃん」


「ううん、姉ちゃんがなんだか楽しそうに笑ってたから……」


「私が……?」


私も……楽しいのかしら。

お料理なんて、お父さんが居なくなって仕方なく始めたことだったけれど、アルフィさんに夜遅くまで練習に付き合ってもらって、フロレンティーナさんから的確なアドバイスを受けて、クロウさんに失敗作まで全部食べてもらって……。


いつか3人に心の底から美味しい。と言ってほしい。そんな気持ちで、夢中で……。


「なんだか知らないけど、姉ちゃんが楽しそうだとウチも嬉しいのです!」


「モニちゃん……」


「か、買い物が済んだら、さっさと帰って夕食の準備をするのです!きっとあいつらクタクタになって帰ってきて、今日も遠慮もなしバクバクご飯を食べるに決まってるのです!ね?コン!」


「コ~ン」


「……しょうがないから、今日はウチがこの前クロウが言っていた『おにぎり』なるものでもつくってやるのです!」


そそくさと歩き出すモニちゃんとコンちゃん。

クタクタになって『帰ってくる』……


「そうね、準備しなくちゃね!」


今日も美味しいと、そう言ってくれたら……そう思うと、自分の胸が確かに弾んだのを感じた。









---------------------------------------------------













……嫌な気分である。


ピチャン、と、どこかの水滴が通路横に続く下水に向かって落ちる音がした。

ここはメウダから地下に伸びた帝国領の下水道入口。薄暗いトンネルに、ツンとした何かが腐った匂い。アンモニア臭というか、生ごみというか、とにかく酷すぎて呼吸をしたくなくなるほどである。


「帰ろう」


「だ、ダメだよ!うぅ……た、確かに臭いけど匂いにはいつか慣れるから……」


……これは、鼻のよく利くコンを連れてこなくて正解だったな。

俺たちが鼻を抑えている間にミドは無表情で照明魔法を唱える。すると、ぼんやりと周りが明るくなった。濁った下水と明らかに何か出てきそうな暗闇がずっと続いている……。


「……」


「ん、行く」


もう帰りたい、というか、パーティを抜けて安定の騎士団生活に戻りたい……。

俺たちはダルそうに歩いているミドを先頭に、暗いトンネルへと足を踏み入れたのだった。














キチキチと、ネズミが明かりに驚いて逃げる音が聞こえる。


地下水道は不思議な存在であった。


俺たちの居た王国にもいくつか点在していたが、その管理は「誰も」行っていないという。風呂やトイレも、こういうものだから何となく使えてる~みたいな感じで、この世界にとってオーパーツ染みたところがある。

昔は水の大精霊が水を綺麗にしてくれているという説が有力だったが、最近では地下に住み着いたスライム系のモンスターがトイレや風呂で使った排せつ物を処理してくれているというのが有力な説である。騎士団で、面白がってスライムに尻からでる「アレ」を食わせてるやつがいたから何となくその説が有力だなと思っている。

ただ、もしそれが本当ならここの魔物たちを倒し過ぎるのも考え物かもなぁ……。


「そういえばさ、ミドってどんな戦い方をするの?」


「ん?」


「ほら、ボクとクロ……ジョ、仮面君は剣で、ティーナは魔法で戦うから、距離感?みたいなのを把握しておこうと思って!」


「ん~」


と、噂をすれば、早速敵が現れたようである。目の前からその辺のネズミたちよりひときわデカいポイズンラットたちが壁や地面を走って迫っている……。正面を走って来ているのはともかく、壁を走っているのは中々に厄介だな。


「よし!ここは、ボクたちに任せ……」「どいて」


ビュン!と前へ出ようとしたアルフィの横を鋭い『矢』が通過する。

その音を皮切りにビュンビュンと凄まじい速さで矢を射続けるミド。その姿は、普段のんびりしている姿からは想像もできないほどに迅速、かつ、凛々しい……!?


「キュエッ!」


「……ん。終わった」


「すごいや!」


全ての矢をポイズンラットの頭に当てきると、弓を仕舞ってこともなげにそう言うミド。

なるほど、大した弓の腕だ。これだけの実力があるのなら、確かに罠があっても気にしないといった自信もわか……?


