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白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
第1章:エルフの隠れ郷・シドラ
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第7話

「…………。……? ……んぅ? あれ、ここは……?」


 鬱蒼とした木々が陽の光を適度に遮り、モザイク状に地上を彩る。青草の香りが鼻孔をくすぐる。森の清廉な大気が頬を撫でた。

 そんな森の中で、クロエは目を覚ました。顔に当たる木漏れ日に目を細め、視線を逸らす。その先にあるのは生い茂る木々だ。しかし植物学者でもないクロエではその木々が一体どんなものなのかは分かり得ない。

 視線の低さ、そして視界に広がる景色から判断するに、クロエは仰向けに横たわっているようだ。生い茂る草が背中に適度な柔らかさを与えてくれる。叶う事なら、このままもうひと眠りをしたいという欲望が出てきそうだ。


「(よく分からないけど、ここは転生先の世界なのかな。意識もしっかりしてるし、問題はないっぽいけど……。)」


 クロエは横たわったまま辺りを見回した。しかし先ほどまでの白い空間とは異なり、辺りには誰もいない。やはり謎の声の言葉通り、バラバラの場所へ転生させられたようだ。その事実に気付いたクロエは内心に不安を得る。


「(分かってはいたけど、本当にボク一人だ。一人暮らしで慣れてたつもりだったけど、もう、どこにも帰る場所は、ない……。)」


 現代日本ではめったに味わう事の出来ない真の孤独がクロエの内心を蝕む。どこにも頼れる人などいない。いや、人がいるかどうかも分からないのだ。


「(……ダメだ! 弱気になっちゃダメだ。少なくとも、みんなはこの世界にいるはず。こんな所で、ぐだぐだしてる場合じゃない。)」


 弱気になる心を叱咤する。唇をキュッと引き、身体に力を込めて起き上がった。転生したからのか身体はすこぶる軽い。言わば体が作り直されたような物なのだろう。クロエはそう考えた。

 しかし、クロエはそこで予想外の事態に遭遇した。勢いをつけて上体を起こしたのだが、突然視界に白い何かが覆いかぶさって来たのだ。驚いたクロエはとっさにそれを手で払い、そして掴み引っ張った。


「――ッ!? いっ、痛ッ!」


 白い何かを引っ張ったクロエだが、同時に頭部に鋭い痛みが走った。思わず白い何かから手を離す。


「(えっ、えっ……。な、何で……。どうして!?)」


 混乱するクロエ。ただでさえ転生で混乱しているというのに、このような謎の現象に対応が出来なかったのだ。

 しかし、クロエは心の奥底でとある可能性に気が付いていた。しかしそれは自分にとってあまりに過酷で、そして信じがたい事実だった。故に、無意識のうちにその可能性に気が付かないようにしていた。

 だが、現実は非情である。クロエが知覚する様々な情報が、クロエの認めたくない事実を裏付けしてしまう。起き上がった上体はいつもよりも視界が低い。思えばさっき出た声は異様に高くなかったか? 白い何かを引っ張った手、それはいつもの自分の手だったか? 白い何かと言うが、あれは形状から察するに毛髪状の何か、いや髪の毛じゃないのか?


――ピチャンッ


 クロエの耳に、水滴の落ちる音が聞こえてきた。それは森の喧騒の中で不思議と明瞭に耳朶を叩く。どうやら、近くに水場があるようだ。水の流れる音が聞こえてこないという事は、それは流れる水ではない。湖か、もしくは池か沼だろう。水音に釣られ向けた視線の先は、草木生い茂る天然のバリケードだ。進むのはためらわれる。

 ためらいを見せたクロエだったが、すぐに決意を固めた。すっくと起き上がると、そのまま脇目もふらず駆け出す。

 雄大な自然の壁を越え、見た事もない植物群に目を奪われそうになりながらも、クロエはただただ走った。先ほどは判別できなかったが、目にした植物は少なくとも日本で見慣れたものではない。その事実がこの異世界感を高めていく。

 茂みを駆け抜け木々を避け。たどり着いた先には透き通った水を湛えた湖があった。遠くで魚らしきものが跳ねるのが見える。先ほどの水音はここが発生源だったようだ。波打つ事もなく、空の青をきれいに映している。

