ナガサレ系お姉ちゃんと目つきの悪い妹
「うわああああああああああ!!」
何が魔王からは逃げられない。だ!逃げ出してやったぜざまぁみろ!……と調子に乗ったのも束の間、気分が悪くなるような転移が終わったと同時に俺たちは雲の上、遥か上空に投げ出されていた!!
青い空!白い雲!少しずつ迫る地面!!
死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ!!
フロレンティーナ!!はかなりヤバい状況だ。それどころじゃない!アルフィ!も全身にやけどを負った上に気を失って……そうだ、コン!!
「クロウ……コン、ツカレ……」
そういうと、カクンと首を垂れてポンと狐モードに戻ってしまうコン!!?
おいいいいいい!まてまてまて!
この状況!
どうすんだこれ!!
くそ!
空中で二人と1匹を掴み、そのままはぐれないようにぐっと抱え込む。
そろそろ地面が見えて!!?って、家!民家!屋根が尖ってる!
うおおおお!!死ねる!!!
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「そいつは話が違うだろうがよぉ!あぁ!?」
「ひっ」
バンッ!とテーブルを叩くと、人相の悪い大きな男の人が大きな声を上げながら近くにあった椅子を蹴飛ばした。ガシャンと壁にぶつかって壊れたソレを見て、私の身体は恐怖で震え上がってしまう。
「あ、あの、で、ですから、父が行方不明で……お、お願いですから、お金の方はもう少しだけ待ってください……必ず、必ずお返ししますから……」
「いいや、待てねぇな!大体よぉ。そのセリフはもう何度目だぁ?ワンコロだってもう少しいろんなことを喋るぜ!?」
そういうと再びテーブルを叩いてバン!バン!という音が響く。
その大きな音が鳴るたびに、咄嗟に目を瞑ってしまうほど。
「まぁまぁ、ギヨーム。お嬢さんも親父さんが急にいなくなって色々と大変なのさ」
「あ、アニキ」
大男を制するようにして前に出たのは、先ほどまでの大男とは打って変わって身なりの整ったやせ気味の男性。以前、ジルフォードと名乗っていた男性は、柔和な笑みを浮かべて優しい声音を使ってはいるけれど、私は出会った当初からこの異様に冷たく、切れ長な蛇のような目をしたこの男の人が苦手であった。
「もう少し待てば……お金は耳を揃えて返してくれる。つまりは、そういうことでしょうお嬢さん?」
「は、はい。必ず!」
「うんうん。ギヨーム。お嬢さんもこういってることだし、今日のところは、な?」
「はぁ、まぁジルのアニキがそういうのなら」
ほっと胸を撫でおろしていると、ジルフォードさんが店の中を眺めまわし、張り付けたような笑顔を浮かべる。
「しかし、良いお店ですね。本当に。表通りということもあって立地も良いし、店内も清掃が行き届いていて素晴らしい。幸い周りに大きな食事処もないから、客入りも良さそうだ」
「あ、ありがとう、ございます」
コツコツと靴の音を鳴らして店内を一通り眺めまわすと、あごに手を置いてうんと頷き。
「では、あと1カ月で借金を返済できなければ、この店と土地……すべて我々のものということで」
「え!?……そ、それは……!?」
「ん?我々は十分すぎるほどに猶予を与えていると思いますが?」
「で、ですが、金貨30枚なんて一ヵ月じゃとても!」
「いやいや、アニキの言う通りだ!へへ、なんなら、そのエロい体で稼げるところを……紹介してやろうか?『パトラさん』よぉ?」
「ッ……!」
軽く手首を掴まれて絶望に染まる私の顔を見て、ジルフォードとギヨームはにたりと笑みを浮かべる。そして、再びうん、と頷くと
「ふっふ、まぁまぁ、ギヨーム。今日のとこぶへぁあッ!!」
突然!屋根が壊れると大量の水が空から降ってき…!?
地面から足の離れる感覚!圧倒的な物量の何かで体が浮遊して川の底にいると錯覚するほどに部屋中を満たして……慌てた拍子に呼吸をしてしまった私はソレを吸ってしまい……そこで私の意識はプツリと途絶えた。
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「プハッ!!!ハァッ!…ケホ、ハァッ!ハァッ!!」
死ぬかと思ったッ!!!!
