第15話
あとは簡単だ。上の下着は被るだけである。首を通し腕を通し、肩ひもの位置を調整する。そして最後にワンピースを同じように被り着替えは完成だ。付属する腰紐のような物をウエストで結んだ。自分の身体を見下ろし、おかしな点はないかとチェックする。
『クロエさん? 着替え終わりました?』
「あっ、はい! 終わりましたよ。」
『それでは、入りますわね。』
そろりと扉を押し上げ、女性は顔だけをぴょこりと覗かせた。そして着替え終わったクロエの姿を確認すると、瞳を輝かせ嬉しそうに部屋に入って来た。
「まぁ! あぁ、いいですわ! とっても似合ってますわよ!」
「あっ……、えっと、その、あ、ありがとうございます。」
元男の身として喜んでいいのかどうか分からず、とりあえず感謝を口にする。しかし女性はそんなクロエの心中など知るはずもなく、目の前に現れた可愛い物に夢中だった。
「素晴らしいですわ……。髪が長いからこういった雰囲気の服も似合いますわね。シルエットが綺麗ですわ。でも本当に細いですわね。腕も脚も、腰回りも……。少し羨ましいですわ。あっ、そうですわ。クロエさん、ちょっと失礼。」
一人でブツブツとしゃべりながらクロエを見て触って楽しんでいた女性だったが、ふと何かを思いついたように声を上げた。突然、クロエの服の裾をつまむと、ピラッと持ち上げてしまったのだ。そして、目の前のクロエの下着をじっくりと凝視し始めた。
「~~ッ!!??」
突然の出来事にクロエは声も出せず驚いた。なぜ突然名前も知らぬ女性に服の裾を持ち上げられ、そして穴が空くほど見られているのか。まるで視線が物理的な干渉をしているかのように、股間の辺りに違和感を得る。ただもじもじと太ももをこすり合わせることだけしかできなかった。
「――やっぱりですわ。」
「えっ?」
一人納得したような言葉をポツリと呟いた女性は、パサッとクロエの服の裾を降ろした。涙目のクロエはその言葉の意味が理解できない。正気でも理解できるとは限らないが。
「先ほどから何かもじもじとしていらしたので、まさかとは思いましたけど……。クロエさん、下着を前後逆に着けてますわよ?」
「あぇ……? ぎゃ、逆ですか……?」
ポカンとした表情で女性の声をオウム返しに呟くクロエであったが、その表情通りに何のことか理解できていなかった。しかし女性はそんなクロエに構わず言葉を続ける。
「こういったタイプの下着は初めてですの? そう言えば、着けていた下着はかなりゆったりとした作りでしたものね。分かりましたわ。他の下着には目印として前の部分に何か飾りを付けておきますわ。でもまずは、今履いている下着を直しちゃいましょう? ほら、私は後ろを向いていますので。ね? このままでは違和感だらけでしょう?」
そこまで話した女性はくるりと身体を反転させた。そしてじっと待っている。先ほどまでと同じように、クロエが着替え終わるのを待っているのだろう。
「(い、違和感って……、まずこの身体に違和感だらけで下着の前後なんか分からないって言うか、これ前後なんてあるの? ま、まぁでも、違うって言うんなら直しちゃおうかな。)」
クロエはワンピースの裾から両手を差し入れると、スルスルと下着をさげた。股間の辺りに風が当たり、とても頼りない感覚を感じる。クロエは急いだ動作で向きを変えると、もう一度下着を上げた。
「な、直せました……。」
「はい。……うん! 完璧ですわ!」
振り向いた女性はクロエの姿を見て嬉しそうである。それを見たクロエも、照れ恥ずかしさを感じながらも喜びを感じた。どんな形であれ、褒められて悪い気はしないらしい。
女性はその後数分の間クロエを褒めちぎっていたが、流石に落ち着いてきたようだ。それでも「うーん、可愛いですわ。」と呟きながら、サイドテーブルの上に置かれた器に目を向けた。
「あっ! うっかり夢中になってしまいましたわ。料理がすっかり冷めて……。温め直しませんと。」
女性が料理を置いてからクロエの着替えを挟み、すっかり時間が経っていた。料理が冷めるのも無理はない。女性はお盆を手に持つと、改めてクロエの方を向いた。
「クロエさん。もう身体は大丈夫みたいですけど、歩いたりはできますの?」
「えっ? えぇと、はい。激しい運動はちょっと怖いですけど……。」
「それなら良かったですわ! せっかくですし、居間に行って一緒にご飯食べませんか? ね?」
女性は実に楽しそうに話している。まるで遠足を待ちわびる子供か、餌を目前に据えられた犬のようだ。それを見たクロエにできることは、ただ頷くことだけだった。
寝室を出たクロエは、女性と共に居間にいた。キッチンも併設されているそこは、小ぢんまりとしてはいるものの、必要最低限のものが機能的に配置されている。ほとんどの家具が木製であり、一部の食器などが陶器のようだ。
「(壁も床も木製だし、ウッドハウスなのかな。でも、嗅いだことない木の匂いだ。)」
自分がいる家がウッドハウスだと思っているクロエだったが、ツリーハウスであろうとは予想もしていなかった。脚をぷらぷらと軽く揺らしている様子は、年相応の少女のようで可愛らしい。
横を向き窓の外の景色を眺めていたクロエだったが、「コトッ」という音に視線を正面に戻した。そこには温かそうな湯気を立てる陶器の器がある。匂いから察するに、さきほど女性が寝室に持ってきた料理と同じらしい。
「お待たせいたしましたわ。お口に合うと良いのですけど。」
「わぁ……! すごい、美味しそうです……。」
思えば、転生してどれほどの時間が経ったのか分からないが、クロエは何も口にしていなかった。無意識のうちに、口の中に唾液が貯まる。
クロエがじっと器を見つめていると、苦笑を浮かべた女性が木で出来たスプーンをクロエの前に置いた。そしてクロエと対面する場所に座ると、自分の前に陶器のカップを置く。
「どうぞ、召し上がってくださいな?」
「あっ、はい。えっと、い、いただきます。」
クロエは今までの慣習から、何の考えもなしに手を合わせて「いただきます」と口にしていた。女性はそんなクロエの一連の行動を不思議な目で見ている。しかしクロエの目にはもう、料理しか入っていないらしい。スプーンを握り、器を手で寄せた。
「はむ……、ん、んぐ……。おいひいでふ……。」
「ふふ、落ち着いてから話してくれればいいんですのよ? でも、お口にあったようで嬉しいですわ。」
夢中になって料理を食べるクロエの微笑ましそうに眺める女性である。カップに入った液体を静かに口に含み、リラックスしたように目を細める。
口にスプーンを運ぶたびに、クロエはまるで身体だけでなく心までが温まっていくように感じた。実際、空腹が満たされることは安心をもたらす。それが死の恐怖を味わった後ならば尚更だろう。
「むぐ、あむ……、……。」
「……? ど、どうしましたの?」
女性が心配そうな声を上げた。クロエが先ほどまで動かしていた手を、突然止めてしまったのだ。
何とか最低目標の週一投稿は守れました。期間が空いた理由はイラストを描いていたからです。まだ慣れてないので一枚の絵に結構な時間がかかってしまいます。よければpixivで見てください。設定画なのでこちらに挿絵としては上げないと思うので。