転移陣
かの者の言葉を聞いたとき、妾は思わず耳を疑った!
さっさと、家に帰りたい。
そう言ったのだ!
それは即ち、彼らが目標……魔王討伐を終えていち早く故郷に錦を飾りたいと、そういうことだ。
しかも、パーティのメンバーに聞かれないように妾にだけそのことを……!
やはり、この者はあの方の末裔じゃ。
妾でさえも勝てるかわからぬ恐ろしい相手に、そのような願いを。
しかもそれは彼の我欲ではない、この世界で暮らす、人々のための願い……!
あぁ、あぁ。そういう方じゃった。と妾は感動していた。そして思い出していた。あの方の温もりや、優しさを……。
であれば、妾にできる恩返しはただの一つ!
絶対に、この者たちを生きて魔王の元へと連れて行かねばならん!のじゃと!
絶対にパーティを抜けてやる!! ~幼馴染の女勇者パーティから抜けられなくなった件~
「すごいや!いきなり魔王の城まで行けるなんて!」
「そうね、手間が省けるわ」
馬鹿いえ手間を省き過ぎだ!
こういうのはもっと仲間をそろえて伝説級の装備とか超便利な乗り物みたいなのを整えてようやく倒せるか倒せないかってもんだぞ!こんなどこぞの土管みたいに簡単にラスボスまで行けてたまるか!
俺は願いはどうなったのかとゴセンゾサマを見るが、当のゴセンゾサマはわかっておると言わんばかりに
『ふふふ、喜んでくれて妾も嬉しいぞ!』
ブンブンと尻尾を振るコンを通してご先祖様のテレパシーが聞こえてくる。
恩返しっていうよりも地獄への片道切符なんだが???
「い、いやでも……いきなり魔王城に突入するのは早計過ぎるんじゃないか?」
「……そうね、流石に何の作戦もなしに行くのは……」
『それもそうじゃのう……』
「大丈夫!!作戦ならあるよ!」
アルフィが自信満々に胸を叩いたので俺もティナも驚きを隠せない。あのアルフィが?
「まずね、ボクがいっぱい敵を倒す!!それで、次にクロウがたくさん敵を斬る!!最後にティーナがドカーンッて敵を吹っ飛ばす!……どうかな?」
「……魔王城に行くのは早計だと思うんだ」
「そうね、流石に何の作戦もなしに行くのは……」
『それもそうじゃのう』
「ちょ、ちょっと~!?聞いてよ~!!」
不味いぞ。そもそも、俺は魔王と戦うつもりなんかなかったのに……。
大体、城に入るには結局門番を何とかしないとだめだろ。おそらく警備だって……待てよ。
「……ご先祖様、この転移陣は魔王城のどこにつながってるんだ?」
『ん?確か……厨房裏の食糧庫じゃったな』
室内か……なら門番と戦わなくても……って、何を真面目に考えてるんだ俺は。どうせなら作戦も思いつかずに魔王と戦うのを辞めさせる流れにした方が良いんじゃないのか。
「コンの力で私たちの姿を変えたりはできるのかしら、例えば……魔物とか」
『おぉ、コン一人では無理じゃが、妾が力を貸せば造作もないのう』
「そのまま消音魔法で近づいて暗殺とかどうかしら」
『ふむ、なかなか良さそうじゃのう!』
っく、フロレンティーナめ。なんてえげつない策を……。
確かに魔物の姿をしていれば下手に襲われることはないだろう。
「だ、ダメだよ!正面から正々堂々勝負しないと!」
『そうじゃ!城の大黒柱を壊して建物ごと一網打尽にするのはどうじゃ!』
「良いわね、城の生活水に聖水を流してみるなんてのも良さそうね」
こいつら怖い。
アルフィの案はいくら何でも論外だとして、よくもまぁそんな恐ろしい発想がポンポンと……。とても勇者一行の考える作戦ではない気がする。
「そんな面倒なことしなくても、今この場で我を倒せば良かろう?」
呼吸をするよりも早く、剣を抜いた。
しかし、そこに立っていたはずの「何か」は幻のように一瞬で姿を消してしまう。
次いで、アルフィが地面を蹴っていた。空中へ躍り出ると「何か」とぶつかり合った激しい金属音が聞こえる。押し込まれるような形でアルフィが地面に戻ってきたのとほぼ同時に、フロレンティーナが炎の魔法を打ち込み、コンも尻尾を立てて風魔法で追撃……。
「ふむ」
しかし、「何か」が空中で真っ赤に燃えた片手剣を振るうと何事もなかったかのようにすべての攻撃が霧のように雲散した。ピリピリと肌で感じる威圧感。心臓がバクバクとかつてないほどの警告音を鳴らしている。対峙しているだけなのに、内臓がすべて口から飛び出しそうなほど気持ちが悪い……。
「なるほど、ただの雑魚とは違うようだ」
そういってこちらを見下ろすその姿は、感じる威圧感とは別に……美しかった。
黒い流れるような長髪に、ルビーを思わせる深紅の瞳、天を突くように生えた角も飛び出したエルフのような長い耳もドラゴンのようなウロコのついた尻尾も……彼女が今まで見たことのない種族であることを証明している。……いや、それもそのはずだ。だってこいつは……!
