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白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
第1章:エルフの隠れ郷・シドラ
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第9話

 その時だった。クロエがもたれ掛かる大木の脇から二本の光が通り過ぎ、とびかかる狼たちへと迫った。クロエの瞳が光を捉える。緑色のそれは、まるで吹きすさぶ風を凝縮したような杭のような物だった。突然の事にただそれを見送るしかないクロエだったが、次の瞬間、その緑の光は非現実的な軌道を描き狼たちの頭を横から貫いた。


「ギャインッ!!」


 光に貫かれた狼たちは絶命の断末魔をあげて吹き飛んだ。重たい肉が地に叩きつけられる特有の湿った「ドチャッ!」という音を立てて叩きつけられた。貫かれた頭の穴と口や鼻、目から血を流し、ビクンビクンと痙攣を繰り返した後、完全に絶命する。


「ど、どういうこと……?」


 突然の出来事に、クロエの脳内が何度目か分からぬ混乱に満たされた。流石異世界と言った所か、クロエの予想の範疇から外れた出来事が当然のように姿を見せる。

 同時に、命が助かったという実感が今更ながらにして腹の底から湧いて来た。知らずの内に瞳の端には涙が浮かび、脚はがくがくと痙攣し力が入らない。ペタンと座り込んでしまう。忘れていた痛みが全身から襲ってきたが、今のクロエにとってはその痛みすら生きている実感だった。


「ハッ、ハッ、ハッ……!」


 荒い呼吸で喉と肺が痛い。涙の他に鼻水も止まらない。実に惨めな姿であるが、助かった命に比べれば外見など取り繕う暇はなかった。


「――大丈夫ですの!?」


 クロエの遥か後方から、若い女性の声が聞こえてきた。初めて聞くが、凛とした明るい声だ。クロエは痛む体で声の方向へ振り向こうとしたが、とうとう意識が限界を迎えた。プツンと糸が切れるように、クロエの視界はブラックアウトした。











 視界にあるのは、どこまでも広がる空だった。見上げれば群青、見渡せば緋紅。美しき空のグラデーションがまぶしい。

 クロエは直感的に理解した。これは夢だと。しかし、その姿は少女のままである。踊るように過ぎゆく風が、クロエの白い髪を優しく撫でていく。見下ろした視界に広がるのは風に揺れる緑の絨毯だ。

 始めて見たのに、何故か懐かしさを感じる光景だ。クロエが郷愁に浸っていると、不意に何者かの存在を感じた。背後だ。しかしクロエは振り向かない。いや、振り向けない。振り向こうという考えが浮かばなかった。

 背後の存在は、草を踏みかきわける音をたててクロエの方へ近づいてくる。そして、すぐ背後まで迫った。


「……その子を、よろしくね?」

「えっ――」


 とっさに振り返ったクロエの視界には、誰も映っていなかった。ただ映るのは殺風景な、しかして温かみのある草原のみ。そして風が髪を、頬を撫でる。

 クロエが遠くを眺めていると、徐々に意識が風景に溶けるような錯覚を得た。いや事実、意識が遠のいていく。

 暗く、暗く。

 クロエの意識は途切れた。











「……ん、んん? ――ッ! う、い、いたた……。」


 クロエは目を覚ました。とっさに上体を起こそうとするも、背中の痛みでそれも叶わない。鈍い痛みに顔をしかめ、クロエは再び身体を横にした。すると、背中に柔らかな心地よさを感じる。後頭部にもだ。そこでクロエは自分の置かれた状況を理解する。


「あれ? これ、布団……? ボクは、さっきまで森で……。」


 右腕を頭の横に伸ばし、頭の下に置かれた枕を触る。細かな小さな粒の感触。独特の気持ちよさだ。

 もはや何度目か分からない混乱に目を白黒させるクロエ。だがそれでも何かしらの情報を得ようと、巡らした目線で見えるものを観察し始めた。

 木の天井があり、風などを感じないという事は、ここは屋内であるらしい。屋内に電灯のような物はなく、この部屋の明るさは壁の窓から入り込む陽の明るさだ。木枠のみの窓は、閉める時は上げてある板を降ろすのだろう。取りあえずここは、そこまで科学技術の発展している場所ではなさそうである。

 そして自身を包む布団は、適度な重さを感じる心地よいものだった。埃臭さのようなものは感じられず、清潔感にあふれている。視界の高さから察するに床に布団を直置きではなく、ベッドのような物に横たわっているらしい。

 クロエは枕を揉んでいた手を自身の頬に当てた。頬には手の、手には頬の温かさが感じられる。心地よいモチモチ具合だった。


「(……あの時、狼に殺されそうになって、でもなんか意味わからないけど助かって、助かって……。あれ、その先が分からない……。って言うか、何か凄い夢を見てた気をするけど……、うーん……。)」


