勇者INレストラン
「ぼ、ボクが!?こんなフリフリした服!?む、無理だよ!」
「ちょ、暴れんなです!」
「早くしないと開店の時間が……」
そういって奥から騒がしい女たちの声が聞こえてくる……。
何やってんだかとテーブルを拭いて待っていると、数分もしないうちに出てきたのは白いブラウス、バストの強調された青色のギンガムチェックエプロンを着て、長い金色の髪をリボンでポニーテールに結んだフロレンティーナだった。
「なんか新鮮だな」
「もう少し何かないのかしら」
「背中のリボンの結び方が甘いぞ。こっちこい」
「……ま、そうよね」
何やらため息をついてこちらに近寄って背中を見せるフロレンティーナ。なんだよため息なんて……お、うなじ見えてる。
そんなことを考えながらリボンをキュッと締めてやると後ろからアーッ!とモニク様の声が聞こえてくる。
「これは、リボンを大きく見せるふんわりした結び方なのです!」
「え?そうなのか」
「そうなのです!せっかく可愛く結んだのに……また結びなお……」
ひょいと、フロレンティーナがモニクの手を避けた。またモニクが一歩近づいてリボンに手を掛けようとするとフロレンティーナも同じように一歩下がる……
「なんなのです!?」
「これで良いわよ。結びが甘くて解けちゃったら嫌だし」
「なぁ!?背面のリボンはお客さんがウェイトレスを目で追う際のチャームポイントなのです!それを色気もろくにない固結びなんて……」
何やら燃えているモニクにそれを躱し続けるフロレンティーナ。
二人が一進一退の攻防を繰り広げるころ、再び奥から声が聞こえてくる。
「大丈夫ですよ、アルフィさん」
「……うぅ、絶対変に思われる……」
次にパトラさんに手を引かれ、しぶしぶといった感じで出てきたのはもちろんアルフィだ。パトラさんもそうだが、この胸が強調されるデザインはブラウスから、こう、はみ出した感じがして実にけしからん。それにアルフィのフリフリしたスカート姿もいつもとは違ってこれまた新鮮である。頭にのったカチューシャも非常に可愛らしい。というか、やっぱりこうしてみるとアルフィもやっぱり女の子だよなぁ。
「絶対変だよ。ボクがこんな格好……」
「そんなことないわ。とてもよく似合っているもの……ね、クロウ」
そう言ったフロレンティーナの奴が俺のことを肘でついてくる。まぁ、正直
「そうだな。アル、よく似合っていてその、可愛いぞ」
「え?えぇ!?………………う、うん。ありがと」
照れくさそうに頬を掻くアルフィ。うん、可愛い可愛い。
「……」
「さぁぐずぐずしている暇はないのです!すぐにでもお客は来るのですよ!」
なかなかに眼福だったのだがすぐにモニクが手を叩くと場を仕切り始める……。時刻は早朝、激マズレストランの開店時間が迫っていた。
はぁと、ため息をつきながら持ち場に移動しようとしていたフロレンティーナの横に立つと、ポリポリと自らの髪を掻く。
「あー、後、ティナ、お前もよく似合ってるぞ」
フロレンティーナは一瞬で顔を赤くすると、背中を向けてあ、ありがと。と蚊が鳴くような声を出した。
「クロウ……ゴメン。コン、おテツダイしたかったのに……」
「まぁ、気にするなよ」
外に看板を出しに行くと、それについてくるように耳を垂らしたコンがそう言う。
どうやらコンはあの時の転移で力を使い果たしてしまったらしく、その毛先は金色というよりも普通の薄茶褐色に近くなり、その上ゴセンゾサマとも連絡が取れなくなってしまったという。あれだけの転移を4人分も行ったのだ、無理もないだろう。それに金色の体毛さえなければ金狐だからと狙われることもないだろうし悪いことばかりでもない。とはいえ、流石に接客は不安だったので遠慮してもらったが……本当に忙しくて狐の手でも借りたくなった時に手伝ってもらおう。
「それに、今日からお前はこの店の看板犬ならぬ看板狐だからな」
「……カンバン?」
首を傾げているコンにしゃがんで目線を合わせると、純粋そうな金色の目がこちらを覗き込む。
「そうだ。コンがここに居たら。興味を持ったお客さんが店に入ってくれるかもしれないだろう?だから、これも立派な仕事だ」
「シゴト……?コン、ヤクにタつ?」
「ああ役に立つ」
「コン、カンバン、スる!」
ブンブンと尻尾を振るコンの頭をポンポンと撫でてやる。それにしてもと、立ちあがって灰色の曇った空を見る。
嫌な場所に転移してしまったなと思う。