もうだめだ!と空中で死を覚悟していたその時だった。アルフィの持つブルーデュランダルが突如として蒼い光を放ったのだ。そして、何もしていないのに風船が膨れ上がるようにして目の前で『水の球』が大きくなっていき……そのまま水の塊が先に落っこちて屋根を壊すと自然、俺たちは着地するというより、水の中に飛び込むように着水したのだった。
おかげで衝撃は和らいだが、あんな紐なしバンジージャンプなんぞ二度と御免だ!!
「ハァハァ、おい、アル、ティナ、コン。生きてるかぁ……?」
あぁ、何とかなぁ……と返してくれればいいのだが……ん?……って、うわ!誰か踏んでる!!
何やら腕に蛇の刺青を持つ男が倒れて気を失っている。ひょいと俺が飛びのくと、連れと思わしきガラの悪い男が慌ててそいつを担いで「覚えていろ!!」とそんなお決まりのセリフを叫んで逃げて行った……。なんだったんだ、今のは……って、そうだ!ほかのみんなは!
「ケホッケホッ!!な"、な"ん"な"の"よ"ッ?」
カウンターを隔てた部屋の奥で咽たような声が聞こえてきた。この声は、フロレンティーナ!その近くから、魔王!!魔王は!?と叫ぶアルフィの声も……。よかった無事だった……って!
フロアに一人、知らない女性うつ伏せになって倒れている!
水で滑る床でコケそうになりながら駆け寄るとヒールの魔法を施す。
マズイ、不味いぞ。丈夫な俺達と違って恐らく一般人……!回復魔法をかけ続けるが、女性の意識が戻る気配がない!なんでだと思ったがすぐに気が付く。外傷はない。つまり、この大量の水のせいで溺れてしまったのだ。肺に水が入ったか!?……っく、仕方がない!
水を吸ってキツそうな胸元を引き裂くと、女性の気道を確保して鼻を摘まみ、そのまま人工呼吸……バチッ!!!
「ギャアッ!?」
「ッ!!?ゴホ!!?ゴホ!?」
唇を近づけたとたん、静電気が起こったように突如痛みを感じた。そして、空中に何かの紋章が浮かんだかと思ったら消えていく……な、なんだ今の紋章!?
この人から?いや、どちらかというとなんか俺の方から出たような……。
「ケホケホ……」
「!だ、大丈夫ですか?」
「あ…………は、はい」
さっきので意識が戻ったらしい。そして、自らの唇に細い指を添わせて徐々に顔を赤らめる女性……いや、何その反応。俺は何もしてな……ッ!?
「お前~~ッ!!!ウチの姉ちゃんに何してるですかああぁぁ!?」
ぎゃあッ!?不意に現れたガキンチョのドロップキックをまともに受けると、魔王にやられた傷がぱっくりと開いた。じんわりとした熱い痛みが腹部を襲う。やばいやばい!忘れていたが俺も結構重症だったんだ……!だがフロレンティーナもアルフィもかなりの重体で……あぁ、川の向こうでジョンが俺のことを呼んでいる……。
「……!?うわあああ!!うわああお、お前、血があああぁ!?」
「……!た、大変!モニちゃん!すぐに包帯をッ!」
「う、うん!?」
手当を受け、残っていた魔力で二人と自分の傷を癒し、コンも見つけて全員の無事を確認すると、天井に穴の開いた店の中で俺たち5人と一匹はテーブルを囲む……。正面に居るのは先ほど倒れていたストロベリーブロンドの髪を一つ結びにしたおっとりした雰囲気の女性で、その隣はピンク色の髪をショートカットにしたおデコが光る三白眼の目つきの悪い少女……。
アルフィ達とアイコンタクトをとると息を吸い込み。
「「「どうも、すみませんでした!」」」
頭を下げておく。不可抗力とはいえ、店を壊してしまったからな……。お客さんっぽい人も踏みつけたし。
しかし、慌ててお姉さんが立ち上がると向こうの方が頭を下げる。
「い、いえ、どうか、あ、あまりお気になさらないでください……事情はよくわかりませんが、空から突然降ってくるだなんて、怪我もいっぱいなさっていましたし、皆さんも大変だったようですし……それに、その……助かりましたから」
唇に手を触れたまま、チラと俺の方を見る女性。何も心当たりがないのだけれど……フロレンティーナは俺に冷たい目を向けてくる。
「な~にを言っているですか姉ちゃん!?みて見るのですよ!この有様!!店中水浸しで屋根はぶっ壊れて無茶苦茶なのです!!」
「それは……」
改めて店の中を見渡す。どうやら二人はここで飲食店を経営しているらしい。いくつものテーブルと椅子が並び、カウンターの向こうには調味料やお酒なんてものも目に映る。全部びしょ濡れになってしまったが。
「ほ、ほんっとうにごめんなさい!でも、ボク達も……まだ状況がよく把握できてなくて……」
そう言いながらアルフィは俺のことを見る。
そして大きく息を吸ってゆっくりと吐き出しながら微笑みを……?