 クロエは湖の際に駆け寄った。これほどまでの湖なら、自身の姿も確認できるだろうと考えたのだ。水際スレスレに跪き水面を覗きこむ。そこに、映っていたのは――


「…………は?」


 そこに映っていたのは、白く長い髪を風に揺らし、不安そうな目でこちらを覗き込む一人の少女だった。年の頃は十代前半だろうか。真っ赤な瞳が特徴的である。とても可愛らしい顔立ちをしているが、映る表情は何かに怯えているかのように不安げだった。

 クロエは泉を覗き込んでいた顔を上げた。そしてペタンと尻餅をつき、顔を両手で覆う。その手も小さく、そして柔らかい。まるで幼い少女の紅葉の手のようだ。しかしクロエはその事実に気が付きつつも気が付かない。いや、気付かないふりをしていた。気づきたくなどなかったのだ。


「(……いや、待って待って待って、待って! こんなの嘘だって、ありえないって! いや確かに最近読んだ本とかにもこんな展開あったかもだけど、でも、でも……! どうしてボクが!? 結果でさえおかしかったのに、こんなの、嘘でしょ……!)」


 それから、幾度と自問と煩悶を繰り返しただろうか。風の声が髪を揺らし、背中を押す。クロエは覚悟を決めた。

顔を覆っていた両手を離し、そのまま下げ、胸元へ。手を当ててみると、そこにはこれまでの記憶に一切類似しない柔らかさがあった。その柔らかさからは、当てている手の温かさが感じられる。

 思わずクロエの頬がうっすらと紅潮する。別に悪い事をしている訳ではないが、どうにもこれまで感じた事のない感覚のせいで、気恥ずかしさが止まらないのだ。

 クロエはチラリと、辺りを視線だけで見渡した。周囲には誰もいない。クロエはそろそろと胸に当てていた手を降ろし、その手を足の間へと潜らせた。


「んっ…………、あ、……な、ない?」


 そこには、およそ二十年に渡り慣れ親しんだものがなかった。不思議な感覚を右手一杯に感じたクロエは、とうとう今まで認められなかった現実を受け入れる。


「女に……、なってる……?」


 ぼそりと呟いた言葉は、まるで鉛のようにクロエの心に深く重くのしかかった。認めたくない現実であるが、ここまで現実を叩きこまれては認めざるをえない。



男子大学生だった黒江は、異世界に転生し、幼い少女クロエとなってしまった。



「(クソ……。異世界に送られることはまだしも、その際の結果は異常だし、挙句に小さい女の子になるだって? 冗談じゃない! こんな小さな身体で、どう生きろって言うんだよ……!?)」


 もはやその驚きようは口にすることすらも出来ないほどだった。頭の中で流れるように言葉が飛び交うものの、現実ではただ口がパクパクとするだけである。

 クロエが立ち上がった。立ち上がり、あらためて自分の身体を見回す。服は死ぬ前に着ていたままであった。メンズ物のSサイズであるが故に、少女の身体でもギリギリ着ていられる。しかし腕も脚も細く、明らかに少女の身体だった。

 クロエは再び湖の側へ寄って行った。そして自らの姿を改めて観察する。先ほども見た通り、特徴的なのは白く長い髪の毛と真っ赤な瞳である。顔立ちはとても整っており、街中で見かけようものなら思わず目で追うだろう。肌も白いが、不健康な青白さは感じられない。まるで人形のようだ。

 しかし、クロエの視線は湖に映る姿のある一点を注視していた。それは顔の横辺り、耳である。実は両目が真っ赤な時点で薄々察していたのだが、自らの耳を目にしたことで確信に変わった。


「……もしかしなくても、ボク、これ……、人間じゃ、ない……?」


 そう、瞳の色が赤い時点で察していたのだが、クロエの両耳はおよそ人のそれとは異なる形状をしていた。大きな差ではないが、尖っているのである。人の中にも耳が尖り気味の人はいるだろうが、そういった個人差では片づけられない尖りだった。

 無論、ここがクロエの生きていた世界ではない以上、この世界に人類がいるのか、たとえいたとしてもクロエのいた世界の人類と同じとは限らない。しかし、自らの思い描く人類と異なるという事実はクロエの精神を抉るのに十分だった。


「(もう……、訳わかんないよ……。転生して、女になって、それで人外? ほんと意味わかんない……。どうしろって言うんだよ? その為の指標とか言うロールも『魔王』とか――)」


 この時、クロエはとある考えを思いついた。それは自分で思い返してもどうしてそんな考えに至ったのか分からないほど突飛な発想だったが、妙にしっくりくる考えだった。


表記において、「僕→ボク」「黒江→クロエ」となっているのは、クロエが転生したことを表現しています。

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