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白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
第1章:エルフの隠れ郷・シドラ
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第12話

 サラは押し戸の玄関扉を開ける。元より鍵などは付いていない。郷の中央部のような重要施設ならまだしも、一般家庭に強盗に入るような森精族(エルフ)などいないのだ。盗るような物もない。

 籠を玄関の脇にやや無造作に置くと、サラは寝室へ向かい少女をベッドへ寝かせた。そして改めて少女を見る。白く長い髪が白いシーツに広がっている様は、まるで絵画のようだ。綺麗ながらも幼い顔立ちには幼さ故の危うさも感じられ、見ていていつまでも飽きない。口も鼻も小さく、ついつい指でつまみたくなる衝動をサラは堪えた。

 しかし顔から眼をそらしたサラはとある事実に気がつく。少女の纏う服はボロボロで穴だらけで、そこから覗く肌には傷がついている。一部からは出血の痕も確認できたのだ。


「これは……、このままにするべきではないですわね。こんなきれいな体に傷が残ってしまったら一大事ですわ。でも……。」


 サラはためらっている。いくら治療のためとはいえ、そして同性であるとはいえ、気絶している相手の服を剥いていいのだろうかと。

 しかし、少女の服はもはや服としての機能は果たしていない。それならばいっそ、治療の為に脱がし新しい服を誂えるべきではないだろうか。いやそうすべきだ。サラは自らの心に言い訳すると、少女の服を脱がしにかかった。

 しかしここで新たな問題が生じる。


「あれ? ちょっ……と、何ですのこの服? どう脱がすんですの?」


 少女の纏う衣服は、サラがこれまで見た事ないような意匠だった。少なくとも、この郷やその周辺の国々の文化ではない。見ると、人間業とは思えないほど緻密な裁縫や触れた事のない素材が使われている。なんと、服の一部にはこの郷では貴重な金属まで使われているのだ。


「(これは……、この子は一体何者なんですの? っと、ようやく取れましたわ。)」


 苦心して少女の衣服を全て脱がした。そして寝室に置いてあった回復薬(ポーション)の瓶を取り出すと、少女についた傷を癒していく。


「(……、……、……。べ、別にイケナイ事している訳じゃないですのに、何ですのこの背徳感……!? は、早く終わらせましょう……。)」


 しかし少女らしくほっそりとした体であるのに、触るとどこもかしこも柔らかい。うっすらと脂肪がついた身体は幼いながらも確かに女性であった。白い肌がまぶしい。エルフに負けず劣らずである。

 そして少女が時折上げる声もまた、サラを困らせた。「んっ……」やら「……ぅ」という小さな声であるが、まるで小鳥の囁きのように可愛らしい声だった。目だけはそらせても、手に伝わる感触や耳に入る音は遮断できない。サラの森精族(エルフ)の長い耳と頬は真っ赤に染まっていた。

 気が付けば、サラはそらしていた視線を少女に戻し、無意識に親指で少女の唇をなぞっていた。指に当たる吐息がくすぐったくも悩ましい。サラの瞳が潤む。もはや自らが何を考えているのか分からず、しかし心の赴くままに、顔を、近づけ――


 ――カタンッ。


「ぅゆへぁっ!?」


 バッと、慌てた素早い動作でサラは身体を起こした。そして音の発生源へ顔を向ける。そこにいたのはただの小鳥だった。先ほどの音は、小鳥が窓際にとまったときに落ちた小物の落下音だった。


「こ、小鳥、ですの……? お、驚かせないでほしいですわ、もう……。」


 小鳥はすぐに窓の外へ体を向けると、パタタと羽ばたいて飛んでいった。サラは小さくため息を吐くと、ふと自らのこれまでの行いを顧みる。そして「ボッ!!」と、まるで火が付いたように顔を真っ赤にさせた。


「(ちょっ! わ、私さっき、何をしようとしてましたの!? 寝ている女の子の唇を触って、あろう事か顔を近づけて、まま、まるで、こ、これでは、わわ私が……、キキキ、キス? しようとしていたみたいじゃないですの……!!)」


「みたい」ではなくまさにその通りなのだが、サラは意地でも認めない。森精族(エルフ)には男女の性別があり異性同士の交配によって子を為すことが可能であるが、その長寿ゆえに子孫繁栄に主眼を置かない付き合いも多々あった。異性同士に比べやや難しくはあるが、同性同士でも子を為す技術が世界に広く流布していることも手伝い、いわゆる同性愛に対する忌避感はない。それはサラも同じである。