突然、ミドがしゃがみこんで動かなくなった!

膝を抱えたまま、ぼーっとしていて、今にも眠ってしまいそうな……。


「ど、どうかしたの?どこか、痛めたとか……」


「……ダルい」


「え?」


「ダルい~……」「えぇ!?」


へにょーんと汚い地面に寝転がり始めるミド……。なるほど、そういうことかよ!


おかしいと思ったんだよ。彼女ほどのランクを持ちながら、なぜ誰も周りの冒険者たちが一緒にパーティを組んでいなかったのか。その原因がきっとこれなんだろう。


「まぁ、ちょっと休憩にしましょうか」


「そ、そうだな」


その後、10分ほどしたらミドは立ち上がり。ん、行く。とやる気を見せてくれた。







「ん?」


と、しばらくしてから再び弓を構え始める。おい、おいおい、まさか……。

そして凛々しい真面目モードになると、再び始まる弓の速射!どうやら、ミドのやつは索敵能力が高いらしく、俺たちの見えない暗闇の奥から魔物の断末魔が聞こえてくる……。

一連の流れが終わったので恐る恐るミドの方を見てみると……


「ダル……」


再びしゃがみこんでダルい状態になってしまう。

ついさっき休んだばかりだろッ!?

どうやら、戦闘が終わると毎回こうらしい……。


「仕方ないわね……ハンス。運んであげなさいよ」


ハンス?後ろを振り向いてみるがそれらしき人は「あなたね……」って、ああ!ハンスって俺か!そうそう、俺ハンス……。


「って、俺が?」


「放っておくわけにも行かないでしょう」


……まぁ確かに。このままのペースで進めば、日が暮れてしまうことだろう。仕方がないので、グデ~と間抜けな声に出してダラけているミドを背負うと、俺たちは再び地下水道の道を進み始めた。


背中はちょっと柔らかかった。

















「ん?……奥になにか居る」


スライムやポイズンラットを倒しながら奥へと進んでいると、背中のミドが不意にそんなことを呟いた。魔物が居る時などは背中に乗ったまま黙って弓を構えていた(おかげで背中で暴れまわられてえらい目にあった)ので、どうやら今までとは違う気配がするらしい。


「……ちょっと明かりを消してもらっていいかしら?」


そうフロレンティーナが言うと、ミドが照明魔法を弱めて道を照らしていた明かりが少しずつ小さくなる。


「……トースカ!」


ぱぁっと、紫色の光が一瞬俺たちを包んで消えていった。一体なんの……と聞く前に何となく効果が分かった。暗闇だが、辺りがよく見えるのだ。それこそ、蛍光灯の明かりがぱっとついたような感覚だ。


「すごいねティーナ!まるでお昼みたいだよ!?」


「それだけじゃないわ。気配遮断、匂い遮断、音声遮断も兼ね備えているの。もちろん、声は仲間内で聞こえるように解除してあるけれど」


「ん。便利」


待て。待ってくれ。なんだそのチート魔法は!?

暗殺者が居れば喉から手が出るほど欲しい魔法だぞ!?なんせ、視覚以外の五感のほぼすべてをシャットアウトできるのだ。これで、こっそり相手の背後に回ったり、枕元に忍び込んで……忍び込む?


ッ!思い出したぞ!確か、フローレンス1世だ!

1世は変態ぞろいのフローレンス一族でも特にヤバイやつで、惚れた相手の汗や髪の毛を集めるのは序の口、触ったコップや使ったチリ紙なんかもすべて集めていた……所謂『ヤンデレのストーカー』である。


そして、昔ティナは言っていた、今、人々が有難く使っている照明魔法は失敗作、と。

そう、一世にとっての成功はこの魔法……つまり、暗いところだろうと、いつも相手に気づかれずに傍に居られる魔法ってことに……!?


「クロウ、どうしたの、早くいくよ~」


「あ、あぁ」


ブルルと、嫌な寒気がした。

考えるのは、やめよう。このことは頭の中から抹消することに決めた。


けれど、この時の嫌な気配は後々考えてみればきっと、それだけじゃなかったのだ……

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