表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
第1章:エルフの隠れ郷・シドラ
23/48

第23話

 子を持つ母とは思えない色気に、クロエは思わず視線をそらした。同性であっても色気を感じてしまうほどに先ほどのサーシャの姿は婀娜っぽかったのだ。からかわれていることを分かっていても上手く言葉を返せないクロエである。


「ボ、ボクは別に……。別にそう言う事に興味ないですし……。」


 何とか言えたのはその程度の言葉だった。サーシャはそんなクロエの初々しい反応に機嫌を良くしたのか、終始ニコニコとした表情を浮かべている。

 一方のクロエは、サーシャが逆立ちしても叶わない相手であることを認めていてもからかわれている事は当然面白くないので、少し拗ねたように口をとがらせていた。そんな様子もまたサーシャを喜ばせるだけである事をクロエはまだ知らない。


「さて、と。ちょっと長くなっちゃったわね。サラちゃんのところに行きましょっか。これ以上クロエちゃんを独り占めしちゃうと、あの子拗ねちゃうわ。」


 そう言ったサーシャはクロエを手招きすると、部屋の扉を開けた。クロエもサーシャの後に続いて部屋を出る。そしてそのまま二人連れだって廊下を歩き、階段を登り、とある扉を開けた。

 扉の先は、いわゆる展望テラスのような場所だった。大樹の幹の一角に生えた巨大なキノコの傘の上である。そこには転落防止の柵の他、いくつかの机と椅子が置かれていた。そしてその一つに、目的の人物が座っている。


「あ、やっぱりここにいたのね。サラちゃん、ここ好きねぇ。」

「国の中で、星空をきれいに眺められる場所はここぐらいですもの。それにしても、遅かったですわね。まさかお母様、クロエさんに何か変な事でも……。」

「ひっどーい! サラちゃんそれ偏見よぉ!」


 サラがサーシャに向かって訝し気な視線を送る。サーシャは口をとがらせて抗議していたが、先程の会話を知っているクロエからすればサラの言葉に頷かずにはいられない。

 ふと、クロエはサラの隣に立つある人物に気が付いた。それは、この建物に入り何度も目にしたダークエルフと同じ特徴を持つ人物であった。褐色の肌、大長老よりも高いであろう身長、先端の薄紫と銀に近い色の髪は、右目の部分だけ長くのばされており顔の半分が隠れている。その容貌はかなり整っており、エキゾチックな大人の女性と言った形容が適する。

 だが、そんな街で出会おうものなら振り向き目で追う事間違いなしの美貌の持ち主の女性だが、クロエはその容姿よりもとあるものに目が引かれ離せないでいた。それは彼女の特徴的な容姿をもって尚、目を引くものだったのだ。


「(な、なんで……。何でメイド服を着てるんだ?)」


 そう、その女性はメイド服に身を包んでいたのだ。クロエがこれまですれ違ってきたこの建物の使用人らしき人々は皆、シンプルなデザインの統一された服を着ていた。おそらくそれが制服のような物なのだろう。

 しかし、サラの隣に立つその女性は、何故か一人メイド服を着用していた。メイド服と言ってもフリフリの可愛らしいデザインではなく、華美な装飾のないロングスカートのヴィクトリアンスタイルである。それがまた、不思議とその女性によく似合っていた。


「(……ん? あれ? この世界にもメイド服ってあるの? いや、あってもいいけど、この人はなんでそれを着てるんだろう……。)」


 クロエが黙りこくって女性を眺めていたのを、サラとサーシャは見知らぬ人物がいることへの警戒のような物だと捉えた。その小動物めいた反応に微笑みながら、その女性の隣のサラが口を開く。


「クロエさんは初対面ですわね。こちらは、この家でお母様の秘書兼身辺警護長を務めてます、ミーナですわ。」

「お嬢様、メイドを忘れられては困ります。」


 妙なこだわりを見せたミーナと紹介された女性は、一歩クロエの方へ歩みを進めると、スカートの両端を軽くつまみ深々とお辞儀をした。クロエもつられて礼を返す。


「ご紹介にあずかりました、ミーナ・アレクサンドリアと申します。お気軽にミーナとお呼びください。クロエ様の事は先ほど、お嬢様より伺いました。どうぞよろしくお願いいたします。」

「は、はじめまして……。クロエです。」


 頭を上げた女性は、丁寧な言葉づかいで自己紹介をした。クロエも自己紹介を返したいところではあるが、とっさには名前程度しか出てこない。緊張しているのだ。しかしミーナはそのクロエの反応を好意的に捉えたらしい。ニコリと口元に笑みを浮かべた。


「お嬢様からお伺いした通り、とても丁寧な方でいらっしゃいますね。ですが、そう畏まらないでください。大長老様がこうして連れてきてくださったという事は、クロエ様は正式にシドラの客人として認められたという事。私はお世話する立場ですから。さ、そのような場所に立ちつくされては疲れましょう。こちらへどうぞ。」


 ミーナはサラの向かいの席を引き、そこへクロエを促した。誰かに椅子を引いてもらいエスコートされるという経験のないクロエは、「あ、どうも……」と言ってそそくさと席へ向かう事しかできない。席へ座ろうとしたクロエの邪魔にならない程度に、ミーナは椅子を押した。このような気配りは、まさに使用人の鑑と言えるだろう。

 そして次にミーナは、サーシャの下へ向かった。そしてサーシャに手のひらを差し出す。サーシャは差し出された手を取ると、ミーナのエスコートに沿ってクロエたちの座る席に座った。