「ま、魔王……!?」
「ほう、我を知っておったか?クククク」
そういって口の端を釣り上げて挑発的に笑うと魔王の白い牙が光った。
……魔王だと?こんなところに……なぜ……!?
そこで、思い至った。
そういえばつい最近、魔王がサンザラク大橋を壊したと言っていた。俺は心のどこかで、魔王は城に居るものだと思い込んでいたが、こいつはこの転移陣の存在を知っていて、それで橋を壊した後これから丁度城に帰るところだったのではないだろうか。
だとしたら、なんという運のなさ! 最悪のタイミングだ!?
「……ふむ、その剣。見覚えがあるぞ。さては其方が『水の勇者』だな?」
「そうだ!ボクの名前はアルフィ・カーテス!お前を倒して、この世界に光をもたらす者だ!」
「……プッ!カハハハハハ!これは傑作だ!この我を倒す!?カハハハハ!」
口元を抑えると身体をのけぞって大笑いする魔王様。
しかし、対峙しているアルフィは真剣な表情で冷や汗を流している。まだお互いの実力の半分も見せあってはいないが……このままでは
俺たちは……100%負けるだろう。
理由は様々だが、その根拠となっているのが装備の差であった。
ただでさえ相手の力の圧に飲まれそうなのに、魔王が装備しているのは左手に溶岩のような真っ赤な剣、右手にはオレンジ色の宝玉が埋め込まれたエメラルド色の盾。昔チラリとだけだが見たことがある。
あの剣は『炎の勇者』が持つとされている"レッド・ブルドガング"に違いないだろう。
それに、あの盾はおそらく本来は『土の勇者』アーサー・レオンハルトが持つべき大盾……。
どうして、魔王が限られたものしか装備することが出来ない勇者の装備を手に出来ているかはわからないが、仮に使いこなせているというのであれば鬼に金棒どころの話じゃない、魔王に伝説の武具だ!?
空中で笑っていた魔王が地面に降りてくると、フフと余裕のある笑みを浮かべたまま口を開く。
「そもそも、何故我を倒す?我を倒せば何が変わる?」
「……お前を倒せばこの世界から魔物が消えて、人々は平穏に暮らせるんだ。だから」
「そのようなこと、誰から聞いた?」
「ず、ずっと語り継がれて来たことだ!それに、王様たちだってそう言って……」
「……其方達は本当に何も知らんのだな。たとえ、我を倒したとしても……」
「何言って……!?」
!!!!こ、これは!
「……話は終わりだ。さぁ剣を」「待ってくれ!」
ばっと二人の間に割って入ると、訝しげに俺を見る魔王。言葉を遮られたからか、少しばかり視線に殺気も籠っている。
「誰だ、其方は?」
「俺は通りすがりの遊び人です。それよりも、魔王様。もう少しその辺掘り下げてお話を伺ってみたいのですが……」
「……ハァ?」
「く、クロウ?」
「いいからいいから」
今のセリフ……間違いない!この魔王以外にも黒幕がいる!!
だったら、争う必要なんてない。上手くいけば魔王との戦闘を避けられるか「何か、勘違いしているようだが」
頭の中が、真赤に染まった。
ズブズブと身体から嫌な音が聞こえる……?
骨が焼けるように痛くて、そして、我慢できないほど熱いものが喉奥からこみ上げたので思わず口から吐き出してしまうと、手には赤黒い血の塊が……。
「我は魔王ぞ?」
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虎の尾を踏んでしまったか?
