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白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
第1章:エルフの隠れ郷・シドラ
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第32話

 クロエがエルフの隠れ郷・シドラに滞在を始め、数か月が経った。クロエはすっかりサラやミーナ、シーラを始めとしたこの国の皆と親交を深め、今やこの異世界での暮らしが日常となりつつあり、前世での生活が思い出となりつつあった。

 特に、生活の場が大長老サーシャの居宅であるからこそだが、アレクサンドリア一族のダークエルフの皆との親交の深まりは深く、今では気軽に冗談を言い合うような仲となっていた。もはや家族と言っても過言ではないだろう。

 同世代のシーラは屈託なく話し合えるまるで年の近い姉妹のようになった。優しく接し、そして時に共に笑い合うサラは姉のように感じられた。一歩距離を置いて時に厳しく、しかし優しく見守るミーナやサーシャは母に近いような存在のようだった。族長のゾーンは主に戦闘訓練の師匠であったからか、厳しくも優しく豪快で、まるで父の様であった。

 様々な事を学び、様々な経験を得て、様々な思い出を胸に。そして今やクロエはこの国周辺の動物や獣物(ケモノ)とも渡り合えるほどに、戦い方を習得していた。初めての戦闘の際は命を奪うことに尻込みし、危うく命の危機に陥り、その日の夜は恐怖で一睡もできなかったクロエだが、もはやそんなことは想像もできないほどに経験を積んでいる。シーラと共に国外警備に出かけることもあるほどだ。

 そして、数か月前にその才能の片鱗を見せた魔法はすでに固有魔法を習得するに至っている。転生者(ピース)である事を加味しても一風変わった固有魔法だったが、クロエは日々自身の魔法を使いこなすべく訓練を怠らなかった。完璧とは言いがたいものの、その扱いは立派なものであった。

 そんな日々の中で、今やクロエは幸福を感じていた。転生した直後こそ、訳の分からぬ事態を背負わされ女にさせられ命の危機に瀕しと急転直下怒涛の展開に天を呪ったが、今ではそれらの恨みは薄れているほどだった。「この日常が続くなら、こんな日々もいいな」と呑気な考えに浸っていた。

 しかしそんな日常は、唐突に終わりを告げる。終焉のラッパとなったのは、赤の大陸南部のジーフ樹海の上空、そこに滞空する謎の人影の会話だった。


「……さて、時間だ。さっそく実験を開始しよう。」


 神経質そうな声色で静かに声を発したのは、白衣に身を包んだ研究者風の男だった。彼はボサボサの長髪が風に吹かれるのも構わず、そして落ち着きなく自身の手をこすり合わせていた。


「……おい、はやく『アレ』を出せ! 私が実験を始めると言ったんだぞ!? 『アレ』を出すのが当たり前だろう!?」


 突然男は怒りを孕んだ声を上げた。とても唐突で脈絡のない怒り。しかしそれは男の中では当然の過程を経てはじき出された正当な怒りだった。しかしそれが他人に伝わる事はない。


「申し訳ありません、異端者(ハエレティクス)様。すぐにご用意いたします。」


 怒りの声を向けられたのは、異端者(ハエレティクス)と呼ばれた男の前にいた人物だった。その人物はフードのついた長いローブを身に纏っており、詳しい人となりが明らかではない。推測できるのは、おおよその体格と声色から男性であろうという事だけだ。

 彼はこの世界の人類共通語で軽く謝ると、身に纏ったローブの内側からその内部に見合わない大きさの金属ケースを取り出した。例えるならゼロハリバートンのジェラルミンケースのような、とても丈夫そうな外見のケースである。

 彼はそのケースの留め具を外し、その中から蓋のついたガラス瓶を取り出した。中には半透明の液体が満ちている。見た目だけはただの液体だが、明らかに危険そうな雰囲気だ。例えるなら、劇毒の透明感とでも表せるだろうか。

