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幕間 ブロンシュ・バルベル 前

あれはよく雪の降った冬の日のことだった。


ブロンシュ・バルベルは路地の裏。凍えるような寒さの中、ぼろキレに包まり寒さに耐えていた。

手足が震えて、ガチガチと歯が鳴っていて、でもそれがどこか自分のことじゃないみたいで……。

薄れゆく意識の中で、ああ、ウチもここで死ぬんやな。って、そう思った。


「くそ!あいつどこ行って……ん?」


「?」


走ってきたのはウチよりも、いくらか年上の男の子だった。おい大丈夫か?とそう声を掛けられると温かい手にギュッと手を包まれる……。


「……冷たいな、ここ寒いだろ?今暖かいところに連れて行ってやるからな」


上手く顔が動かせなかったけれど、きっとウチは笑えていたと思う。



















生活水準の高い帝国領といえど、ウチのような孤児はあまり珍しい存在ではなかった。


特に、理不尽な暴力が力となっているこの世界では、法や国家なんてものは何の役にも立たず、ただただ、嵐のように悲劇に見舞われることも少なくなかった。そう、あの時のように……


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「誕生日おめでとう、ブロンシュ!」


「ブロンシュ、生まれてきてくれてありがとう!」


「ほんまかわええなぁ!ブロンシュは~真珠のような白い肌も、羽毛のような白い髪も、まるで天使みたいやッ!」


「お、お父様!何度言えばわかるのですか、ブロンシュが言葉を真似します!」


「ええやないか。真似して何が悪いんや!郷土言葉を捨てる方が悪いでんがなまんがな~ってなぁ?ブロちゃん~?」


「あはは、そやそやー」


「もう、ブロンシュも真似しないの!」


でも、本気で怒ってない。両親に抱きしめられて、美味しいケーキを食べて、たくさんのプレゼントをもらって、おそらくあれが人生で一番幸せな時間やったと思う。


「旦那様!魔物の大群が屋敷に押し寄せております!」


「なんだと!?……ラ……シャめ、裏切ったか!?」


執事が血相を変えて叫びながら部屋に入ってくると、家の明かりは消え去って……あの時に、ウチの幸せの火も消えてしまった。




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男の子におんぶされながら連れられてきたのはとある小さな一軒家であった。

部屋を開けると、男の子は私を椅子に座らせてすぐに暖炉に火を付けてくれた。パチパチとした暖かい風が肌に触れる。いつの間にか、温かい毛布まで掛けてくれていた。


「食欲はあるか?」


「……」


口で答えるよりも先にお腹が答えた。

ウチは恥ずかしくなって、すぐに顔を背けたけれど男の子はそうだよなっと呟いてから声を出して笑った。ただただ惨めで、恥ずかしかった。


「……」


男の子が居なくなると、ウチは一人で暖炉の火をじっと見つめていた。


あの日から、どれくらいたったのだろう。


何もかもをなくしたあの日から、ウチはこの街の中、一人で生活を始めた。


初めは持っていたものを金銭に変えて、宿屋に籠って過ごしていた。

誕生日に貰った靴も、母親にねだって譲ってもらったブローチも、驚くほど安い値段で銀貨に換えられて、やがて売るものがなくなってしまった。


宿に居られなくなると、公園の椅子で寝るようになった。けれど、知らない男の人たちに追い掛けられて……捕まらなかったけれど、その日以来、身を隠すように暗いジメジメした路地で生活するようになった。


