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白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
第1章:エルフの隠れ郷・シドラ
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第38話

 シーラが尋ねた。クロエはその答えに指を一本立て、険しい表情のまま答える。


「……一分。一分は欲しい。」


 クロエの答えにシーラは一瞬だけ唇を歯噛みしたが、次の瞬間にはその口を無理やり笑みの形に変えた。


「いいよ、クロエちゃん。あたしがあいつを引きつける。」

「シーラ……。」

「あたしはクロエちゃんのこと、信じてるから。だから、クロエちゃんもあたしのこと信じて? 詠唱を終えるまでは、あたしを信じて詠唱に集中して欲しい。」


 その言葉は、誰が聞いても強がりであることが明白だった。シーラのナイフを持つ手が震えている。自分よりもはるかに大きく、攻撃が通じない相手に一分も時間を稼がなければならないのだ。苦戦は必須だろう。

 しかしシーラは、この場を乗り切るため、未だ数多くの敵と戦う仲間のため、そして何より自らの隣に立つクロエのため、死戦に自ら身を投じようと言うのだ。その覚悟を察せないほど、クロエは鈍感ではなかった。


「……わかった、信じるよ……、信じてるから。信じてるから、心配の言葉なんて言わないからね。」

「あはは、手厳しいなぁ。大丈夫だよ、別に殺されに行くわけじゃない。あいつを倒しちゃおうって考えてるぐらいなんだから−−、ねっ!」


 その言葉と同時にシーラが猛然とイビルワーム目がけ、吶喊しながら攻撃を仕掛けた。効果がないとわかっていてもナイフを振るい、敵の注意を一身に集める。イビルワームは知能が高くないのか、それとも他の獣物(ケモノ)らと同じように正気を失っているのか、シーラの方へ意識の全てを向けていった。


「(シーラ、その言葉は死亡フラグだよ……!)」


 シーラの残した言葉に一抹どころではない不安を抱えたクロエであったが、目の前で死力を尽くすシーラを放置することなどできはしない。両手を胸の前で握りしめ、意識を集中し、魔法の詠唱を始めた。


「『黒白・赦火・白銀の空よ・虚ろに満ちる我が血潮・満ち満ちて・前へ』」


 クロエの周囲に風の流れが生まれ始めた。その流れはクロエを中心とするように、緩やかな渦を巻いている。一方のシーラは、未だ猛然と敵に向かってナイフを振るい続けていた。反撃などさせぬとばかりに振るわれるその攻撃はイビルワームに対し大きなダメージを与えてはいなかったが、確かにその動きを止めていた。

 しかし、その苛烈な攻撃に対し限界の悲鳴をあげたのは、シーラ自身でもなく、そして敵のイビルワームでもなく、シーラが振るっていたナイフだった。イビルワームに対し苛烈な攻撃を叩き込んでいたシーラであったが、突然その武器であるナイフ二本が根元から砕けてしまった。呆然とした表情を浮かべるシーラ。その様子にクロエの集中が途切れかける。


「(そんな、シーラ……!)」


 しかしシーラは挫けなかった。折れてほぼ柄だけとなってしまったナイフをイビルワームに向け投げつけるや否や、その両手足でイビルワームに攻撃を仕掛け始めたのだった。その表情はもはや少女のそれではない。必死に生に齧り付く、獣の如き様相だった。

 だが、シーラがそこまでして戦い続けるのは、ひとえにクロエを信頼しているからに他ならない。クロエを信頼しているからこそ、後先考えず武器を投げ捨ててまで捨て身の攻撃を仕掛けられるのだ。

 一方のイビルワームは、大したダメージがないにしろ、無視できるほどではない攻撃の連続に鬱憤を募らせていた。シーラの動きは素早く、攻撃を当てて大人しくさせようにも当たらない。大した知能を持たないイビルワームであったが、それでもストレスを感じるほどにイライラを募らせていた。