「少しお待ちください。今、お茶を用意して参ります。」


 ミーナはそう言って一礼すると、扉を開けて室内へと戻っていった。まるで高級ホテルのレストランも斯くやのシーンの連続に、クロエは落ち着かない様子できょろきょろとしていた。サラとサーシャは平然としているが、クロエは日本にいた頃も平凡な一般庶民であったのだ。このようなもてなしに一切慣れていなかったのである。


「それで、お母様。クロエさんとはどんなお話をしていましたの?」


 サラが沈黙を破り、サーシャに質問を投げかけた。やや詰問するような雰囲気を含んでいたのは、母娘同士の気安さもあるのかもしれない。


「やん、サラちゃん怖い。別に変な事はしてないわよ? クロエちゃんにこの国に来るまでの事を聞いていただけよ。」

「本当ですの?」

「本当よぉ。ね、クロエちゃん?」


 サーシャがクロエに半ば助け舟を求めるような形で会話を振って来た。いきなり会話の矛先を向けられたクロエは「ビクッ」と身体を跳ねさせて驚く。まさか自分に会話が振られるとは思いもよらず、満天の星空を眺めていたからだ。


「え、あっ、その……、そ、そうですね……。」

「クロエさん、遠慮することはないですわ。為政者は民衆の批判を聞くのが仕事なんですもの。ねぇ、大長老様?」

「間違いないわ。でも、謂れのない批判はお断りよぉ?」

「あっ、えと、……あぅ。」

「――お二方、お客人をからかうのはほどほどになさってください。」


 クロエが困っていたところに助け舟がやって来た。手に持ったお盆の上にティーポットのような物とカップを載せたミーナである。ミーナはテキパキと、そして静かな動作で三人の前にカップを置くと、順にポットのお茶を注いだ。

 カップから薫る香りがクロエの鼻孔へ届く。それは先ほどクロエがサラの家で飲んだお茶とはまた異なるものらしく、クロエは初めて嗅ぐその香りに興味を惹かれカップを持ち上げ、中身のお茶をしげしげと見つめた。


「ジーフ樹海で採れるハーブをブレンドした、私特製のお茶でございます。お口に合えばよろしいのですが……。」


 カップの中身を注視するクロエの様子を見たミーナが、お茶の説明をした。クロエは「へぇ……」と相槌を返すが、その内心では焦りを得ていた。


「(しまった、出されたものをじっと見つめるなんて失礼だったかな。……二人とも普通に飲んでるし、大丈夫でしょ。)」


 チラと二人の様子を盗み見たクロエは、若干慌てた様子でカップに口を付けた。口に広がる風味はまろやかで、心が落ち着く味である。元々適温まで冷まされていたらしく、急いで口に含んだクロエであっても火傷などはしなかった。


「ミーナのお茶はいかがかしら? これでもミーナのブレンドは門外不出で守ってる私のお気に入りなのよ。」

「すごい……、美味しいです。香りは初めてですけど、味はボクのいた世界にあったお茶にちょっと似ていて……。飲みやすいです。」

「ありがたいお言葉、頂戴いたします。」


 ミーナが軽くお辞儀をする。その軽い動作一つであっても洗練されており、クロエの中でミーナに対する評価がまた上がった。

 そしてクロエの尊敬を集めているミーナは、使用人らしくサーシャの背後で立って待機していた。その姿もまた凛としており、クロエの想像するカッコいい大人の女性像そのものであった。


「ねぇ、ミーナ。」

「はい、ご用でしょうか?」

「ちょっと、あなたを含めてお話がしたいの。椅子を持ってきて座ってくれないかしら?」


 ミーナはサーシャの言葉に、少し表情に変化を見せた。しかしそれ以上取り乱すことはせず、ただただ冷静に言葉を返す。


「……お言葉ですが、お客人もいらっしゃる前で使用人と主人が同席いたしますのは流石に……。」

「あら、他の誰でもない私が言ってるのよ? ミーナ、構わないから座りなさいな。」

「……かしこまりました。」


 ミーナは近くの椅子を持ってくると、「失礼いたします」と断って椅子に腰かけた。一般庶民であるクロエにとってみれば何ら不自然ではない光景だったが、ミーナはやや申し訳なさそうな表情をしている。


「ごめんなさいね、ミーナ。確かにあなたの言う通り、お客人がいる前であなたにこのような行動を取らせるのは、礼儀を重んじるあなたにとって酷だったかもしれないわ。でも、ここにいるクロエちゃんは転生者(ピース)よ。あなたに対してそんな偏見は持たないわ。それに、完全な部外者って訳でもないのよ?」


 サーシャの言葉に、サーシャ以外の三人は不思議そうな表情を浮かべた。サーシャの示す言葉の意味が理解し切れていない様子である。サーシャは少し楽しそうな笑みを浮かべた。


「じゃあ、一から説明していこうかしら。まず、クロエちゃんについてだけど……。サラちゃんはある程度知ってるわよね?」

「ええ、クロエさんからある程度は伺いましたわ。」

「じゃあ、知らないのはミーナだけね。詳しくは後からおいおい説明するとして、簡単に言うわ。クロエちゃんは転生者(ピース)なのよ。元々は男性で、向こうの世界で乗り物の事故に遭ってイグナシアラントに転生させられたらしいわ。」

「えっ――」


 サーシャの説明に驚きの声を上げたのは、ミーナではなくサラだった。先ほどクロエからある程度の事情を聞いたと自ら発言したはずであるのに、サーシャの説明に驚きの声を上げたのは何故か。その場のサラを除く三人が同じ疑問を抱く。


「ん? どうしたのかしら、サラちゃん。何かおかしなこと、お母さん言ったかしら?」

「あ、いえ、その……。ク、クロエさんは、元、男性でしたの……?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