ここは俺たちの居た王国から海を隔てて遠く離れた帝国領の街・メウダ……。この街にこそ来たことはなかったが、帝国領は昔、俺が親父と1年ほど滞在していた苦い記憶のある土地だった。
もう二度と来ることはないだろうと思っていたけど……
「あ、でも俺たち以外の人と喋るのはやめとけよ。怪しまれるからな」
「ウン!」
フロアに戻り、モニク様のありがたいご指導を受けていると開店時間とほぼ同時にお客さんが入って来た。こんな店にも常連がいるのかと驚いていると、モニク様が顎で俺に接客しろと促してくる。入口まで足を運ぶとボサっとした水色の長髪に眠そうな目をした少女が俺の方を見上げている。
「いらっしゃいませ。1名様でよろしかったでしょうか?」
「ん」
「ご宿泊ですか?それとも、夜まで休まれますか?」
「……ん?」
……相手が眠そうな目で何度も瞬きをする。モニクが後ろでイー!と歯を出して荒ぶっていたので自分が何を言ったかすぐに気が付いた。宿屋の時の癖が出てしまったようだ。
「し、失礼しました、お席の方にご案内を……」
「……」
そう俺が言ったにもかかわらず、その女性は俺の横をすり抜けてフロアの一番隅の席に腰を下ろす。慌ててそれについていくと、メニューも見ずに一言。
「……いつもの」
「……かしこまりました」
とりあえず、そう言っておく。
席まで決まってる常連とか、こういうのは新人じゃなくて慣れてるモニクが相手をするべきだろうに。モニクの立っているところまで戻ってくると、既にカウンター上にはトーストの上にベーコン焼きとスクランブルエッグ、それから湯気の出ている野菜スープのセットがあった。なるほど、この程度なら飯がまずいとか関係ないのか?
それを持っていき、机の上に乗せると気だるそうな仕草でパンをもちゃもちゃと食べ始めた。なんというか、不思議な雰囲気のお客さんだ……。
「ん?」
「!ど、どうかなさいましたか?」
「ん~?」
そう、答えになっているのかいないのかわからない声を出すと、気だるげな少女のパンを食べるスピードが心なしか速くなった気がした。
それからポツポツと客足も増えてはいるが、皆頼むのはモーニングセットばかり。パトラさんは料理はともかく、お茶を入れるのはとてもうまいから、皆それが目当てで着ているのだろう。
そして、どの客も摘まむ程度に飯を食った後に必ず、んお!?と驚愕の声を上げるのだ。前の味を求めていたのかと心配になって尋ねてみたら、曰く、安いから食ってただけで味は気にしてなかったがいつもより美味くなっていたんで驚いた、とのこと。パンはともかく、スクランブルエッグとベーコンでそんなに差が出るものなのか?
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「料理はね、クロウのお母さんから教わったんだ~」
そういってフライパンを動かすアルフィさん。炒め物をし、鼻歌を歌いながら隣にあったスープ鍋に刻んだ野菜を入れていく。その手際は私とは比べ物にならないくらい良くて……。
「アル!モーニングセット3つ追加。スープは一つ玉ねぎ抜きで!」
「は~い。でね、ベーコンをカリカリっと焼くには、強火で一気に焼くよりも、弱火でじっくり焼いた方が良いんだって!ベーコンから油が出たら、丁寧にとって~、ふんふんふ~ん♪」
「……あの、アルフィさん」
「なぁに?パトラさん」
「お料理って、そんなに楽しいことでしょうか……?」
「え?」
自分の中で黒い、暗い気持ちが渦巻いている気がした。
父は、その料理の腕前でたくさんの人を幸せにしてきた。
けれど、その味が出ないと知ると、たくさんのお客さんは手のひらを返したように店をすぐに見限って……それにあの日、「母」がつぶやいたセリフが、今も私の奥に深く杭のように突き刺さっていて……私はどうしても料理に対して楽しいという気持ちを持てない。
はっと気が付くと、アルフィさんも同じように顔を俯けていた。
「あ……す、すみません。これは「楽しいよ!」!」
「それは、覚えることも多くて作るのだって大変だけど、食べてくれた人が美味しいって言って笑ってくれたら、これ以上嬉しいことないってボクは思うな」
「それは、アルフィさんが料理がお上手だから……」
「ボクが?あはは!ボクなんてまだまだ!それにクロウやおじさんには、い~っぱい失敗作食べさせちゃったしね。まぁ、面と向かって言われたことはなかったけど……不味いとね、二人とも目をこーんなにおっきく見開いて、なんて言おうか~って考えるんだ」
