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白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
第1章:エルフの隠れ郷・シドラ
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第35話

 そして場面は冒頭へと戻る。

 音が響き渡っている。獣の咆哮、鳥の(つんざ)き、そして悲鳴。まさに狂乱の様相を呈す中、一人の少女、クロエが叫びを上げながら戦っていた。

 手にした漆黒の打刀を、まるで重量を感じさせない速度で振るう。風切り音と共に、獣の首が飛び、血飛沫が舞い、命の灯が消え去っていく。達人とは決して言えないぎこちなさで振るわれる刃はまるで闇夜のように暗く、少女の白い髪と踊る血飛沫と相まって幻想的な怪しさがあった。

 まるで現実味がない風景。しかし、クロエの表情には恐怖があった。感じる恐怖は、自らの命の危機か。もしくは命を奪う事への恐れか。

 少女は叫ぶ、刀を振るう度に。そして少女の周囲でも、戦う人物、サラとミーナがいる。それらの人物は少女よりも戦い慣れているらしく、自らの周囲の敵と戦いながらも少女へ心配そうな視線を送っていた。しかし当の少女はその視線に気づく余裕はない。


「ハァッ、ハァ……ッ!!」


 荒い息、肩を上下させ必死に呼吸を整える。刀を正眼で構え獣たちを睨みつける少女は、無意識にこれまでの事を思い返していた。走馬灯のように駆け巡る記憶は、マイクロバスが転落する少し前から、現在の戦いに至るまで。シドラに来ての数ヶ月間の間ですっかり記憶の波に埋もれてしまっていた懐かしき記憶が、今や早送り映像のようにクロエの脳内を駆け巡っていたのだ。


「はっ、はっ……! くそ……っ!」


  悪態をつきながらもクロエは飛びかかってきた犬のような獣物(ケモノ)に刀を突き立てた。脳天に突き立てられた黒刀虚鴉(カラス)は、硬い獣物(ケモノ)の頭骨を卵の殻の如く割り切る。しかし、獣物(ケモノ)が絶命に倒れ臥すと同時に、クロエの手元から刀が抜け落ちた。握力の限界が近かったらしい。


「あ……っ!」


  とっさに声を上げるクロエだったが、その隙を逃す敵ではなかった。先ほどクロエが倒したのと同じ獣物(ケモノ)がもう一匹、無手となったクロエの背後からその華奢な首筋を噛みちぎらんと襲いかかる。


「か、【影操(カゲクリ)】、虚腕(カイナ)ぁ!」


  クロエはその強襲になんとか反応し、右腕を顔の前へ掲げた。その動きに連動し、クロエの足元から立ち上がった虚腕(カイナ)が襲い来る獣物(ケモノ)の眼前を阻む。獣物(ケモノ)はとっさに目の前の黒い物体に食らいついた。しかし、反応がないと悟り口を開こうとすると牙が外れない。いつのまにか顎が開く限界まで食らいついた虚腕(カイナ)が太くなっていたのだ。


「あっち……、行けぇっ!」


  駄々をこねる子供のような叫びをあげて、クロエが腕をふりまわした。その動きにも連動し、虚腕(カイナ)が縦横無尽に振り回される。動線上の動物や獣物(ケモノ)は弾き飛ばされ、関節や骨格が面白おかしい方向へ捻じ曲がった。そして食らいついていた犬の獣物(ケモノ)は、いつのまにか首から下が千切れ無くなっていた。頭に残っていた血液が、千切れた首の断面からぶちまけられる。


「はぁっ、はぁっ……。」


  周囲の敵を一掃した形となったが、それでもその空白はすぐさま新しい敵で埋められた。本来ならば、このような惨劇を目の当たりとすればいくら知恵なき動物といえど恐れをなし逃げ出すようなものではある。しかし、襲い来る動物や獣物(ケモノ)は皆正気を失ったようであった。例え自らの腕や足がなくなろうと、死ぬまで目の前の獲物を殺すまで動き続けるだろう。


「(くそっ! なんて数なんだ。こんなんじゃキリがないよ……。どんだけ殺しても、後から後から新しいやつが来るし……。今のボクじゃここら辺の敵を一掃できるほど大きい物は作れない。そんな事できる自信もないし……。なんで、なんでこんな事に……⁉︎)」


  意気揚々と戦いに挑んだクロエであるが、最初の方こそ無双に近い状況で敵を圧倒していた。しかしその戦いが五分十分と続くにつれてクロエの顔からは余裕がなくなり、そのかわりに焦燥と疲労が顔を出すようになった。

  いくら【影操(カゲクリ)】で作り出した物体がクロエに重量を感じさせないとしても、腕を振るうだけで人は疲労を感じる。それが戦いという命の瀬戸際でのやり取りならば、疲労と緊張は更に増す。

  クロエは一言で言えば油断していた。その油断はひとえに戦いを経験していないが故のものであった。また、それとは他に別の油断もあった。


「(何で、こんな敵に苦戦するんだ……⁉︎ ボクは、ほぼ無限の魔力を持っていて、無敵みたいな魔法が使えて……。なのに何で⁉︎)」


  クロエは、自身が最強に近い存在になったと勘違いしていた。生前に読んでいた小説では、規格外の力を与えられた主人公が雑魚敵をなぎ倒していた。そしてクロエにも同じく、規格外の力が与えられていた。これだけの素材が集まれば、自身がその主人公のような存在なったと勘違いしても仕方がないだろう。