「おい、何見つめ合ってるですか!」
「え!?そ、そんなんじゃ……」
「代々ですね!ごめんで済んだら、騎士団はいらねぇんですよ!!わかりやがりますか!」
「そうね、ぜひ弁償させてもらいたいのだけれど……」
フロレンティーナの言葉を聞いた妹さんは、待ってました、とばかりにその吊り上がった三白眼を光らせる。懐からそろばんを取り出すとパチパチパチと数値を弁償代をはじき出す。
「屋根の修理費、店の清掃費、商品の入れ替え費、本来の収益見込み、うちの最悪な気分もろもろ合わせて……金貨30枚!」
「「金貨30枚ッ!!?」」
バン!と机を叩いて凄む妹さんに、こちらも目玉を食らってしまう。金貨30枚は日本円感覚で行くと約370万円前後!はっきり言ってボッタくりもいいところだ!
「高すぎるだろ!」
「当然の金額なのです!と、言いたいところですが、今日のところはまけにまけて、店の修理費として金貨2枚と銀貨15枚!これで手をうつのですよ」
金貨2枚と銀貨15枚……約25~6万円の大金ではあるが、店の修理費としては急に現実的な数値になる。まぁそれでも高いとは思うが……アルフィが王様に貰った金と、道中魔物を倒して稼いだお金でそれくらいなら十分に……と、みんなでお財布係のフロレンティーナを見るがその顔色はあまりよろしくないように見える。
「……あの、フロレンティーナさん?」
「え、ええ。ちょっと待ってね?」
ガサゴソと、懐を漁るフロレンティーナ。おい、おいおいおい。
「……まだ本腰を入れて探してないけれど……財布を入れていたはずの服の内ポケットに大きな穴が開いてるのが気になるわね……」
そりゃ落としたんだろ!?
どうするんだ!?お金はフロレンティーナがほぼほぼ全額持っていた。自分のポケットを漁って出てきたのは精々銀貨十数枚と銅貨数十枚……とてもじゃないが……アルフィ?
アルフィがポケットを漁ってぐっと何かを取り出した。パッと手を開くと緑色した雑草が出てきた。なんでそんなもん持ってんだよ……。
「……えーっと、ないのですか?」
「……まぁ、そうなる……かな」
俺がそういうと、ハァとため息をついて倒れ込むように椅子に座った妹さん。しょうがないだろう。文字通り無い袖は振れないのだ……。ちらりと疲れて眠っている狐状態のコンを見てみたがお金を稼いだことがないと言っていたしとてもじゃないがアテにならないだろう。
「ま、まぁ時間をくれれば適当に冒険者の依頼を受けてサクッと……」
しかし、デコだし少女は首を横に振る。
「時間……そんなのは待ってられないのです!第一、お前たちが逃げ出さない保証がどこにあるのですか!こうなったら働いて返してもらうのです!」
「え?働く……?」
「当たり前なのです!今日からお前たちにはここ、レストラン・パルマンティエの下っ端従業員として扱き使いまくってやるのです!」
ビシィっとこちらを指す妹さんの勢いに、俺たちは完全に呑まれてしまっていた。
「ふうぅ……疲れたな……」
張りぼてで屋根を塞ぎ、水びだしだった2階の掃除を終える。
日が沈み、すっかり部屋中夕方の光でいっぱいである。そのうち暗くなり始めるだろう。
妹さん……モニク・リッシュという少女は、俺たちが掃除をしている間もその目をギンギンに開いてさぼってないか監視してきた。そして、拭きが甘かったり雑談していたりするとすぐに注意しに飛んでくるのだ。今はどこかへ行っているが……しかし、魔王戦で魔力もつい切ったし本当に疲れた。3人とも、今目を閉じたらそのまま眠ってしまいそうだ。
「……もう大丈夫よ。すっかり平気よ」
「ん?そうか」
「えぇ」
フロレンティーナの喉元当たりにヒールをかけ続けていたが、それを中断する。
アルフィは水の勇者と言うだけあって火傷に耐性があるのかしてすぐに治ったが、フロレンティーナはそうではない。治ったとはいえ、少し痕の残った喉に触れると、フロレンティーナは痛そうだというのに、どこか嬉しそうな顔をしていた。そして……
「……アル。お前はさっきから俺のこと見過ぎだ」
「え!?」
ソワソワとずっと俺のことを見ていたアルフィがびくりと肩を震わせる。
「なんだよ。言いたいことでもあるのか?」
「べ、別に!ただ……」
「ただ?」
「生きてるなぁって……」
そう言うと、俺の背中をぺたぺた触ってきたと思えば、えへへ~と、背中にべったりと抱き着いてきた!?
