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白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
第1章:エルフの隠れ郷・シドラ
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第19話

 階段を降りた後、クロエは改めて自らが先ほど降りてきた樹を見上げた。その樹はクロエがこれまで雑誌やインターネットでしか見た事のないような立派な枝ぶりの樹である。周りを見渡しても同じように立派な樹が家々を支えており、サラの家のように一つの樹に一軒である物もあれば、一つの樹に二軒三軒と連なる樹もあった。


「(……さすが異世界。ロマンが溢れてるなぁ……。)」

「クロエさん? どうしましたの?」

「えっ、あぁ、ごめんなさい。見慣れない光景だったのでつい……。」


 少し先を歩き始めていたサラの後を追うように、クロエはやや早歩きで歩き始めた。クロエの歩く足元は草が刈り取られており、土がむき出しとなっている。整備されているというよりは、獣道のように長年の通行により自然と出来上がった道のようだ。

 クロエはサラとはぐれないように歩きながらも、目に映る光景をきょろきょろとせわしなく眺めていた。落ち着きがない様にも感じるが、海外旅行にすら行った事のないクロエにとって初めて見るこのシドラの光景は好奇心の刺激されるものだったのだ。まるで初めて遊園地に来た幼子のようにワクワクとした面持ちである。


「この辺りは、だいたい郷の外れの辺りですわね。見ていただいた通り、住居が多い場所ですの。私たちが目指す大長老の邸宅はもう少し先ですわ。」

「へぇ……。なんというか、もう、すごいっていう言葉しか出てこないです。ほんと、おとぎ話の中の世界みたいで……。」

「ここで生まれ育った私からするとあまり分からない感覚ですけど、ご満足いただけたのなら幸いですわ。」


 サラはそっけなく言うが、その表情はどこか嬉しそうだ。自らの生まれ育った国を褒められ嬉しく感じないことはないらしい。


「あれ、サラさんじゃないか。これからお出かけかい?」


 郷の中央部目指して歩くサラとクロエの二人に、声をかける者がいた。二人が声の方向へ目を向けると、そこにいたのは高い身長にすらっとした体躯、やや長めの金髪を風に揺らすという、想像される男性エルフの姿そのままの森精族(エルフ)がいた。


「あら、アルクさん。先ほどぶりですわ。アルクさんは、お店は終わりですの?」

「うん。今日はリークが早く帰ってくるらしいからね。今日は早めに帰って一緒に夕飯を作る予定なんだ。」

「そうですの。それは仲睦まじくて羨ましいですわ。」

「ありがとう。ところで、そちらの子がもしかして、地区長の連絡にあった子なのかい?」


 アルクと呼ばれた森精族(エルフ)が、サラの背後に隠れるように立つクロエへ目を向けた。自らが話題に出たことにクロエはやや驚きながらも顔を出す。


「ええ、そうですの。クロエさん、こちらは郷の商業地区で衣服店を営んでいるアルクさんですわ。」

「初めまして、お嬢さん。紹介にあった通り、衣服店をしているアルクだ。よろしく。とは言っても、エルフ語は分からないかな?」


 ひざを折ってしゃがみ、クロエと視線を合わせたアルクが苦笑交じりにそう言った。しかしクロエはそう言ったアルクの言葉の意味をしっかりと理解できている。


「は、はじめまして……。」

「――ッ!? これは、驚いた……! 私の言葉を理解していることもだが、君の言葉がエルフ語として聞こえるよ!」

「クロエさんは転生者だそうですの。私も先ほどはとても驚きましたわ。」


 クロエの言葉にとても驚いた様子のアルクに対し、サラが少し微笑んだ。アルクはサラの言葉を聞き、ようやく合点が行ったような表情になる。


「そうだったのか。私も長く生きているが、転生者に会うのは初めてだ。そうか、これが転生者特有の『トランスレート』なんだな。」

「あ、あの……。その『トランスレート』って何ですか?」


 アルクの言葉は理解できなかったものの、「転生者特有の」と言う部分に自らのかかわりを感じたクロエが尋ねた。アルクは珍しい存在と会話できることが嬉しいのか、はたまた子供好きなのか。クロエの質問に対し嬉々として答えてくれた。


