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白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
第1章:エルフの隠れ郷・シドラ
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第48話

 無意識のうちにクロエは振り返っていた。その視線の先にいたのはほんの数日振りであるのにひどく懐かしさを感じさせる顔だった。クロエは無意識にその名を口にしていた。


「サ、サラさん……? どうして、ここに……。」


 クロエの目の前にいたのは、今はシドラの国内にいるはずのサラだった。身体中に傷を癒すための布が巻かれている。実に痛々しい格好だった。

 クロエの表情は驚きと混乱に満たされていた。反対に目の前のサラはさほど驚いた様子は見せていない。精々、路端で知り合いにあったと言ったぐらいだった。


「お嬢様? 急に立ち止まってどうされたの――、おや、クロエ様。」


 サラの背後から今度はミーナが現れた。ミーナはいつも通りのメイド服に身を包み、一見すると怪我ひとつない状態に見える。しかしその実、サラよりも重い傷を負っていた。肌をあまり露出しないデザインのメイド服がこの場で役に立っていた。


「ミ、ミーナさんまで⁉︎ え、あ、ど、どうして……⁉︎」


 クロエの混乱が加速する。二度と会えないと覚悟をしていた二人が突然目の前に現れたのだ。その驚きは想像に難くない。しかし、その口の端には微かに隠しきれない笑みが浮かんでいた。それは隠しきれない心中の喜びの証でもあった。

 ミーナもまたサラと同じくさほど驚いていない様子だった。むしろクロエがそこにいるのは当然と言わんばかりに普段通りの様子で、サラを追い抜かすと湖のそばの空いたスペースにテキパキと拠点を設営していった。

「え……、ちょっ、あ、あの! なんで二人がここにいるんですか⁉︎」

「まぁまぁ、まずは食事にしましょう? 聞きましたわよ、クロエさん。ここ数日ろくな食事摂っていないらしいですわね。酷い話ですわ!」


 サラが憤慨した様子で頬を膨らませた。クロエはその勢いにほだされ、やや納得し難いながらも食事の準備を手伝った。慣れた手つきで素早く料理を仕上げていくミーナの邪魔にならないよう、食事の準備やその他の準備をサラと行っていく。薪を拾い、サラと二人で協力して焚火を起こした。

 その途中、クロエの魔力封じの手枷に気づいたサラが懐から取り出した鍵でそれを外した。何故サラが鍵を持っているのか分からないクロエだったが、二人がここにいる謎の方に集中してしまっていた。


「お二方、お待たせいたしました。お食事のご準備が整いましたよ。どうぞ、お召し上がりください。」


 ミーナの声に二人が顔を向けると、いつのまにか美味しそうな食事が出来上がっていた。どこで採ってきたのか焼き魚まである。

 サラも指摘した通り、クロエは例の事件で気絶して目覚めて以来まともな食事を取っていなかった。それは精神的に追い詰められ食欲がなかったせいなのだが、二人と再会し精神が落ち着いた今、急に食欲が湧いてきた。腹の虫が大きな鳴き声を上げる。


「あ……っ。」

「ふふ、お待ちかねですわね。さぁ、それでは食事にしましょう。ミーナ、もう国外ですし一緒に食べますわよ。文句は言わせませんわ!」

「かしこまりました。では、お邪魔させていただきます。」


 三人で焚き火を囲む。久々に口にするまともな食事は温かく、凝り固まった心を解きほぐしていった。串に刺さった焼き魚も塩味こそないものの、適度に脂が乗って口に溢れる。

温かい食事の数々と二人と再会できた安心からか、クロエの瞳には涙の粒が浮かんでいた。しかしその涙の理由は先程一人で流していた物とは違う。涙の粒は徐々に大きくなり、目の端からこぼれ落ちていった。

サラとミーナはそれを黙って見守っていた。隣に座るサラはクロエの頭に手を置き優しく撫でる。撫でられた安心からか、クロエは食事も忘れ泣きじゃくってしまっていた。

 たっぷり数分間は泣いた後、落ち着きを取り戻したクロエに対しミーナが一通の手紙を手渡した。真っ赤になった目で手紙を受け取ると封を開く。二人に見守られながらそこに書かれた文字群を目で追い始めた。


『クロエさんへ


この手紙を読んでいると言うことは、上手く国外でサラとミーナと出会えたと言うことでしょう。私が国外追放を言い渡した手前、とても心配していました。

まずはあなたに起きたであろう辛い経験の数々をお詫びしたいと思います。私や一部の者は今回の事件の詳細を知っていますが、ほとんどの者は詳細を知らずあなたがこのシドラを壊滅状態に追い込んだと思っています。その事からあなたに辛く当たる者もいるでしょう。この国代表としてお詫びいたします。

ですが、操られていたとは言えあなたの肉体が暴れたのもまた事実です。国民の感情も考慮して、あなたにはこの国の最高刑である国外追放が決まっていました。おそらく裁判ではあなたにとって辛いことも言わねばならないでしょう。この手紙は裁判の前に書いていますが、今から心が痛みます。

国外追放を下されたからには、あなたはもうこの国に入る事はできません。取り敢えずではありますが、この国から一番近い国に向けての親書を同封しました。これがあれば入国審査を通さずに入れるでしょう。

また、たっての希望もありサラとミーナをあなたの旅路の護衛としてつけます。ミーナは世界を旅した経験がありますし、サラも大長老になるため様々な経験を積ませねばと思っていたところです。どうぞ、お気になさらず。