「お、おい!」
「えへ~!クロウ~!」
「ちょ、ちょっと、アルフィ!今は私の……」
「ティーナも!!」
「きゃ、も、もう……」
どういう状況なんだ。これは……精一杯俺とフロレンティーナを抱きしめるアルフィ。
俺とフロレンティーナは目を合わせて苦笑するしかなかった。
「なぁ、これからどうする?」
「どうするも何も、店を壊してしまった手前、今は向こうの言うとおりにするしかないわね」
いつの間にやら出してもらったカップに入ったお茶を飲みながらフロレンティーナはあきらめ顔だ。
お茶は結構うまかったらしく、あら美味しいわ、と意外な顔を浮かべている。
「……けど、ここでちまちま働くよりも冒険者ギルドにでも行って稼いだ方が早いだろ。俺たちのレベルならちょっとした依頼をこなせば金貨3枚なんてすぐに」
「今はまだ無理よ、妹さんの方が外に出るのに納得してくれないでしょうし」
「……うーん、じゃあ誰かを人質にでもして置いて行くとか……アルはどう思う?」
「……」
アルフィは、俺の質問には答えずにまだ俺のことを見つめて何かを考えている。
「おい、アル」
「え?あ、ご、ごめん、何?」
「いや……これからどうするかって話だよ」
「これから、あ、うん。そうだね、これから……」
すると、再び俯いて考えこみ始めるアルフィ。ダメだなこれは、たまにアルフィがこうなる時があるが、大体こういう時は何言ってもダメだ。
さしずめ魔王との戦いのことでも思い出しているのではないだろうか?
どうやったら勝てたのか、どうすれば勝てるのか、今はそれしか頭にないのだろう。
俺達の対峙した魔王の強さは噂通りに桁違いだった。
広い視野に瞬発力、あれだけの剣を振るう剣術に体幹、そして何よりはスバ抜けた戦闘センスに底なしの魔力……。逃げられただけでも幸運だ。少なくとも"まともな装備"がなければ手も足も出そうにない。
そういう意味では、今ここにとどまるのは戦いの傷を癒す意味でも、考えを落ち着かせる意味でもありかもしれない。
「ねぇ「皆さん。お掃除と屋根の修理ありがとうございます……あの、疲れてお腹も空いているでしょうから、よかったら夕食をご一緒しませんか!」」
俺達の考えがまとまらないうちに階下からやってきたパトラさんがそう告げる。そして、その声に合わせるかのようにして、俺達のお腹が一斉に鳴いた。
「楽しみだな~!」
「そうね。紅茶も美味しかったし、期待できるわ」
俺も、魔力と体力の使い過ぎでヘロヘロだ。今ならただの小麦粉でもおいしく食べられる気がする。
厨房の方からモニクに"姉ちゃん"と呼ばれる女性、パトラ・リッシュさんがミトンをつけて持ってきたのは熱々の湯気に包まれた白いクリームソースのかかった鶏肉とキノコの煮込み……。
知ってるぞ、これは……美味い奴だ!
「若鳥とキノコのフリカッセです。お口に合えばいいのですが……」
「合う合う!いっただっきまーす……ッ!!」
「いただきます」
腹がぺこぺこだった俺達は、手を合わせるのもほどほどにして早速料理にかぶりついた。
ぱく!おえ!
ぅぁあ。え!?
え?
脳が混乱している。
なんだ、これは?!吐かなきゃだめだ!!だめだ、でも、人の家の食べ物、はいちゃ、ダメだ……。
理性と本能がぶつかり合う。口の中にはチクチクとした謎の刺激がいつまでも……!?