「まだ教えてもらっていなかったのかい? この世界には遥か昔から異世界からの転生者が現れてきたが、彼らは一様にどんな種族の言葉でも理解し操ることができたんだ。昔の人々はてっきり、異世界の人々は言語を自由に操る能力があると考えていたんだけど、転生者はそれを否定してね。いわく、『知らないうちに話せた。私たちも混乱している。』とね。」

「――それで、昔の人々はこう考えましたの。『転生を行った神々が、転生者に対する慈悲として言語の自由を与えたもうたのだ。これはこの世界に突然送られた転生者の人々への贈り物なんだ。』と。」


 アルクの言葉を途中で遮り、サラが解説を途中から務めた。言葉を奪われたアルクは悲しそうな表情でサラを見上げる。


「酷いじゃないか! こんな当たり前のことを自慢げに話せるなんて滅多にないのに!」

「それは私があとでクロエさんに話そうと思ってたんですもの! 『サラさんすごい!』って褒められる予定でしたのに!」

「そ、それは申し訳なかったが……。ま、まぁそう言う事だよ。私たちはその能力の事を『自動翻訳』と呼んだりもするが、君たち転生者に与えられた特別な力だ。活用すると良い。」


 苦笑を浮かべたアルクの言葉に、クロエは軽く頷いた。このように異世界での生活のことをある程度考慮している点などは有情(ゆうじょう)と言えなくもないのだろうが、小さな少女の身体にさせられている時点で恨みしか思いつかなかった。


「ところで、声をかけた私が言うのもなんだが、君たちはどこかへ行く途中ではなかったのかな? この辺りはヒカリゴケの外灯はないから、早くいかないとまっくらになってしまうよ。」


 アルクの言葉にサラがハッとした表情となった。サラはアルクに「また伺いますわ。」と言葉を残すと、クロエを連れてその場を後にする。

 しばらく道を行くと、クロエの目にポツリポツリと明るく輝くものが入った。少し緑がかった白い光を灯すそれは、道の脇の木々から吊るされている籠のような物から光を放出している。


「クロエさんは初めてですわね? これが先ほどアルクさんの言っていたヒカリゴケの外灯ですわ。この郷の主な夜間の光源ですの。」

「きれいですね……。幻想的です。」

「この外灯があるという事は、郷の中心部に近づいて来た証拠ですわ。」


 歩いている内に夕焼けの赤はすっかり消えてしまい、代わりに夜の帳の青や紫が姿を現した。ヒカリゴケの外灯の明るさもあるが、空を見上げたクロエはもう一つの光源を知る。

 そこにあったのは、白く静謐な輝きを垂らす月だった。いや、ここが異世界である以上クロエの見ている天体を月と形容するのは間違いかもしれないが、クロエはそれを月としか形容できない。


「すごい……、明るい。」

「聞くところによると、異世界にも月はあるそうですわね。クロエさんの世界にもありましたの?」

「ありましたけど、こんなに明るくはなかったような気がします……。」

「あの月のおかげで、ヒカリゴケの外灯のない郷の外れでも夜に出歩く程度ならば困らないですわ。まぁ、中央部の辺りは明かりが多くて少し眩しいぐらいですけど。さっ、着きましたわ。」


 サラが立ち止まった。クロエも同時に歩みを止める。クロエが顔を向けると、そこにあったのはこれまでに見たどんな木々よりもさらに巨大な大木であった。木の直径だけで一般的な家屋をはるかに上回る大きさだ。高さはそれほどでもないが、それでも天をすっかりと覆う様はまるで傘のようである。

 巨大な木々には、よく見ると入口らしき扉や各所に窓らしき穴もあった。まるでその大樹が一つの家のようである。そして入り口の脇には火のついた松明が置かれ、そこには衛兵よろしく二人の人物が立っている。

 クロエはその人物を見た瞬間、思わず言葉を失った。

【ヒカリゴケ】

 一般的な植物が自生できる環境にて広く繁殖している植物。大気中の魔力を微量消費してランプ色の光を放つ。発行している理由は定かではないが、光る事で虫や生物を誘引し繁殖のための胞子体をより遠くへ運んでもらうためだと考えられている。

 ランプが普及していない国や電気設備が整っていない国での主な夜間照明として古くから利用されている。

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