「ガアアアアァッ!!!!」
そう思うほどに、水の勇者は豹変していた。
素早く、鋭く、重い一撃。さらにその光の消え去った瞳には、容赦のない殺意と憎しみが籠っている……。レッド・ブルトガングとぶつかり合うブルー・デュランダル。炎と水がぶつかり合い、あたり一帯は人間が触れれば火傷を起こすであろうほどの水蒸気に包まれていた。
そして、あの魔法使いである。
「……ホーミング!」
先ほどから執拗に、蒸気に扮して我の死角からレーザー状の魔法を飛ばしてくる。これは炎と光魔法の融合術だろうか?時に屈折するように曲がり、時にただまっすぐに我の脳を貫かんと狙うそれらは正に光の如き速さで炎のような苛烈さを極める。
「なるほど……」
素晴らしい魔法の知識と技術、鬼気迫る剣技と胆力。
だが、そのような攻撃も……。
この大盾"グランド・イージス"には通用せん。
殺意を感じ取ると、盾の中から複数に展開した魔法陣が敵の攻撃を遮断する自動防御が発動する。如何に巧妙に攻撃を滑り込ませようと、意識することなくそれらは防ぎきれてしまう。
そして、飛び掛かってきた勇者と肉薄すると、目と鼻の先まで刃は迫ってきているがブルーデュランダルの刃が光りながら震えるだけで、数ミリもこちらに近づくことはない。
「よくもッ!クロウっをぉおおッ!!」
「ふ、ふふふ。良いぞ、水の勇者。其方が今までで一番、"らしい"!」
だが……やはり虎などではなくせいぜい猫……まだ足りない。我を殺すには。
勇者は空中に無数の魔法陣を展開させ、剣に封じられていた水龍の力を開放すると、我の心臓を貫かんと流星のように一直線にこちらへ飛んできた。
「おおおおおおおっ!」
「愚かな……!」
一直線に魔力を開放して盾の力を開放すると、勇者は突如現れた複数の『宝石の壁』を数枚貫いたが少しずつ、勢いを失くし……
「クロウをかえし……」
眼を見開き、盾を折りたたむように圧殺すると、グシャリと、骨と血の潰れる音が響く。
「あ……?」
……怒りに染まり、身を任せすぎたな。
障壁を解除するとそれでも向かってきそうだったのでそのまま炎熱の袈裟斬りをお見舞いしてやる。
「あああああ……!」
炎に包まれながら転げる勇者をしり目に、後ろで呪文の用意をしていた魔法使いへと一気に肉薄する。
「っ!」
「それはさせん。それから、先ほどから鬱陶しかった攻撃の礼だ」
身体を捻り、尻尾の回転で遺跡の壁に叩きつけてやると何か唱えかけていたが、喉元目掛けて爪の斬撃を飛ばすと血を噴き出し、首を数回搔きむしった後に足元をピンと伸ばし、気を失った。禁術を平然と操る魔女……ある意味勇者以上に危険な存在だ。
あとはあのキツネだが……どこへ行った?
「おい」
声のした方へと向き直る。
そこには、先ほど突き刺したはずの男が剣を握り、血を流しながら立っていた。
傷はまだ完全ではないがいくらか塞がっている。回復魔法、か。
「死んだふりでもしていれば見逃してやったものを……」
立ったは良いが、まるで興味がわかない。なにせ我相手に逃げの手を打つ腰抜け男だ。
目線を動かし、状況を確認する男。だが、力なく倒れている勇者と魔法使いを見た瞬間。目は細められて殺気を放ち、溢れんばかりの闘志が宿った!
「っ!」
"そういう目"ができるのか!
鋭く、精悍な顔つきになったその男は、まさしく戦士と呼ぶにふさわしい!
「仲間を蹂躙され怒ったか!?まるで別人ではないかッ!カハハハッ!」
「キエエエイッ!!!!」
「ッ!」
怒号とともに地面を蹴ると、全体重を乗せて力任せに剣を振り下ろしてきた。
咄嗟に剣を掲げるが間に合わず大盾の自動防御が発動すると、男は障壁と鍔迫り合う形となった。
「ふむ、凄まじい気迫。我もちょっぴりだけ圧されてしまいそうになったぞ……?」
だが男がやる気になったところで、勝敗は既に決していた。
盾の障壁を切り裂こうとしていた男の剣を、下段からの切り上げで真っ二つに圧し折った。そのまま先ほど突き刺した腹部にブーツの回し蹴りをお見舞いしてやると、男は再び血しぶきを吐いて膝を突く。ふん、つまら……ッ!!
身体が宙に浮いていた。
何が起きたか理解するのに、数秒と掛かった。
衝撃を受けた方を見ると、男が拳を突き出していた。
どうやら男は、痛みを殺し、自動防御を潜り抜けると我の顔面を殴り飛ばしたらしい。
そのまま地面に追突すると頬がジンジンと痛みだす。痛みだ!何百年ぶりだ?この感覚は!?痛みは血を滾らせ、やがてそれは憤怒へと変わった。再び顔を合わせると、男は拳を見せて不敵に笑う。
「これが……宿屋の息子パンチだ!」
「……ほざけッ!」
殺す!殺す!!殺すッ!!!
「クロウ!!コッチッ!!」
あのキツネは!どこから見つけてきたのか古代転移陣に乗り魔力を注ぎ込んでいる!ご丁寧に倒れていた水の勇者と魔法使いもすでに陣の上までッ……!
男の方に向き直ったが、すでに男は転移陣に駆け込んでおり金色の光に包まれ転移が開始された。あの魔法陣を動かすほどの魔力!!
『くくく、久しぶりよな魔王?』
!!その声は、やはり貴様か金狐!!
「じゃあな」「まて……!」
……光が収まり、風が突き抜けていく。
あの転移陣は特殊だ。一度発動すれば、向こうからこちらに来ない限り再度発動させることが出来ない。それにあの女狐めの魔力!恐らくここから更に遠く離れた地に……。隠ぺいも十分だろう。
冷静になればなるほど、先ほどのあの屈辱を、鮮明に思い出させる……あの男……!
「覚えていろ。宿屋のムスコがぉぉおおおッ!!!!」
怒りが爆炎となって吹き荒れる!叫ぶッ!!叫ぶッッ!!!叫ぶッッ!!!!!
勇者でもないくせに、この我を……ッ!