「あ、あの~皆さん、いかがでしょうか?」
「ど、独特な味ですね」
「しょ、しょうだね、しらがしひれる、くらい……」
「そ、そうですか!」
ほっと胸を撫でおろすパトラさん。ちくりと胸が痛む。
「あぁッ!ね、姉ちゃん!お料理したのですかッ!?」
2階にいたモニクがそう叫びながら駆け下りてきた。
「う、うん」
「あれだけ材料が無駄になるって言ったのに!」
「で、でも、モニちゃん、みんなもお腹空いてそうだったし……」
「駄目だと言ったらだめなのですよ!」
アルフィを見る。二口目を口にしたのだろう。眼が虚ろになっており、俺と同じように飲み込もうとする、でも身体が拒否反応を起こしえずいている。それでも食べ物を粗末にしないお前は間違いなく勇者だよ。
そして……フロレンティーナ方はこっそり包みに吐きだしてすまし顔を浮かべていた。おい。
「お、お前らも無理して食べなくていいのです!ぺ!するのです!ぺ!」
何とか、飲み込むと、水で一気に流し込む!口の中が痛い。今日俺は何度死の危険を回避すればいいんだ!
「……なぁ、もしかしてお客さんにもこの料理を?」
「流石にこんなの出せないのですよ!」
「こ、こんなのってモニちゃん……酷い」
「はぁ。ここは、もともとパーパが一人で切り盛りしていたレストランなのです。
パーパは料理の天才でした。パーパの料理を食べたお客さんはどんな不機嫌な人でも、みーんな笑顔になっちまうような、そんなすごい料理だったのです!ウチも姉ちゃんも、そんなパーパが大好きでした!けれど……」
俯いて暗い顔をするモニク。自らの裾をギュッと握りしめて瞳には、うっすらと涙を浮かべている。
「ぱ。パーパはこの間から食材を買いに行くって言って!出て行ったきり借金だけ残していつまでたっても帰って来ないのです!」
肩を震わせてそう叫ぶモニク。借金だけ残していなくなる親父か、どっかで聞いたような話だ。アルフィの方を見ると、思うところがあるのかじっとモニカの揺れた瞳を見つめていた。
「私はその、お恥ずかしいことに父のような料理の才能がないみたいでして、父と同じように作っても……今食べてもらった通りで」
「う、ウチは……難しくなければ作れるのです、たぶん」
申し訳なさそうに俯くパトラさんと歯切れの悪い言葉を口にするモニク。確かにこれを売り物にするのは二つの意味で不味いだろう。
しかし、だったらなおさら冒険者ギルドか何かでお金を稼いだ方が良いな。なんせこんな閑古鳥の泣いている店では金貨30枚どころか2枚稼ぐのだって……?
ガタっとアルフィが立ち上がって出されていた料理を手に持つと厨房へと入ってしまう。
そして、しばらくして戻ってきたかと思えば、ずいっと、リッシュ姉妹や俺たちの前に皿を突き出した。
「はい!食べてみてよ!」
……姉の腕前を知っているからか、疑わしそうに元々パトラさんの作った料理を見つめるモニク。匂いを嗅ぐと覚悟を決めて口へとフォークを押し込み……そしてカッと目を見開く!
「美味しいのです!!」
その言葉を皮切りに俺たちも料理にフォークを伸ばす。
む!これは濃厚なクリームソースとシャクっとする玉ねぎの甘さが見事にコラボレーション!!
鶏肉もホロホロしていてさっき食べた異物とはまるで別物である。
これだよ!!これこれ!食べたかったのはこれだ!鳥の肉の塊最高!ハフハフと口をせわしなく動かすと料理を口に詰めていく。パトラさんも、それをアルフィの配膳したそれを口にして自らの口元に手を当てる。
「ど、どうして?」
「ちょっと台所を借りてソースを変えたんだ!簡単なレシピだし、きっとパトラさんもすぐに覚えられるよ!」
あ、なんか嫌な予感が……
「お父さんがいない分、ボクたちも協力するよ。だから……このレストランをまた、お客さんを笑顔に変えるような町一番のレストランにしようよ!!」
ガシッとパトラさんの手を握るアルフィ!?それを聞いて、顔を輝かせると、は、はい!と目元に涙を貯めて頷くパトラさん。
いやいや、どうしてそうなるんだよ!?
あきらめにも近い微笑みを浮かべるフロレンティーナに、驚いたようにそれを見るモニク。
「ん~…………イイニオイする!」
そして俺が頭を抱えていると、匂いに誘われたコンが起きたのか、空気を読まずにプニプニと肉球で俺の膝を押してニコニコと夜ご飯の催促してきたのだった。