「(ですけど、それにしたって、そ、その、そう言う事に今まで興味ありませんでしたのに……! い、いえ、か、勘違いですわ。物珍しさに惹かれただけですわよ。た、たぶん……。)」


 サラはこれまでの行動をごまかすように、用意していたタオルを少女の身体に巻くと、ボロボロの服をもって台所へと戻った。そして少女が起きた時の為に食事の用意を行う。郷の中で栽培している穀物を多めの水で炊いた、いわゆるお粥である。

 お粥をコトコトと火にくべている間に、サラはとある魔法を用いた。


『突然失礼いたします。サラ・エルゼアリスですわ。』


 魔法の名前は省略、頭の中で魔法を唱え、そして相手の魔力波を思い浮かべる。大気中の魔力を振動させ意思疎通を行う、普通魔法の一種【魔力念話(テレパス)】である。様々な種類はあるが、サラが現在発動したのはいわゆるメールのようなタイプであった。

 サラは【魔力念話(テレパス)】を用い、この郷の統治者である四人の「長老」、そして彼ら長老を統べる郷の最高権力者である「大長老」へ向かって、森で傷ついた少女を保護し、連れ帰った事を報告したのだ。完全な事後報告であり、これが他の森精族(エルフ)だったなら大問題である。

 しかし、サラの【魔力念話(テレパス)】に対し送られてきた返事はサラの行いを許可する者が全てであった。唯一、大長老のみが少女が目を覚ましたら連れてくることを条件に許可を出したが、それであっても破格の対応である。


「……面倒ですわね。」


 サラの反応は淡泊な物だったが。サラは火にくべているお粥の様子を確認した。完成にはもう少し時間がかかるだろう。

 少し時間が余ってしまったと、サラは手持ち無沙汰に部屋を見回した。必要最低限に近い物しか置かれていないこの家では、掃除も簡単に終わってしまう。つまりやることがなかったのだ。

 サラは、テーブルに置かれた衣服、いやもはやただのボロ布となった少女の衣服へ目を向けた。そしてそれらを手に取り、あらためて観察する。


「やっぱり……、見た事ない服ですわ。一体どんな職人がいれば、こんな緻密な裁縫が可能になるんですの……? それに、見た目以上に頑丈そうですわね。この素材と技術、考えられるとすれば他の大陸かしら……、っと?」


 少女の着ていた服を観察していたサラであったが、ズボンらしきものを持ち上げると、そのポケットから紙片のような物が落ちてきた。二つ折りのそれは空中で開き、ひらひらと空を待って床へ落ちた。

 持っていた服を再度机の上に置いたサラは、落ちた紙をかがみこんで拾い上げる。少女の着ていた服から落ちたものであるという事は、これは少女のものなのだろう。勝手に中を見るべきでないことをわきまえていたサラであったが、拾い上げた拍子に二つ折りにされた紙の内面が目に入ってしまった。

 すぐにでも視線を外そうとしたサラだが、それは叶わず目が紙の内面に記された文字群に釘付けとなってしまう。そこに記されたものは、それほどまでに衝撃的だったからだ。


「な……、何ですの、これ……!?」


 そこに書かれていた内容は、チラリと一瞥しただけでその目線を釘づけにしてしまうほどの衝撃があった。サラはもはや視線を外そうと言う考えは頭になく、ただそこに記された文章を目で追うのみとなっていた。


「そんな……、これが本当なら、あの子……、いえ、クロエさん(・・・・・)は……。」


 その時。

回復薬(ポーション)

 イグナシアラントのほぼ全土に普及している外傷薬。自然治癒よりもはるかに速い速度で外傷を治癒する。また、塗った傷口の痛覚を一時的に麻痺させる効果や止血効果もあり、戦闘職には欠かせない薬である。

 回復薬(ポーション)と大きく呼称されているが、その原料や作り手、地方などで細かい効果の違いや薬効の差がある。ギルドにおいて大量生産されている均一効果均一価格の普及品が一般的であるが、地方特産品は生産量が低い代わりに効果が大きい事もある。

 素晴らしい効果を持つ回復薬(ポーション)であるが、過剰摂取すると薬効が脳にまで到達し脳の機能を一時的に阻害する例も確認されている。ギルドは大量摂取を避けるように勧告している。

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