第14話
そして場面は現在に至る。叫んで荒い息のクロエは突然鼻血を噴出して倒れた女性を心配そうに見ていたが、他人の心配をする前に自らが全裸である事実を思い出した。
頬を真っ赤に染め辺りをキョロキョロと見渡したクロエは、先ほどまで自らが寝ていたベッドにタオルが丸まっているのを見つけた。とっさにそれを取り、乱暴に身体へ巻き付ける。先ほどまでとそう大差のない格好ではあるが、それでも心情的には落ち着きを何とか取り戻すことができる。
「(……『クロエは ぼうぎょりょくが 1 あがった!』 いや、ふざけてる場合じゃないや。えっと、この人……、人? 誰だろ……?)」
クロエは恐る恐る倒れ伏している女性に近づいた。女性が気を失っていることを確認すると、クロエはしゃがみ込んで女性を観察する。
「(さらさらの金髪に、白人さんみたいな白い肌。それにこの、長い耳……。うん、本物だ。さっきも思ったけど、やっぱりこの人エルフなのかな。なんでボクのイメージぴったりのエルフなのかは知らないけど。)」
しかし、このまま黙って見ていても埒が明かないと判断したクロエは、女性の肩に両手を置いて、ゆさゆさと軽く揺さぶった。触れた肩口の肌の柔らかさと温かさに、思わずクロエはドキドキと鼓動を高めさせる。
「だ、大丈夫ですか……?」
しかし女性は起きない。諦めず何度か身体を揺さぶるクロエだったが、身体の揺さぶりと共に左右に揺れる女性の双丘が目に入ると、途端に頬を真っ赤に染めて目をそらした。これ以上揺さぶるのは自分の精神が持たないと判断する。
クロエは揺さぶるのをやめて、女性の長い耳元へ顔を近づけた。ふんわりと薫る女性の良い匂いが鼻孔をくすぐる。クロエは頬どころか顔を真っ赤にさせながらも、耳元で女性へ声をかけた。
「あ、あの……、大丈夫ですか……?」
「――ん、……ぅんん、んん……?」
流石に耳元での囁きには気づいたのか、倒れ伏す女性は寝起きのような声を上げた。そしてうっすらと瞼を開き、何度かのまばたきの後に目を開く。
「あ、あれ……? 私、どうして……? 痛ッ! あ、頭の後ろが痛いですわ……!?」
「あっ、あの、さっき頭から倒れてましたし、少し安静にしていた方が……。」
「いえ……、大丈夫ですわ。ありがとうございます、クロエさん。」
サラはそう言うと、むくりと上体を起こした。そして服の袖口で鼻血を拭くと、きれいになった顔で笑みを浮かべクロエの頭を撫でる。
前世までのクロエであれば「小さい子扱いするな!」と、その手を払っていたかもしれない。しかし、不思議と撫でられていると安心を感じた。まるで猫のように気持ちよさそうに目を細める。
「……さて、と。私はここを片付けたら、少しだけ出かけてきますわ。大丈夫、すぐに戻ってきますし、その間にクロエさんはまた休んでいてくださいな。まだ、完全に回復してはいないのでしょう?」
「え? あっ、はい。ありがとうございます。」
女性の言葉にクロエは素直に従う事にした。ベッドに横になると、女性はクロエの身体に布団をかけてくれる。そして再びクロエの頭を撫でて笑みを浮かべた。そしてテキパキと落とした食器と料理を片付けると、扉を開き出ていった。
クロエは掛けられた布団を口元まで引き上げると、天井を見つめながら先ほどまでの出来事を反芻していた。まるで吹き荒れる風のように、突然現れてはクロエに混乱を残していった彼女だったが、どうやら悪い人ではないらしい。
それどころか、クロエに対する反応を見る限りとてもお人好しだろう。深い森の中一人ぼっちで目覚め、そして狼たちに追われていたクロエにとって、この暖かさは心に優しく沁みる。
気付けば、クロエはいつの間にか安心して瞳を閉じていた。ぐっすりと眠るその姿はまるで年相応の少女そのままである。目の端にうっすらと浮かぶ涙の粒は、これまでの恐怖と現在の安心の表れなのだろう。
そして、クロエが眠ってから数十分後。再び寝室の扉がノックされた。クロエはその音で目が覚める。
『クロエさん? 今帰りましたわ。料理と、着替えを持ってきましたの。開けますから、お布団をしっかり被ってくださいね。』
先ほどの女性と思わしき声だ。クロエはその声に従い、少しめくれていた布団を顎のあたりまで掛け直した。
「ど、どうぞ?」
『はい、開けますわ。』