目を開くジェスチャーをした後、くすくすと笑うアルフィさん。
アルフィさんも昔は料理が下手だった……?でも違う。私と彼女では環境そのものが……。
恵まれてますね。なんて醜いセリフが出てしまいそうになり。私は爪を手の平に食い込ませて言葉を止めた。そして、気が付いてしまった。先ほどからアルフィさんの話はクロウさんと家族の話ばかりで、ご自身の家族の話が一度も出てきていないことを……。
「だから、次はもっと美味しく作って、二人に美味しいって言わせよう!そう思って何度も何度も作って……本当それだけなんだ」
後悔や反省、失敗や挫折があってもアルフィさんは前に進んだのだろう。
……私はどうだろう。あの日から私の転んだ「時」は止まったまま……。
「昨日だって、パトラさんが料理作ってくれたでしょう?それは、お腹を空かせたボクたちを思って作ってくれたんだよね」
「……え。そ、それは……はい」
「ありがとう!それだけでもボクはすっごく嬉しかったな!」
歯を出して笑うアルフィさん。この人は……眩しすぎる。
ベーコン出来上がり~♪とお皿を用意すると、いつの間にか片手間で作っていたスクランブルエッグも完成していた。
「えっと、では……私も」
「ちょ、ちょっと待ったパトラさん!?その調味料は……?」
「え?……これだけではお客さんが物足りないのではないかと……不安で」
「あ~そっかそっか……そういうことか~」
「?」
アルフィさんは何かに納得したように大きく何度も頷いていた。
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意外なことが判明した。
「店員さ~ん」
「!」
俺もモニクも手が離せない状況。先ほどまで棒立ちしていたフロレンティーナがガチガチに緊張した歩き姿でお客さんのところに向かう。いつも冷静な彼女を知っていると非常に珍しい光景だろう。
「この、朝のモーニング2つ」
「は、はい」
チラッと俺の方にそれでいいのかと目で聞いてきたので、飲み物のジェスチャーをしてやると気が付いたのか再びお客さんに向き直る。
「えっと、飲み物が暖かいスープか紅茶か選べるみたい、です」
「じゃ、スープ」「俺は……可愛い店員さんのおススメで」
「ひッ!?」
再び俺の方を見る……って、いちいちこっちを見るな!
宿屋の手伝いをしていた俺やアルフィと違い、ほとんど引きこもりに近かった彼女に接客業をさせるのは無茶だったかもしれない。熱いのが飲めないから冷たいのをくれだの、子供の小皿がほしいだのお客さんに言われた突然の要求に対処できず、事あるごとに俺を見てくるフロレンティーナ(決して声には出さないが)。
そんなこんなでそれなりに忙しい朝の時間は過ぎていった。
「すみません、こんなことまで……」
石畳の通りをパトラさんと歩く。
アルフィの作った料理は予想以上の売れ行きであっという間に食糧庫の中身が空になってしまったのだ。繁盛するのは望ましいことだが、忙しすぎるのも勘弁だ。
「お気になさらず。荷物持ちには男手があった方が良いでしょうし」
「……ありがとうございます。いつもは、ここまでお客さんもこないのですが……」
申し訳なさそうに笑顔を浮かべるパトラさんになるべくこちらも笑顔で返しておく。
この人はどうも自分に自信がないのかずっと謝ってばっかりだな。この調子じゃ、いくらお金を工面したって借金取りに付け入られてしまいそうな気がする……心配だな。
「ところで、これから何を買う予定なんですか?」
「はい。ベーコンと野菜と……あと卵を……」
二人で並んで歩いていると、食材を中心に扱ったバザーが見えてきた。
時間が時間だからか、辺りに居るのは主婦と子供がほとんどだが辺りは話し声が飛び交い活気で満ちている。
「へいらっしゃい!お嬢さん、良い魚がはいってるよ!」
早速、近くに店を構えていた鉢巻き姿の魚屋の親父が声を駆けてくる。
買う予定もなさそうだったので無視して通り過ぎようとすると、パトラさんがついてきていないことに気が付いた……振り向くと、そこには魚屋のおっちゃんに捕まったパトラさんが……。
「あ……あの、私、今日は……」
「そうだ、これなんかどうだい!近海で取れたキスに砂地で取れたマゴチ!どれも新鮮でうめぇったらないよ!」
「え、えっと、じゃあ、おひとつずつ……」
え?魚を買うのか?