 どれだけ思い出そうとしても、気を失ったクロエがその先を知っているはずはなかった。また、気絶の間に夢を見た気がすると悩むも、得てして夢は目覚めると忘れるものである。クロエもその例に漏れず忘れていた。

 頬に当てていた手を目元に当て、目元をこしこしとこする。同時に大きなあくびを一つ。異世界に来ていると言う事も忘れ、気分は日曜の目覚めだった。

 と、その時。「コンコンッ」と軽やかなノックの音が聞こえてきた。クロエが顔を傾け見ると、そこには木の扉がある。それがノックされたようだ。そして続けざまに、ある声が聞こえてくる。


『――クロエさん? 起きてますの?』


 若い女性らしき声だった。そしてどこか心配そうな声色である。どこかで聞いたことがあるような気がしたクロエは首をかしげたが、もっと気にすべきことに少し遅れて気が付いた。


「(あれ? さっきの声、明らかに日本語じゃないよな? なのに、何言ってるか分かるぞ……。え、ど、どう言う事……?)」


 そう、先程の女性の声は明らかに日本語ではなかった。かといって、クロエにとっての前世に当たる現実世界で学んだ僅かな知識に照らしてもみても、該当しそうな言語はない。とは言っても、英語ですら満足に理解していないクロエには例えその言語が英語であっても分からなかっただろうが。


『あ、あの……、クロエさん? 大丈夫ですの? あ、もしかして、言葉が通じていないとか……。ど、どうしましょう……?』


 クロエが黙り込んでいると、扉の向こうの女性が困ったような声を発した。そしてクロエが混乱しているように、女性も言葉が通じないのかと懸念している。しかしやはり、クロエはその言葉もはっきり理解できていた。


「(やっぱり、日本語じゃないのに言葉がわかる。でも、どうしようかな……。向こうが話す言葉が理解できるからって、ボクの言葉は相手に通じるの……?)」


 クロエもまた懸念を抱えていた。相手の言葉が何やら不思議な力で分かるとはいえ、こちらの言葉が相手に通じるかどうかは別問題である。しかし扉の向こうで女性が困惑の声を上げているのを聞き、クロエはダメ元で声を上げた。


「あ、あの! 起きてます! 言葉、通じてますよ!」

『え、何で、エルフ語を……? そ、それよりも! 起きていたんですのね!? 良かったですわ……!』


 驚くことに、クロエの発した日本語は普通に女性へと通じた。しかしその日本語はどうやら相手にも異なる言語として通じているらしい。扉の向こうの女性はその事実に一瞬困惑するも、それよりもクロエの無事を確認できたことに意識がいったようだ。この女性のお人好し加減が伺える。


『食事を持ってきましたわ。入らせてもらいますわね?』


 発された言葉と同時に、部屋の扉が押し開かれた。そしてそこに立つ女性の姿を目にしたクロエの瞳は、驚きに見開かれる。

 そこに立っていたのは、輝くばかりの金髪に白い肌、緑の瞳を持つ美女だった。年の頃は十代後半だろうか。湖で見た自身の姿よりは年上に見える。整った顔立ちにはどこか高貴さのような物も感じられた。そして女性はその手に湯気を立てる器を載せたお盆を持っていた。

 しかしクロエが驚いたのは思わぬ美女の登場にではない。その女性の顔の横、そこにあった耳に驚いたのだった。


「(あの耳……。あの大きく尖った耳は、もしかして……、エルフ!?)」


 そう、女性の耳は大きく尖っていた。人間にしてはあり得ないほどに長く伸びた耳、それはクロエが物語の創作で何度となく見知ったエルフの姿そのものだった。金髪に白い肌、そして長い耳。あまりにテンプレートなエルフの特徴揃い踏みに一瞬自らを疑ったが、何度見てもエルフとしか形容できなかった。

 エルフの女性は自身を見つめるクロエの視線に、少し恥ずかしそうに微笑みながら視線をそらした。


「あ、あの……。そんなに見つめられると、その……。な、何か付いてます……?」

「あ、ご、ごめんなさい……。」


 慌てて視線を逸らすクロエ。女性はまだ気恥ずかしそうであるが、手に持ったお盆を持ち直し、クロエの方へと近づいて来た。おそらくベッドの横のサイドテーブルへ置くつもりなのだろう。


「あ、手伝いますよ。」


 そう言ってクロエは痛む背中に顔をしかめながらも、とっさに上体を起こし立ち上がった。背中は未だ痛むものの、立ち上がれないほどではなかった。こうしてとっさに手伝ってしまうのは、クロエが元日本人だからなのだろうか。しかし、その行動が思わぬ事態を引き起こす。


 今更かもしれませんが、作品において「この中の文章は実際に口に出して発声した言葉」で、「(この中の文章は言葉にしない思考中のもの)」と言う風にしています。『この中の文章は特殊な場合であることが多い』です。

 また、地の文は三人称視点となるように気を付けていますが、時々一人称に近くなることがあります。読みづらい時は申し訳ありません。

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