第4話
「……で? 足立はどうだったの?」
「お、俺か!? いやぁ、俺はそんな大したもんやあれへんで……?」
「まぁ確かに健人のは何か特殊だよな。」
グロッキーから復活した黄河が口を挟んできた。
「おぉ、勇者よ。死んでしまうとはなさけない!」
「沈めたのはテメーだろうがよ、黒江さんや。で、健人。話してやれよ。」
「なんや話しづらいけどなぁ。えっと、俺の属性は風。適性値は660。ロールは『旅人』や。」
健人は自らのロールを「旅人」であると語った。旅人が人生の指標と言われるとどこか違和感を覚えるが、しかしその場にいた誰もが微塵も違和感を覚えた様子はない。それこそ今聞いたばかりの黒江であってもだ。
「確かに特殊だけど、健人だったらなんか納得だね。」
「だよな。こいつ大学でもフラフラしてて、いろんなところで見かけるもんな。大学内で旅してるみてぇだ。」
「俺自身も旅好きやしな。この前の春休みに自転車でツーリング行ってきてん。せやからかな。」
「お! いいなそれ! 向こうの世界に行ったら俺も旅すっかな。勇者と言ったらやっぱ旅だろ!」
黄河の言葉を皮切りに、黒江以外の三人のくだらない雑談が始まった。とは言うものの、主に黄河と健人の馬鹿話に浩がツッコミを入れる構図ではあるが。身長が二メートル近くあり、そしてその泰然自若とした態度から実年齢相応にはまず見られない浩は、このゼミの三回生の間では保護者のような雰囲気があった。
普段ならこの騒ぎに黒江のツッコミも加わるのだが、今はその黒江が再び黙り込んでしまっていた。
「(……何で、何でみんな普通の結果なんだ!? やっぱり、僕の結果おかしい……!?)」
黒江の混乱は更に困窮をきわめた。三人の結果を聞くまでは、漠然とぼんやりとしたモヤモヤ程度だったのだが、三人の結果を知り自らに出た結果の異様さを再確認してしまった。
「(何もかもがおかしいよ。まず属性が『無』って何だよ!? しかも魔法適性値『なし』ってどう言う事!? 0って意味? いやだったら0って表記されるんじゃないの? なしって何さ、『お前に魔法の才能は皆無だ』ってか!?)」
黒江に送られた結果は、およそ異様と言うにもおこがましい、実に不可解な物だった。適性属性が無であり、魔法適性値は「なし」。属性に関しては、実際にそう言った属性があるのかもしれない。しかし、魔法適性値が「なし」と表記されたことに、黒江は混乱してしまった。
謎の声は先ほど、「皆さんの魔法適性値が500を越えるように調整することを許可なさいました。」と発言していた。その言葉を信じるならば、自分の適性値も500を越えていなければおかしいのだ。
ここまでならば、黒江も謎の声に対し自らの結果を声にしておかしいと叫んでいただろう。しかし黒江がそれをしなかったのは、とある理由があったからだ。
「(……一番おかしいのはロールだよ。ロール『魔王』ってどう言う事!? 僕人間だけど!? 第二の人生を魔王として過ごせって、意味わかんないよ! こんなの、他人に言える訳ない……。)」
黒江が一人でこの謎を抱え込んでしまっていたのは、自らに送られた「魔王」というロールのせいだった。人生の指標として設定されるものとして異質すぎる。この結果を知られるわけにいかないと判断した黒江は、先程から一人黙り込んでしまっていたのだ。
適当な嘘をついて、属性と適性値の不審点を指摘しても良かったかもしれない。しかし、謎の声が黒江のロールを知らないとは考えにくく、自らのロールをばらされてはたまったものではないのだ。属性と適性値が「魔王」というロールに関係していないとも言い切れない以上、迂闊に軽々しくものを言えなかった。
さらに、実は謎の声がこちらの心を読めるのではないかと期待し一人煩悶していたのだが、そのようなことはなかったようで、結局一人で悩むしかなかった。
「……ぃ。ぉーい。」
黒江が話を聞いた相手の結果がまともであったので、黒江の混乱もまた深まった。相手が真実を話している証拠はないが、嘘を言っている証拠もまたないのだ。それに、黄河に浩、そして健人が語った結果はとても本人に合っているように感じた。黒江は彼らの話した言葉は真実であると信じている。
「アカンわ。まーた自分の世界に入ってもうとるで。」
「……いつもの事とは言え、異世界でこの癖は大丈夫なのか?」
特に黒江を悩ませたのは黄河の語った結果だった。黄河とは中学生からの付き合いであり、黒江にとって一番付き合いの長い友人である。だからこそ、普段は口にしないが様々な面で意識する人物でもあった。
そして、そんな人物に与えられた結果が光属性で適性1000、更には「勇者」というロール。嫉妬しない方がおかしいだろう。
