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白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
第1章:エルフの隠れ郷・シドラ
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第45話

 その声はサラ達の後ろの方から聞こえて来た。二人がそちらへ視線を向けると、そこにはいまだ多くの傷を残しながらもこちらへ歩いてくるサーシャの姿があった。それを見たサラが安心した様な表情を浮かべる。


「お母様!」

「大長老様! ご容態はよろしいのですか?」


 二人が各々、サーシャの呼び名を口にした。ミーナは痛みをこらえ立ち上がるとサーシャの元へ近づこうとする。しかしサーシャはそれを優しく押しとどめると、再びサラの近くに座らせた。


「二人のおかげで何とか彼の魔王を拘束することができました。ご苦労様です。」

「お、お母様! 今あの身体の中ではクロエさんの意識が抵抗していますの! 殺してしまうには早すぎますわ!」


 サーシャはサラの言葉に頷いた。どうやら先程の第八魔王の叫びが聞こえていたらしい。サーシャはスッと立ち上がると、拘束されて動けない第八魔王の元へ歩み寄りながら、自らの魔力を構築しながら言葉を呟き始めた。


「『この世界に満ちる魔素よ・この世界を司りし十の精霊よ・我が呼びかけに応じ力を与えよ・属性を超え・理を超え・古の約定を超え・今・禁忌の扉よ開かれん』」


 サーシャは詠唱と共に両手を胸の前に掲げた。まるで大きな球でも持つかの様に緩やかに手の平を上に向けると、そこへ突然、黒く細い輪の様なものが出現した。

 すると、それを見た第八魔王が著しく態度を豹変させた。抵抗を強め、自らを拘束する闇森族(ダークエルフ)たちを引きはがそうと試みる。しかし彼らもまたここが正念場と心得ているのか、必死の形相で食らいついていた。


「き、貴様‼︎ それは、その魔法は……‼︎ クソッ、離せ! 離せ離せ! ええい、邪魔だ!」


 第八魔王は焦った様子で抵抗を続けていた。演技でもなく本気で焦っているらしい。【影操(カゲクリ)】などの魔法で自らを拘束する闇森族(ダークエルフ)たちを引きはがそうという考えも起きない様だ。

 また、クロエの意識が抵抗を続けているのも功を奏していた。幾つもの要素が絡み合い、第八魔王を拘束することに成功している。


「『魂を縛り付けよ・輪廻を否定せよ・理をあざ嗤え・一片の慈悲も無い・今ここに・我は禁忌を発動する』」

「クソッ! 離せ、離さんかクソが! 畜生、やめろ、それ以上我に近寄るな! その忌々しい詠唱を止めろ! クソッ、おのれ、許さんぞ! 畜生、畜生がッ‼︎」


 とうとうサーシャは第八魔王の前までたどり着いた。サーシャの手の中にある黒い輪は今や複雑な紋様の輪へと変貌している。サーシャは膝を折りしゃがみこむと、その輪を第八魔王の首元へ近づけた。黒い輪は第八魔王の首を透過すると、その首の周囲で緩く回りながら滞空する。


「『神よ・お許しください・あなたの手から一つの魂を奪い取り・地上へ縛り付ける愚行を』」

「やめろ……、やめろぉぉおおおおおッ‼︎」


 第八魔王がひときわ大きな叫びを上げた。しかしサーシャはその一切に耳を貸さず、第八魔王の首の周囲に浮かぶ黒い輪に手を添えた。


「『懺悔せよ・後悔せよ・そして我が愚行を許し給え・久遠の輪廻から外れ・今その魂を封じん』」


 とうとうサーシャの詠唱が完成した。黒い輪の回転運動が激しくなる。その段になって第八魔王は自らの周囲に大量の虚腕(カイナ)を発生させた。土壇場で【影操(カゲクリ)】の存在を思い出したらしい。その口元に少しだけ笑みを浮かべると自らを拘束する闇森族(ダークエルフ)らに向かって虚腕(カイナ)を伸ばした。


「――クロエさん! 頑張って‼︎」


 そこへ、サラの励ましの言葉が響き渡った。第八魔王の顔が一層苦痛に歪む。それと同時に、闇森族(ダークエルフ)らに向けられていた虚腕(カイナ)の動きがピタリと止まった。


「【禁忌・黒紋魂縛輪タブ・ゼーレフェアズィーゲルン】」


 サーシャが魔法の名を唱えた。同時に第八魔王の首にまとわりつく黒い輪が少し広がり、首を取り囲むように勢いをつけて押し付けられた。黒かった輪は、首に食い込むと同時に眩く輝いている。