あなたの旅路において、私から一つの課題を与えたいと思います。それはあなたの身体に封ぜられていた第八魔王の謎です。何故転生者のあなたに太古の第八魔王が封じられていたのか、それがどうして今になって解き放たれたのか。謎は多く尽きず、そしてその解明も約束されたものではありません。ですが、この謎を解けるのはおそらくこの世であなただけ。これはあなたに課せられた使命ではないかと、私は考えています。

だいぶ長くなってしまいました。これからのあなたの旅路に幸福があることを祈っています。


シドラ元首、大長老 サーシャ・エルゼアリス』


 手紙を一通り読み終わったクロエは、信じられないと言った様子でまた手紙に目を通して始めた。そして三通りほど読み返してようやく顔を上げる。その瞳には再び涙が溜まっていた。


「ほ、本当に……、本当にいいんですか……⁉︎ ボクは、ボクは許されないことをしたんですよ⁉︎ それなのに、国を出てボクについて来てくれるなんて……。」

「何を今更、ですわ。あなたを森で保護した時から、私はあなたを守ると決めていたのです。たとえそれがエゴだと言われても、私はあなたの味方ですわよ。」


 サラの言葉にミーナが黙って頷いた。サーシャの手紙にあった通り、二人とも自ら志願してクロエの旅に連れ添うことを決めたのだ。その意思は固い。


「で、でも……。ボクは……」

「――クロエ様。」


 それでも迷いの言葉を上げるクロエの声を、ミーナがやや強引に遮った。


「クロエ様。お言葉ですが人は間違いを犯す生き物です。そしてその間違いの多くが本来は取り返しのつかない物なのです。壊れた物は壊れる前には戻りませんし、死んだ者は生き返りません。大切なのはこれからどうするか、その点ではないでしょうか。」


 ハッと何かに気がついたように目を見開くクロエ。そして俯くように下を見て何かを考え込むと、顔を上げ二人をまっすぐに見つめた。


「ボクは、元の世界に帰りたい。この世界にボクと同じく転生した、友達と一緒に。そのためにもボクは、ボク自身の謎について調べたい。それで、もしその道中で困っている人がいたら、出来るだけ助けてあげたい。……それが、ボクにできる贖罪だと思うから。」


 クロエの言葉にサラが満足そうに頷いた。ミーナも口元を緩めている。


「そうですのね。なら、私たちはその手助けをする事が旅の目的ですわね。」

「お嬢様の場合は大長老になるための社会勉強もですね。」

「わ、分かってますわよ……。」


 サラが気乗りしないように口を尖らす。シドラの国内で何度も見た、いつもの掛け合いだった。クロエはここで小さく吹き出してはっきりと笑みを浮かべた。それを見た二人は顔を見合わせて、同じように笑みを浮かべる。


「サラさん、ミーナさん。」


 クロエが二人を呼んだ。


「何ですの?」

「どうかされましたか?」


 二人が銘々に返事をする。


「これから、いろんな迷惑をかけると思います。いろんな危ない目にも合うかもしれないです。だけど、こんなボクだけど、どうか一緒にいてくれますか?」


 先ほど自らが否定した言葉を、今度は自分からお願いする形で口にする。クロエ自身が再び仲間を受け入れる覚悟を決めた証であった。


「もちろんですわ! 私はクロエさんの味方ですわよ!」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」


 二人もまた、クロエを受け入れる覚悟は決まってきた。サラはクロエの言葉がよほど嬉しかったのか、万面の笑みに小さく涙の粒を浮かべていた。そしてそのまま隣のクロエを両腕で抱きしめた。


「わぷっ! ちょ、サラさん……! い、息が……、て言うかむ、胸が……!」

「うふふ! またこうしてクロエさんを抱きしめられるなんて、幸せですわ……。そうですわ、その汚くなってしまった服を変えなきゃですわね。大丈夫ですわ! ミーナにお願いして私の小さい頃の服をいくつか持ってきましたの。きっと似合いますわ!」

「いや、あの、あんまり女の子っぽい服はちょっと……。って言うか、実は一応アイデアがあって……。あ、ちょっ! 待って、脱がさないで! ひゃっ⁉︎」


 クロエにもいつもの調子が戻ってきた。それを見たミーナが一人、安心したように微笑んでいた。サラによって半ば強引に服を脱がされかけている状態であるが、クロエの表情もかなりほぐれている。


「(まさか……、またこうして、サラさんとミーナさんとお喋りできるだなんて……。もう これ以上、三度も大切な人を、無くしてたまるか……!)」


 すっかり暗くなった森の中、湖畔。クロエは再会した仲間と共に暖かな焚き火を囲む。失ったと思っていた、無くして気づいた大切なもの。二人と会話しながらも、その内心で彼女たちを失うまいと固く決心していた。

 これからの道のりは、背後に広がる暗い森のように先行きが見えない。クロエの目的である元の世界への帰還。どうすればそれが達成できるのか、この世界で生きていけるのか、

旧友たちと再会することはできるのか。分からないことだらけである。

 しかし、クロエの心に不安はなかった。大切な仲間がそばにいる。共に死線をくぐり抜けた、自分以上に信用できる仲間だ。彼女たちがいれば怖いものはない。どんな困難にも立ち向かって行ける。

 こうして異世界に飛ばされた、今や少女の身となってしまったクロエの冒険が始まった。

その行末は、誰も知らない。


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