先ほどの反省を活かし、女性は綿密に確認してから扉を押し開けた。女性は先ほどと同じようにお盆を持っていた。そしてそのお盆には湯気の立つ器と、折りたたまれた衣服らしきものがある。
女性はクロエが布団をしっかり被っていることを確認すると、お盆をベッド横のサイドテーブルへ置いた。しかし目線はクロエからそらされている。うっすら頬が紅潮しているのは、先ほどのハプニングが思い返されているからだろうか。それを見たクロエも目をそらし、頬を染めていた。
「え、えっと……。き、着替えを置いておきますから、先に着替えてくださいな。私はその間、外で待ってますわ。」
「あっ、は、はい……。ありがとうございます。」
お互いもじもじと気まずそうに視線も合わさず会話をしている。サラはそそくさと部屋の外へ行き、扉を閉めた。クロエは扉が閉まるのを確認すると、布団をめくりベッドから起き上がった。
「(えっと、着替え着替え……。)」
いい匂いを立たせる器に気を取られそうになりながらも、クロエはお盆に置かれた衣服を手に取った。
持ち上げてみると、それはいわゆるワンピースタイプの素朴な素材で出来た服だった。装飾のような物はなく、とてもシンプルなデザインである。触り心地はとてもよく、触れていて気持ちがいい。
「(おお……。何だろ、知らない感触だな。でも、袖が無いのが気になるって言うか、露出高くない? 今まで着せられた女性ものは、コスプレばっかりだったし……。)」
ざっくりと開いた脇口の部分に若干の不安を抱きながらも、クロエはワンピースをベッドの上に置く。まだお盆の上には折りたたまれた衣服らしきものがあった。始めに手に取った服がワンピースである事から、クロエは少し嫌な予感を覚えながらもそれを手に取った。
「やっぱり、か……。」
それは、現代日本で言うところの下着であった。いや、この世界においても下着と言う他ないだろう。一つは先ほどのワンピースよく似ているがそれよりも薄く、肌触りが更に良いものだ。胸に当たるであろう部分の布が厚めであるそれは、現代で言うところのキャミソールだろうか。
もう一つは、いわゆるショーツだろう。股布部分に紐が付いており、それを腰の横で結ぶようだ。素材は綿に近いような、柔らかい感触である。
「(う、うーん、ゴムとかがこの辺に存在しないのかもしれないけど、どう見てもこれ『紐パン』だよなぁ……。き、際どくない? これ、ボクがつけるの……?)」
しかし、贅沢は言っていられない。服がもらえるだけでも感謝すべきだろう。理由は分からないが着ていた服がなくなっている以上、与えられたものを着てでも裸状態を回避したいと、クロエは心から考えていた。
覚悟を決めたクロエはショーツを手に取ると、身体に巻いていたタオルを取った。パサリと軽い音がして、クロエは真っ裸となる。誰もいないと分かっていても何となく恥ずかしく、先程からクロエの頬は赤く染まりっぱなしだ。
「(は、はやく履かないと……。えっと、えっと……。)」
手に取ったショーツを両手で持ち、どうにか履こうと試行錯誤を繰り広げるクロエ。しかし、元男性であるクロエには当然だが、女性ものの下着など着けた経験など無かった。それ故にもたもたと、用意された紐式のショーツの付け方がわからず、先程からショーツは何回も床に落ちてしまっていた。
「ちょ、えっと、あれ……? まっ、これっ、どうやって履くの……!?」
おなか部分に布を当てて股を通し、紐を結ぼうと画策するが、片手で前部分を押さえているので紐が結べない。なんとか腕や肘を使って結ぼうとするが上手くいかない。
すると、そのクロエの困惑の声が聞こえたのだろうか。部屋の外から先ほどの女性の声が聞こえてきた。
『あ、あのー。大丈夫ですの? 履き方、分かります?』
「あっ、えっと、あの、その……、わ……、分かんないです……。」
『まずはですね、片方の紐を結んで輪っかを作るんですの。それで片足を通して固定させたら、もう一方の紐を結ぶんですわ。』
「あっ、は、はい! ありがとうございます!」
女性の助言に従い、クロエは何とかショーツの装着に成功した。片方の輪が小さすぎて調整し直すなどの小さなミスはあったが、結果から見れば成功である。
次回更新はちょっとだけ間が開きそうです。ただ、週一更新は順守したいです。