「どないしよか? 頭はたいたったらええんかな?」
「……やめとけ。」
「俺に任せろ。昔からコイツがこうなった時はな、こう……。」
黒江は悩んでいた。ここにいるメンバーになら、自身の結果を伝えてもいいのではないかと。しかし、「魔王」という言葉の重さに躊躇いが生まれる。
「(だって、『魔王』なんて明らかに人外じゃん。悪者じゃん。第二の人生の指標がそんなのだってバレたら……)」
「――帰ってこいやッ!!」
「うひゃうっ!?」
突如、黒江の熟考はわき腹から走る電撃によって中断させられた。思わず口から甲高い声が出てしまう。バッとその場から離れ背後を見ると、そこには両手をワキワキとさせてニヤリと笑う黄河がいた。
「おう、やっぱりまだわき腹は弱いままか。」
「ちょ、おま……、お、お前ー!」
涙目になっている黒江は素早い動作で黄河に近寄り、そのまま胸倉を掴んで黄河を前後に激しく揺さぶった。黒江はわき腹が弱く、そこを他人に触れるのを苦手としていた。他人にはそれを話す必要もなかったため誰にも話していなかったが、黄河はその付き合いの長さから弱点を知っていた。
「ぼ、僕がわき腹凄い弱いの知ってるだろ!? 何で、突然、ほんと、お前ー!」
「ご、語彙力が残念になってるぜクロちゃーん?」
へらへらと笑う黄河の顔に反省の様子は見えない。怒るだけ無駄だと悟った黒江はため息と共に黄河を解放した。
「ほんで、クロやんはどうやったん? 結果。」
「け、結果……。結果ね……。」
悩む黒江。全員の結果を聞いておいて、自らの結果を言わないのは不自然が過ぎる。本当の事を言うべきか、言わざるべきか。
「えっと、僕はね……。ロ、ロールが……、ま――」
「ま?」
「――『魔法剣士』!」
悩みに悩んだ挙句、黒江は嘘を吐いた。結局真実を話す勇気はなく、口からとっさに出た言葉は「魔王」と同じく「ま」から始まる「魔法剣士」だった。何故「魔法剣士」と言ったのかは黒江自身全く分からないが、果たして、吉と出るか凶と出るか。
「……へぇ! 『魔法剣士』か。お前剣道やってたもんな。いいんじゃね?」
「ええやん! しかもただの剣士やのうて『魔法剣士』なんやろ? めっちゃええやん。隠すこたないやんけ!」
「……うむ。お前もやっぱり自分にあったロールだな。属性などはどうだったんだ?」
黒江の嘘を、皆は疑うことなく受け入れた。黒江はその事に大きな安堵を覚えたが、同時に後ろめたさも感じる。しかしここまで受け入れられてしまった以上、もはや後戻りはできない。一つの嘘を隠すために更なる嘘を重ねねばならないのだ。
「ぞ、属性は闇でさ。適性値は、何か知らないけど黄河と同じで1000だったんだよね~……。」
結果、属性と適性値も偽りの結果を伝えることになってしまった。属性を闇と答えたのも適性値を1000と答えたのも、黄河の結果を意識したものだった。適性値という分かりやすい数値で黄河に負けるのは癪であり、そして属性が被るのもまた嫌だった。それ故の偽りである。
「……ほう、適性値が高いな。やはり『魔法剣士』だからなのだろうな。」
「でも属性闇かよ。まぁ、お前らしいっちゃあ、らしいな。」
「それどう言う意味だよ!?」
「腹黒やってバレとるんやない? いや冗談やって、ナハハ!」
黒江たちが雑談を繰り広げていると、背後に存在感のような物を感じた。謎の声が戻ってきたのだろう。皆が一斉にキョロキョロと辺りを見渡す。
『さて、お待たせいたしました。諸々の用意が終了いたしましたので、さっそく転生準備に移らせていただきます。』
「お、ようやくか。まぁ、向こうの世界でもしばらくはこのメンバーで活動してもいいかもな。どっか広い街でも見つけてな。」
「ええなぁ! せやったら俺、海沿いの街がええな。いや海があるかどうか分からへんけども。」
「……できれば、静かな街が良いな。」
「いいんじゃない? いきなり異世界で一人ぼっちってのも不安だしね。」
黒江たちが期待に胸を膨らませていた。気分としてはもはや修学旅行感覚である。しかし、異世界へ転生と言われてそのことを真面目に考えられるものなどそういないだろう。
しかし、そんな黒江たちの期待は、あっさりと崩れ去ることになる。
『盛り上がっているところ申し訳ありませんが、皆さんはそれぞれ別々の場所へ転生させていただきます。』
魔法の属性
魔法には10の属性があり、それらにはそれぞれ本質とも言うべき性質がある。光「放出」闇「吸収」火「消費」水「受流」氷「固着」木「増長」土「崩壊」雷「破壊」鋼「構築」風「移動」。属性魔法や固有魔法もこれらの性質に原則として応じるものとする。