 その均衡が崩れたのは、これまでの無理が表面化し地面のわずかな段差にシーラが躓いた瞬間だった。シーラは思いもよらぬことに気が動転し、受け身も取れず地に伏せる。そしてその隙を逃すような敵ではなかった。イビルワームは待ってましたと言わんばかりにその大きな口を開けると、疲労で足腰にうまく力の入らないシーラめがけ突進してきた。


「ッ——!」


 とっさに寮目を瞑るシーラ。流石にこの状況から逆転することはできないと諦めたのか、次の瞬間には襲い来るだろう痛みや暗闇を覚悟した。

 しかし、そんなシーラの横を駆け抜ける姿があった。クロエだ。


「『惑うな・逸れるな・我が身に従え・我が手より征く逸れ者』!」


 詠唱を行いながらシーラの横を走り抜け、シーラを飲み込まんと大口を開けて突っ込んでくるイビルワームの、その鋭利な牙の光る口に左手を添えた右腕を向けた。


「『虚ろの力よ・列為す奔流にその身を焦がせ』! 【虚空中魔法(オルネス)】‼︎」


 詠唱が終わり、クロエが突き出していた右腕にイビルワームが食らいつかんとしたまさにその時。クロエの右の手のひらから太い魔力の奔流が放たれた。冷たさを感じさせるようなその白銀色の魔力砲は、イビルワームの体をすっぽりと包み込んでいった。

 魔力砲は樹々を抜け、ジーフ樹海の上空に一筋の光を走らせて消えていった。後には何も残っていない。属性中魔法の威力としては高すぎるような気もするが、クロエの魔法への適性の高さゆえなのだろうか。

 魔力砲が駆け抜けていった名残、木の葉がヒラリと舞い落ちた。残されたクロエとシーラの二人はお揃いに地面に尻餅をついている。そして示し合わせたように同時に顔を合わせると、同時にプッと吹き出した。ひとしきり安心したように笑った二人は、一度大きく息を吐いて落ち着きを取り戻す。


「なんとかなったね、クロエちゃん。」

「うん。シーラのおかげだよ、ありがとう。」


 お互いに信頼し合った様子で笑い合う二人。すっかり争いの後の平和といった雰囲気がこの場を包み込む。このまま二人でお昼寝でもしかねないような、それほどまでに弛緩した空気だった。

 しかし突然、二人のちょうど中間地点のあたりにとある人影が舞い降りた。クロエもシーラもあまりに突然のことに言葉を失い、ただ呆然とその人物を眺めることしかできない。

 その人物は丈の長い外套をまとっており、ご丁寧にフードまできっちり被っていたせいでその全貌は要として知れない。ただ、外套越しのシルエットとその身長から、何となく男性であろうかとクロエは予測をつけた。

 謎の人物は自分の降りてきた頭上、そして周囲を見回すと、そこで初めてクロエとシーラに気がついたように少しだけ反応を見せた。クロエ自身その人物が敵か味方かもわからなかったので、警戒を強めも緩めもせずただ謎の人物を見つめていたが、一方のシーラは少し警戒を強めて腰を上げていた。


「アンタ、誰……? どうやってここにきたのさ?」


 シーラが警戒を前面に押し出した、刺々しい口調で謎の人物に話しかけた。しかし、謎の人物はその言葉に一切の反応を見せずだんまりを決め込むだけである。その様子にクロエもこの人物への不信感を高めた。無言のうちに【影操(カゲクリ)】を発動し、その右手に虚鴉(カラス)を装備する。

 謎の人物はまるでクロエとシーラの二人を品定めするかのごとく、見比べるように二人の方へ交互に顔を向けた。そして、警戒する二人を他所に少し考え込むような動作をした後に、小さな声で呟く。