  しかし世界は残酷で、そして現実的であった。どれだけ一人が特別な力を持っていても、それは数の力には敵わない。一人の英雄は名もなき民衆に殺されるのだ。クロエが刃こぼれも知らぬ空気のような軽さの刀を振るい続けても、それで倒せる敵は一体が関の山。強力無比()つ巨大な腕で数体を圧倒しても、敵は全方位から襲い来る。今やクロエの全身には細かな傷がついていた。その傷がより大きな傷に、そして致命傷になるのも時間の問題だろう。


「(ボクは……、ボクは、思い違いをしていた? すごい力があれば無敵だと思っていたのに、結局はこんな程度なの……?)」


  クロエの心に絶望が広がっていく。多少特別な力があったとしても、所詮それは個の力。数の暴力を覆すほどの力など、今のクロエにはありはしなかった。今まで心にあった自身の実力への自信が瓦解していく。まさに鼻っ面をへし折られた心持ちであった。

  だが、そんなクロエの心境を察して攻撃をやめるような相手ではない。むしろ、精彩の欠け始めたクロエの攻撃の隙を嬉々として突いてくる。クロエは極度の疲労と精神的圧迫と痛みに晒されながらも、敵からの攻撃を何とか凌いだ。凌ぐのが精一杯なのだ。最初の方こそ敵を薙ぎ倒す勢いがあったが、魔力は無尽蔵に近くとも体力はその限りではない。

  そんなクロエの様子をサラとミーナはしっかりと把握していた。しかし、それであっても助けにいけないのは、それだけ敵の攻勢が苛烈である証拠である。

 ミーナは戦い慣れた様子で敵を殲滅していたが、それであっても所詮は個の力である。むしろ、クロエの元へ向かおうとする敵を率先して片付けていてようやくこの状況だった。これ以上は望むべくもない。サラは少し離れたところから敵を矢で倒していたが、それにしても限界というものはある。自身の身も守りながら、クロエとミーナの援護もする。それは見た目以上の負荷であり、サラは額から滝のように汗を流しながら目を血走らせていた。

 防戦一方。その言葉がふさわしい状況で、クロエはただひたすらに目の前の敵を倒し続けていた。今やその両手は返り血で真っ赤である。先ほどから武器を何度も取り落としていたのはこのためであった。ただでさえ疲労で腕に力が入らないのに、余計な力ばかりが必要となる。

 全てが悪循環に陥っている。そんなことが頭をよぎるほどクロエは追い詰められていた。いっそ諦めてしまえば、もう戦うこともないのだろうか。クロエはとんでもないことを考えてしまった頭を左右に振り、新しく飛びかかってきた敵を生成した虚腕(カイナ)で殴り飛ばした。


「はっ、はっ、はっ……! キリが、ない……っ!」


 荒い息とともに文句を垂れるが、それに応える余裕があるものはこの場にいなかった。全員が目の前の敵を倒すことに注力せねば、その余波が他の誰かを襲う。終わりが約束された繰り返しが続く。その事実を意識しまいと戦いに集中するクロエだが、倒しても倒してもキリがなく、減るどころか増える一方の敵の群れに焦燥ばかりが募る。


「くそっ、くそっ……! やだ……、もういやだ……!」


 とうとうクロエの口から明確な弱音が吐き出された。終わりのない戦いも、目の前で命が散っていくのも、自らの命の危機も。その全てが現代日本で二十年以上生きてきたクロエにとって、許容し難い苦痛だったのだ。

 弱音を口にしたことで、全身に力が入りづらくなったのをクロエは自覚した。元々鈍っていた動きだったが、さらにキレがなくなっていく。ただ横へ移動するだけの動作に、足が覚束ない。息は更に上がり呼吸が苦しくなってきた。そして、


「ぁがっ……!」


 正面から飛びかかってきた猫のような獣物(ケモノ)を斬り倒した直後、クロエは背後に迫っていた敵に力強く背中を殴られてしまった。大きく二メートルは吹き飛び、地面へ叩きつけられ、体が転がり、土と草まみれとなる。口に入った土を吐き出しながら見上げると、そこにいたのは先程城門を破壊したゴリラのような獣物(ケモノ)だった。

 全身に力を込めて立ち上がろうとするクロエだったが、突如として背後から攻撃を食らった余波だろう。頭がふらつき立ち上がることは叶わなかった。それを察知したゴリラの獣物(ケモノ)は、ゆっくりとした動作でクロエに近寄る。敵の手が届くような距離に近付くまで、クロエは何もできずただそれを血と涙でぼやけた視界で眺めることしかできなかった。

 獣物(ケモノ)がその太い両腕で自身の胸を叩く。牙よりも爪よりも、その大きく太い腕による打撃がこの獣物(ケモノ)の最大の武器である。獲物の憔悴を悟り、自らのしょうりを自覚し、けりをつけようとしている。つまりは、クロエを殺そうとしているのだ。クロエはなんとか逃げようと足掻いてみるが、結局立ち上がることはできなかった。


「クロエさんッ! 起きて!」

「クロエ様!」


 サラとミーナがクロエの名を呼んだ。二人は何とかクロエの救助へ向かおうとしているものの、今までクロエが相手にしていた分の敵がそれぞれなだれ込んできたため、今まで以上に身動きが取れずにいる。それでも必死にクロエの元へ向かおうと尽力する二人の姿は、それほどまでにクロエのことを想っている何よりの証左だった。


「(……そっか、ここまでかな。)」


 ぼやける視界の端にそんな二人の姿を捉えたクロエは、心の中で覚悟を決めた。ここで自分が二人の足を引っ張ってしまうのならば、自分のような枷はなくなった方がいい。首をひねり二人の元へ顔を向けたクロエは、声にならない声を絞り出した。


「ぁい……、が、……と。」


 クロエの口の動きからクロエが何を言ったのかを察した二人は、その表情を大きく変えた。それはクロエが今まで見たことのない二人の表情だった。


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