「アアァアァァアアアアアッッ‼︎」


 第八魔王は苦悶の声を上げた。肉の焦げる音と匂いが辺りに満ちる。時間にしてほんの数秒、しかしたっぷり数分は経ったような体感時間の後、第八魔王の首に取り付く輪の輝きは消えた。と同時に輪も消えて無くなる。

 輪のなくなった第八魔王の首もとには、真っ黒な刺青のように輪の後がくっきりと残されていた。まるで刺青のような紋様である。第八魔王を取り押さえていた闇森族(ダークエルフ)たちが互いに頷きあって離れた。

 第八魔王はすでに意識を失っているらしく、闇森族(ダークエルフ)たちが離れると同時にその場に崩れ落ちた。

 サーシャが首元の紋様を確認する。幾度かその紋様をなぞるように確認をすると、大きく息を吐いた。


「……成功です。第八魔王の魂を封印する事に成功しました。」


 その場の全員が安堵の吐息を漏らした。サラに至ってはよほど安心したのか、両目から大粒の涙を零している。

 サーシャも実の娘の様子を見て少しだけ笑みを漏らしたが、すぐにその表情を引き締めるとサラの隣にいるミーナの元へ足を進めた。


「ミーナ、拘束具を出してちょうだい。そうね……、ランク5をお願い。」

「ランク5と言うと、魔法封じの……? いえ、かしこまりました。」


 ミーナはサーシャの言葉に一瞬戸惑った声を上げたが、すぐにその指示に従い【パンドラ】を発動。その内部より少し青みがかった金属製の拘束具を取り出し、それをサーシャへと手渡した。

 サーシャは拘束具を受け取ると、確認するようにそれを少し揺らした。重たい金属の擦れる少し耳障りな音が鳴る。泣き止んだサラが何事かと顔を上げたその時、サーシャは闇森族(ダークエルフ)たちに一つの指示を出した。


「あなた達、これをそこの者に取り付けなさい。外れることのないよう、きつく取り付けるのよ。」


 闇森族(ダークエルフ)達が少し困惑したように互いに顔を見合わせたが、すぐに立ち上がり拘束具を受け取った。それを受け取った瞬間に闇森族(ダークエルフ)たちは少し顔をしかめたが、何も話すことはなく無言でそれを「クロエに」取り付け始めた。


「ま、待ってください!」


 制止の声を上げたのはサラだった。その声に闇森族(ダークエルフ)達がクロエを拘束する手を止める。しかしすぐにサーシャが「続けなさい。大長老の命令です。」と告げたため、再び拘束具をつけ始めた。


「お母様、どうしてですの⁉︎ 今のクロエさんは気を失って無抵抗の状態ですわ! 傷ついて気を失っている少女にあのような拘束をするだなんて、何を考えてますの⁉︎」

「……サラ。あなたには呆れました。」


 サラが激昂した調子であるのに対し、サーシャは静かな口調だった。風が森の隙間を吹き抜ける。サラは初めて聞く母親の冷たい言葉に、二の句が継げなくなってしまった。


「あなたは先程までの何を見ていたのですか。多くの命が失われるのを目撃し、自らの命も危機に陥っておきながら、よくもそのようなことが言えますね。あの少女を過保護に溺愛するのは勝手ですが、それを他人へ強要することはエゴですよ。」

「ッ……!」


 とっさに何かを言い返そうとするサラであったが、何も言い返すことは出来ず首を落とすだけであった。サーシャの言は正鵠を得ていた。痛いところを突かれ、ぐうの音も出なかったのだ。

 サーシャはクロエの拘束が終わるのを確認すると、拘束されたクロエと共にその場を離れていった。残されたのは顔を俯かせるサラと、心配そうにサラを見るミーナだけであった。


「お嬢様……。大長老様は本気でお嬢様を貶そうとしたわけではありません。ただ、あの場でクロエ様を擁護する発言や態度をする事は、この国の最高責任者として出来ないのです。どうぞ、お察しください。」

「……分かっていますわ。ごめんなさい、少し冷静さを欠いていましたわね。」


 サラが立ち上がった。その表情は暗いままだったが、少し無理をして笑みを浮かべるとミーナに向かって右手を差し出す。その笑みはミーナの位置からは見上げる形となり、少し影が落ちて見えにくいものだった。


「行きましょう? 本格的に治療をしなくてはなりませんわ。」

「……そうですね。参りましょう。」


 ミーナはサラの手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。そして少しだけふらつく足取りで歩き始める。お互いの表情は、明るいものとはとても言い難いものであった。


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