落ちているお金を拾い、ごみ箱の中を漁って、いつか、元の生活に戻れると夢見ながら路地裏の闇の中で眠りについた。


そんな日がもう1年、ずっと、ずっと続いていた……。










「おい、起きろ。出来たぞ」


はっと、顔を上げると、顔の近くにずいとお皿を差し出される。


……一体、何を企んでるんやろう。


自分の身なりを見てお金を持っていないことはわかるはず。それなのに、なぜ……。

疑問は膨れ上がっていたが、お腹の中は空っぽで限界に近かった。

早速渡されたスプーンを持って、食べ物に手を付けようとした。でもそこにあったのは……。


「……」


「いや、大変だった。この街に米が売ってたから、嬉しくなって買ったのは良いけど再現するのが大変で……!」


そう興奮したように語る男の子の声は全く耳に入ってこない。

白いムワッとした変なにおいの白い木の実と、隣に添えられた濁ってドロドロした茶色いスープみたいなもの。これを、自分に食べろというのだろうか……。


「どうした、遠慮しなくていいぞ」


泣きそうだった。


どうしてこんなにひどいことをするのかと思った。

せめて隣の木の実だけならまだ食べられそうだけど、茶色いコレを食べることは、盗みもしてこなかったこの誇りが許さなかった……。


「……」


けれど、じっと期待するようにこちらを見るその目に負けて……覚悟を決めて目を瞑るとスプーンでソレを口の中へと放り込んだ。


「……?」


白い木の実は噛むとプツプツっと切れて思ったよりも……不味くない。それどころか噛めば噛むほど微かに甘いような味がしみだしてくる。なんやこれ!それに、この茶色いのも、想像していたような味はしなくてむしろ甘くて辛くて……とっても、とっても美味しい!


カツンっとスプーンを鳴らしてもう一口口に入れる。カツンと、スプーンを動かしてまた一口頬張る。


「まさに運命の出会いだったな。カレーのルーまで見つかるとは思わなくてさ。まぁちょっと値は張ったけど後悔は……って、おい!大丈夫か」


ケホケホと咽ていると男の子が慌てて水をグラスに入れて渡してくれた。

一気に飲み干すと冷たい水が喉に張り付いていた辛さと一緒に通り過ぎていって……


「まぁ、本家には程遠いけど近い味が出せたと思うんだよ……って聞いてないか」


一心不乱にスプーンを動かして、ウチはお腹の中にこの不思議な食べ物を押し込んでいった。





















「お、お一人でここに住んで……らっしゃるんですか?」


「ははは、無理するなって普通に喋れよ」


お風呂を借りた後、男の子と一緒のベッドに眠ることになった。

男の子と一緒に、なんて初めてで少し恥ずかしかったけれど、それ以上にウチはこの優しそうな男の子にどこか安心していた。まるで、夢見てた理想のお兄ちゃんみたいで……。


「まぁ一時的に。もともと親父と一緒にいたんだけど、まぁ、いろいろあってさ……」


「……色々って?」


「そりゃ、色々さ。っというか、まだお互い名前も知らなかったな」


ゴロンと、男の子の顔がこちらを向いた。


「俺はクロウ。そっちは?」


「……ぶ、ブロンシュ」


「へ~。ぶろ……?」


「ブロンシュ」


「ブロンシュ。よし、覚えたぞ。よろしくな」


布団の中ですっと手を差し出されたので、恐る恐る握り返す。ウチと違ってゴツゴツしてて、まるで大好きだったジイジの手みたいだった。























「さてと、俺は出かけるけど、そっちはどうする」


「……」


朝ご飯までごちそうになると、クロウは着替えを終えて立ち上がった。

昨日は気が付かなかったけれど、剣と短剣を帯刀していて、魔物の素材で出来たレザーベストにマントにブーツ……その立ち姿は……まさしく一人の冒険者だった。


「そういえば、今までどうやって生活してたんだ?」


「ッ!」


ジッとこちらを見つめる黒い瞳に、思わず冷や汗をかいてしまう。しかし、すぐに男の子はいや、と口にしてから、座っていたウチのそばで膝をつくと


「一緒に来るか?」


と、そういった。

どこに。なんて聞く必要はないだろう。なんで、という言葉を飲み込んだ。

立ち上がると目を見つめたまま首を縦に動かしていた。このまま、死ぬよりも何かした方が良いとそう思えたから。















「良いか、俺のそばを離れるなよ」


「う、うん」


「それから、帰りたくなったらすぐに言えよ。無理はするな」


「……うん」


プレートアーマーとローブを着せられ、クロウに連れられると冒険者ギルドを訪れた。両開きの扉を開けてギルドに入ると、中は朝から人でいっぱいで、目つきの鋭い男の人や、強そうな鎧に身を包んだ女の人が食事をしたり、冒険の話をしたりしていた。知らない空間で心細くて、クロウのマントの端を摘まむ。


「いらっしゃい……あら、これはこれはCランクのスーパールーキーちゃんじゃない。今日は……パーティを組んでいくの?」


「うん。こっちの子も登録をお願いします」


「わかったわ」


字は書けるかとか。何か魔法は?とか、聞かれているうちに、あれよあれよという間に登録を進められて、気が付くと、ウチはF級の冒険者になっていた……。白い職業カードを渡されて、そして……。







「ブロンシュ。今日から俺はお前を育てることにしたから」


「え!?」


雪の積もった平原に連れられて、盾と短剣を渡されると突然そんなことを言い渡された!?