 異端者(ハエレティクス)はその瓶をひったくるように半ば奪い取ると、まるでアルコール中毒者が酒瓶を眺めるように愛おし気な目でそれを見つめている。次の瞬間にはキスでもしそうな勢いだ。


「フヒッ……、ヒッ、フヒヒヒッ!! これだこれだこれだ、これだよッ!! あぁ、愛する私の研究作品よ! 楽しみだ、一体どんな結果を見せてくれるんだい? ヒャハッ、アヒャハハハッ!!」


 狂ったように笑うその姿は、まさにマッドサイエンティストさながらである。しばらくの間狂ったような笑いは続いたが、急にピタリと笑いは止んだ。そして、男は無表情で瓶を顔の高さに掲げると、その蓋に手をかける。


「――さて、実験開始だ。記録はしっかりとってくれたまえよ?」

「……かしこまりました。」


 男は瓶の蓋を開けると、その中身を無造作に眼下、ジーフ樹海へとばらまいた。液体は空に舞い、霧散し見えなくなる。だがそれは決して消えたわけではない。しっかりと液体は大気に溶け込み、そしてジーフ樹海に住む動物や獣物(ケモノ)、魔物にも届く。

 異端者(ハエレティクス)とローブの男はそれを見届けると、まるでそれが自然であるかのように空中に手をかけた。そして垂れ幕をどかすように手を動かす。すると、突如としてその場所はガラスが割れたかのようにひび割れた。二人はそのひび割れの空間に足を踏み入れ、姿を消す。二人が姿を消すと、そのひび割れは存在しなかったかのように消失した。残されたのは、ただ広がる青空。これから起こるであろうことを感じさせない、どこまでも呑気な青空だった。











 太陽が天頂に差し掛かる昼下がり。クロエとサラ、そしてミーナはシドラの市場に来ていた。普段は指定された業者が大長老の屋敷に直接食料などを搬入するためこのように買い出しに行くことはないのだが、この日に限ってはとある事情があり三人連れ立って買い物に来ていたのだった。

 その事情とはずばり、シーラの誕生日であった。まだ生まれて十数年しかたっていないシーラの誕生日は、シーラ自身を含め皆が心待ちにしていた日だった。

 その事をほんの数日前に知ったクロエだったが、何分急だったためプレゼントの用意などできていなかった。無論、贈り物が全てではないとは分かっているが、それでも何かを贈りたいという気持ちは強い。

 どうしようかと悩むクロエに救いの手を差し伸べたのはミーナだった。彼女は悩みこむクロエに対し、「料理を作ってさしあげるのは如何ですか? 異世界の料理など滅多に味わえない逸品、ふるまわれて喜ばないはずはないでしょう」と言ったのだった。クロエもこの提案に興味を惹かれ、サラも誘い一同買い出しに出かけたのだった。


「それで、何を作るんですの? 私も異世界の料理を見た事がないので楽しみですわ。」


 クロエの隣を歩くサラが、楽しそうにクロエへ尋ねた。クロエとこうして郷を歩くのは久しぶりであるサラである。その足取りも踊っていた。


「そう、ですねぇ……。この国はお肉がないので、それ以外の材料を使おうと思ってるんですけど。」


 クロエが考えながら口を開く。前世においては人並みに料理のできたクロエだったが、この異世界で同じ料理ができるとは考えていなかった。取りあえずは、市場の品ぞろえを確認して判断しよう。そう考えていた。


「肉、ですか。確かにこの国では流通しておりませんね。外で狩ってきても良いのですが、シーラは食べた事がないので避けるのが無難でしょう。」


 ミーナが助言を口にする。エルフの隠れ郷・シドラでは肉食の文化がない。魚は出回っているが、それだけだ。森精族(エルフ)のほとんどが肉を口にしたことがない。


「『シーラは』って……、シーラ以外は食べたことあるんですか?」

「アレクサンドリアのダークエルフのほとんどは経験があります。まだシドラに迎え入れられる前ですが、動物や獣物(ケモノ)を狩って食さねば飢えを凌げませんでしたから。いまでも国外警備に出る者のなかには、その味が忘れられず警備の休憩時間に狩りを行い肉を口にする者もおります。」