それに1尾ずつ買ってもどうやってお客さんに……。
「まいどあり!ついでにこのアジもどうだい!キュッと身がしまっててそれはもう……」
「あ、あの……」
……仕方がないな。困惑しているパトラさんに近寄ると、心持肩を張って親父の方へと出る。
笑顔の絶えなかった親父が唇をニュッと突き出すと面食らう。
「おっちゃん、それくらい二つ買うんだったらサービスしてくれよ」
「んん?おいちゃん連れかい?いやぁ、でもねぇ」
「だったら、さっきの魚もなしってことで。行こうパトラさん」
「あ……」
パトラさんの手を引いてその場を去ろうとすると、焦ったように親父が声を出す。
「わー!わかったよ。お嬢ちゃんべっぴんだし、おいちゃんの心意気に大負けにまけて、さっきのキス一つ分の値段で2尾つけちゃる!」
「え!あ、はい。ありがとうございます!」
「二人で食べな」
パトラさんは親父の言葉を聞いて驚き、条件反射でぺこぺこと頭を下げた後でお礼を言うと。
「クロウさん!得しちゃいましたね!」
お金を払い終えて嬉々とした様子で魚の入った包みを見せるパトラさん……。
俺としては、初めから買わないつもりだったのでそのまま立ち去るつもりだったのだが……まぁ本人が満足してるなら良いか。
「パトラさん。肉や野菜を買いに来たんじゃ?」
「あ……そ、そうですよね。すみません……」
「別に謝ることは……ま、魚も新鮮で美味しそうですしね。行きましょうか」
「あ、はい!」
俯き気味だった顔を上げると、笑顔を見せて隣を歩く。
……笑うと、とても良い顔をする人だな。パトラさんって。
「へへ、ねーちゃん別嬪だな。俺達と楽しいことしないか?」
「あ、あの、私……か、買い出しの途中で……」
「へ~、じゃあ、荷物を持ってあげるからさ。へへへ」
……買い物を進めながら、抗いがたい尿意に襲われて少しトイレに行っている間にパトラさんの周りになんともガラの悪い連中が集まっている。
パトラさんはそんな連中に囲まれながらも断りを入れているが……あまり強く拒絶もできないらしい。ただただ顔を青くするばかりである。
さっきの光景とデジャヴを感じながらも、パトラさんの前に立つとパトラさんは笑顔を浮かべて、向こうのチンピラは露骨に嫌そうな顔をした。
腰には短剣を差している……もしかすると最悪……。グッと握りこぶしを握ったままなるべくなんともないように声を出す。
「なんか用か?」
「あん?……っち、行くぞ」
「あ、ああ……なんだよ、男連れかよ……」
…………はぁ、もしかすると、戦闘になるかもしれないと軽くしていた肺を酸素で満たす。
流石に素人相手なら丸腰でも負けるとは思わないが、あの距離だとパトラさんに何かないとも限らないしな……。
「パトラさん、大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます!……あの、ありがとうございます」
「はは、別に、何もしてませんよ」
2度もお礼を言って頭を深々と下げるパトラさん……。
頭をひとしきり下げた後、また顔を上げると自虐的な苦笑を浮かべる。
「やっぱり、冒険をされてるだけあってお強いんですね。あんなに怖い人たちに少しも怖くなさそうで…………」
「パトラさん?」
「私……駄目なんです。昔から、はっきりものを言うのが苦手で、怖くて……いっつもモニちゃんに助けてもらってばかりで……」
「……パトラさん」
俯いてしまった彼女の手を、気が付くと俺は握っていた。
驚いたように顔を上げるパトラさん。
「パトラさん、俺の手……すごく汗ばんでるでしょう?」
「え、えっと……」
「さっきだって、その前の魚屋と話すときだって俺はとても緊張していましたからね」
「え?……クロウさんが……ですか?」
意外だと、そのタレ気味の目元を見開くパトラさん……。
「……えぇ、もともと、知らない相手と話すのは、それほど得意な方じゃないですから」
「……クロウさんも……」
パトラさんの握った手の強さが、ほんの少し、強くなった気がする。
「パトラさんは……ハッキリものを言うのが苦手で、怖いと言っていますが、それはきっとパトラさんが優しい人だからですよ」
「…………え?」
「相手を拒絶したりしたら、相手が傷つくんじゃないか。自分の意見を言ったら、相手が怒るんじゃないか……そんな相手のことを思いやれる優しい人です」
「いえ、私は……そんなこと……」
「パトラさんは、そんな優しい自分にもっと自信を持って良いと思います。そうすれば、きっと勇気は後からついてきますよ」
少なくとも、俺の幼馴染はそうだったのだから。
「クロウさん……」
パトラさんは、俺の言葉を聞いて混濁した困ったような瞳を浮かべていたが、俺の目を覗き込んだままやがてその眼に光沢を宿らせて、はい!と笑顔を見せながら大きくうなづいた。
先ほどまでの笑顔に比べて、何倍も良い笑顔だと思った。
……レストランに帰ってから暫くすると、モニクに、お前、姉ちゃんになにしたですか!と怒られ、フロレンティーナのやつはどこか冷たい目で俺のことを見ていた。せっかく、アルフィもパトラさんの雰囲気が、前より良くなったよね!と喜んでくれて、前よりもよく笑ってくれるようになったはずなのに……なぜ……。