「……こっちの方が、ええかもな。」

「は? おいお前、いったい何を−−」


 訝しげにシーラが声を上げた。無警戒にも謎の人物に一歩近づいてしまう。すると、その人物はまるで初めからそこにいなかったかのように消え失せた。いや、足元の木の葉が舞った様子から察するに、近くが追いつかないほどの速度で移動したらしい。二人が驚いて視線を周囲に巡らせる。


「クロエちゃん! 後ろ!」

「え−−」


 シーラの言葉にクロエが後ろを振り向こうとした。しかしその動きよりも早く、クロエの背後に移動していた謎の人物の手がクロエの口をその手に持っていた布切れのようなもので塞いだ。抵抗する間も無く、クロエは意識を失う。

 謎の人物はすかさず懐から怪しげな液体の入った小瓶を取り出すと、クロエの口の中へそれを流し込んだ。無意識のうちにクロエはそれを嚥下する。


「お、お前ッ! クロエちゃんから離れろ!!」


 シーラが迫真の勢いで謎の人物へ飛びかかった。武器も握らない手を握りしめるその表情は鬼気迫っている。しかしその体は空中で見えない壁に阻まれたように動きを止めた。そしてそのまま、見えない腕で投げ飛ばされたようにクロエとは真逆の方向に投げ飛ばされ、木の幹へ強かに体を打ち付けてしまう。


「が、は−−ッ!」


 地に倒れ伏し、それでも必死に顔を上げクロエの方へ視線を向けるシーラ。その視線の先では、クロエが喉を抑えて苦しそうに咳き込み体を震わせていた。


「う……、ゴホッ、ゴホッ! がッ、あ……!! ぐ、ぅ……ッ!!」

「ク、クロエ……、ちゃん……!!」


 シーラが悔しそうな声でクロエの名を呼んだ。本当ならば今すぐ立ち上がり彼女の元へ駆け寄りたいが、先ほどと今のダメージで立ち上がることの叶わない。

 シーラが見つめる中、クロエはひとしきり苦しむ様子を見せた。いつのまにか謎の人物はその姿を消している。すると、あるタイミングで突然クロエが静かになった。だらりと腕は投げ出され、まるで死んだかのようである。


「ま……、まさか、嘘でしょ……? ちゃん……、クロエちゃん!」


 シーラが焦った顔で叫びを上げた。地を這ってクロエの元へ向かおうともがく。するとその願いが届いたのか、クロエの指先がピクリと動いた。続いてクロエはゆっくりとした動きで上体を起こすと、そのまま立ち上がる。


「あ……、よ、良かった……!」


 シーラが嬉しそうな表情を浮かべた。しかしすぐにその表情は不審そうなものに変わる。立ち上がったクロエだが、倒れ臥すシーラに駆け寄るでもなく何をするでもなく、ただぼーっとある一点を見つめていたのだ。それだけでも十分不審だが、シーラが口を噤んだのはそのためではなかった。


「(な、何この……、雰囲気……。いつものクロエちゃんじゃない……?)」


 クロエから感じる異様な雰囲気に、シーラは額から汗を垂らし押し黙った。その間も様子のおかしいクロエは無言で一点を見つめ続けている。しかし、時間にして数秒だろうか、少し時間が経ったのちに突然その口を笑みの形に釣り上げてボソリと呟いた。


「……なるほど、そちらか。」

「え……?」


 シーラの声にも反応せず、クロエはフワリと浮き上がると樹々を縫うようにして先程から見つめていた方向へ飛んで行った。それはクロエが使えないと言っていた魔法の一種、【浮遊(フロート)】である。その事に驚きを覚えつつも、シーラはとあることに気がつきその体を起こそうとする。


「だ、ダメ……。そっちは、みんながいる方向……! クロエちゃん、何しに、行くの……⁉︎」


 痛みを覚える体に鞭打ち、シーラはやっとの思いで立ち上がる。そして、落ちていた木の枝を杖に、ふらつく足取りで飛んで行ったクロエを追いかけるのだった。


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