「う、ウチ。魔物と戦ったことなんか……」


「誰だって初めはそうだろう。これから覚えるんだ」


「で、でも……」


何だか、とんでもないことになってしまった。

自分も魔物と戦おうと思ったことは何度かある。けれど、怖くて、怖くて、とてもじゃないけれどできなかったのだ。


「この世界で生きていくにはそれが一番手っ取り早いんからなぁ。それに、子供のうちならなおさら……ん?」


「え?」


そんな話をしていると、ガサガサと茂みが動いた。

そして、現れたのは三つの目を持った狼……アイウルフ!?

3つの目の動体視力はとても優秀で、素人の攻撃なんかすべて躱されて、最後はその牙で喉元を食い千切られると聞いたことがある。


「グルルルッ!」


「ひぃ!」


「おいしょ」


スパン!とクロウの一閃がアイウルフを切り裂いた。

ぽかんと口を開けていると、よし、次に行くぞ。とクロウが前を歩きだす……。


「す、すごいんやね……」


「まぁな」


「ウチ、なんもしとらんな……」


「あいつはまだ無理だ。そのかわり、ブロンシュにも叩けそうなやつがいたら手伝ってもらう。それまでは、自分の身を守ることを考えてくれ」


「う、うん」


暫く歩いていると、再び魔物が現れた!

2足歩行の白くて大きなカエル……雪と同化していたスノーフロッグ!?

目を開くと黄色い眼球がギョロギョロ動いて、長い紫色の舌がテラテラと光ってて気持ちが悪い……。

ウチが後ずさりをするとクロウがポンと肩を叩いた。


「ブロンシュ。気迫で押されるな」


「そ、そんなこと言うても……」


……フラッシュバックするのは。屋敷でのこと。

魔物が現れて、それで、それで……。


「あいつは……お前よりもすごいのか?」


「え?」


「あいつは、きっと昨日のような死の恐怖を感じる寒さを感じたことがないぞ。それに、力を持たずに過ごす町の恐ろしさも知らない。それらを知っているブロンシュの方が、本当はずっと強いんだよ」


「強い……」


「あんなのは、よく見ればただの大きなカエルだ。それくらいなんてことないように思わないか?」


そういわれて、再びスノーフロッグと対面する。確かに怖いけれど。先ほどまでの震えあがるような怖さじゃない。それに今は……


「……くるぞ!」


!短剣を構えると、スノーフロッグに向かって刃先を向ける。

そうだ、こんなやつよりも、ウチは今までよっぽどひどい目にあってきたんや。こんなやつに、こんなやつに……絶対に負けん!


ビュ!っと紫の舌が伸びてきたので反射的に短剣を向けると、ケロ!と舌を切り裂かれたスノーフロッグがダメージを受ける。


攻撃が当たった!!


「よし、いいぞブロンシュ」


笑顔を向けようとしたら、クロウは地面を蹴っていて、瞬きする間もなくスノーフロッグを真っ二つにした。興奮冷めやらぬままに、剣を納刀するクロウに近づく。


「う、ウチッ!」


「ああ、やっぱりブロンシュのほうが強かったな」


ポンポンと頭を撫でられる。すると胸の奥があったかくなって、嬉しくて嬉しくて堪らなかった。


ウチには、なんもできへんと思ってたけど。ウチにもできることがあったんや!


そして、クロウは再び魔物を探して前を歩き始める……。


「ま、待って……兄ちゃん!」


「に、兄ちゃん!?」


「うん!……兄ちゃんって呼んだらあかん?」


不安になって、そう聞きなおすと、クロウは頭を掻いてから首を振る。


「……まぁ別に良いけど」


「に、にへ~。ありがとう!兄ちゃん!」


その日、ウチには兄ちゃんが出来た。

失くしてばかりだった日々で、初めて手に入れたもの!


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