「私は、食べた事ないですわ。興味はありますけれど、野菜や木の実、魚で事足りるのにわざわざ動物たちを狩るのは忍びなくて……。」


 サラの表情が少しだけ曇った。肉食文化がない者にそれを勧めるのは、それこそ要らぬ世話と言う物だろう。クロエは改めて食材に肉を使わないことに決めた。


「(でも、何を作ろうかな……。まぁ、魚を使うのが無難だろうね。取りあえずは市場市場、っと……。)」


 クロエたち三人はたわいもない会話をしながら、シドラの中心部から外れていく。目指すは中心からやや外れた位置にある市場だ。シドラは広大なジーフ樹海の中にあるとはいえ、森を切り拓きはせず自然と共存する形で存在する国である。なので、国家面積はそう大きくはない。それ故に商業施設は国唯一の市場に偏っている傾向にあった。

 すっかり見慣れたシドラのツリーハウス群を横目に、すっかり着慣れた少女らしいワンピースを身に纏ったクロエが歩く。楽しく会話しながら歩いていたためか、市場はすぐ目の前まで迫っていた。


「(さぁて、魚にするのは決まったけど、どんな魚があるかな。いつも食堂で食べるのは白身っぽいものだけど、赤身の魚とかあるのかな?)」


「えっと、じゃあサラさん、ミーナさん。取りあえず魚を見に行きたいんだけど――」


 ――カン!! カン!! カン!!


 クロエがそう言ったその時、突然郷の全体に、まるで警鐘のような鐘の音が鳴り響いた。本能的に委縮し、不穏な気配を感じさせる音だ。叩いているであろう鐘を割らんばかりに鳴り響く鐘の音に、クロエは思わず身を縮こませた。


「わ、ちょ……っ! な、何なんですか?」


 そのあまりの音に両耳を手でふさいだクロエが、誰に言うともなく疑問の声を上げた。誰に言うともなくと言ったが、今現在はサラとミーナと共に出かけているのである。どちらか一人がこの疑問に答えてくれることを無意識に期待はしていた。

 しかし、無意識の期待を胸に顔を上げて二人の顔を見たクロエは、思わず耳を塞いでいた手を緩めてしまう驚きを得た。視線の先にあった二人の顔は、クロエがこの数か月で見た事もない表情だったのだ。とてつもない危機を前に焦りに身を焦がすような表情と言えば伝わるだろうか、二人とも鈍い汗を額に垂らしている。


「ど、どうしたんですか……? この音って、なんか意味があるんですか?」


 クロエの問いに、二人はすぐに答えなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。明らかに動揺している表情を浮かべた二人に対し、迅速かつ適切な反応を求めるのは無茶であろう。


「……申し訳ありません、クロエ様。これは……、この音は第一級警戒事態発生の警報です。私も初めて聞きましたので少し戸惑いましたが……。」


 サラよりも先に正気に戻ったミーナが、クロエの問いに答えた。第一級警戒事態発生。その言葉の正しい意味は分からなかったクロエだが、感じられる危機感はその鳴り響く鐘の音と相まってすさまじい。


「いったい何が起きますの……!? 第一級警戒なんて、それこそどこかの国が攻めてきたって言うレベルですわよ!?」

「まさか、ジーフ樹海を抜けてこの隠れ郷を攻めるなんてことはなさそうですが――、ッ! お待ちくださいお嬢様! 【魔力念話(テレパス)】が届きました!」


 ミーナのもとに【魔力念話(テレパス)】による念話が届いた。ミーナは片手を耳に当て、集中して音を聞く体制を取る。そしてミーナは自身に届いた【魔力念話(テレパス)】を自信を媒介にし、サラとクロエにも届けられるように同じ【魔力念話(テレパス)】で仲介した。


『……ナ! ミーナ! 聞こえるか!?』



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