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白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
第1章:エルフの隠れ郷・シドラ
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第10話

 クロエが立ち上がったのを見た女性は、瞬間、その顔から表情が消えた。そして脱力したように手からお盆が取り落とされる。鈍い音や湿った音、甲高い音をたててお盆と器が床に散乱した。


「えっ、ちょっ!? ど、どうしたんで、す……、……え?」


 落ちたお盆に驚き声を上げたクロエだったが、その声は力なく(すぼ)んでいった。その原因は落ちたお盆を追い下がった視線である。お盆を注視したクロエだったが、その視界の端に信じられないものが映ったのだ。

 それは、小さいながらも確かに膨らんだ乳房だった。白い肌の中に小さな乳首がキイチゴのように色づいており、その存在を主張している。つつましさと可愛らしさを感じる少女の胸であった。

 思わず冷静にそれを眺めていたクロエだったが、瞬時にそれが自らの胸であることを理解。そしてバッと素早い動作で自らの身体を見下ろす。目に映るのは、始めて生で見た女性の裸体だった。それを細かに観察する前に、クロエは首から上が燃えるように熱くなるのを感じる。


「え、あ、うぁ、ひっ――」


 ――ドサッ!


 無意識の内に悲鳴を上げかけたクロエだったが、その前に生じた音により悲鳴が口を出る前に飲み込まれる。意外と大きな音に口を噤み目を閉じ、肩をすくめてしまったのだ。

 クロエがその音の発生源の方へと目を向けた。そこには仰向けに倒れた女性の姿。何故かその端正な顔立ちに不似合いな鼻血と満足そうな笑みを浮かべている。


「え、あの、ちょっと……。え!? ど、どう言う事!?」


 もはや意味が分からない。自身が全裸である事も、目の前の女性が誰でどうして倒れたのかも。クロエの頭は目覚めたばかりであるのに、もうすでに混乱でキャパシティオーバーである。


「どう言う事だよーっ!!」


 できるのはその思いの丈を、悲鳴の代わりにあげるのみ。その声は誰に聞かれることもなく、消えていくのだった。











 話はその日の朝にさかのぼる。


 サラ・エルゼアリスは森精族(エルフ)である。正確に言うなら森精族(エルフ)の中でもハイエルフと呼ばれていた。赤の大陸南部、大陸随一の森林地帯「ジーフ樹海」の中、そのほぼ中心部の古代樹を中心に広がる「森精族(エルフ)の隠れ郷・シドラ」に住んでいる。生を受けて200年程、様々なことを経験しながらも平和に暮らしていた。

 サラはその日、国の外を出歩いていた。ジーフ樹海はその豊かな自然に多様な生態系を築いている。その中には危険な動物や魔物も存在しており、シドラでは一般エルフの国外活動を禁じていた。

 サラの仕事は国外における採集活動である。弓と魔法の才に恵まれたサラは国外活動許可を得ており、その日も郷の中では栽培できない特殊な植物や山菜を採集しに来ていた。

 特殊な場所に位置するエルフの隠れ里シドラは、ほとんど外交という物が存在しない。森精族(エルフ)が長命である事やその歴史、ジーフ樹海のみで自給自足がほぼ成立することなどから国外と積極的に交流しようとは考えないのだ。一年に一回ほど、シドラの名産品などを携えた外交団が森を抜け、近隣諸国と交流を行う。ただそれだけだ。

 サラが採取する植物はジーフ樹海の固有種ばかりである。これは薬効効果が高いが近隣諸国の国々では調達が難しいものである。故に、年に一回の外交では高い評価を受けているのだ。

 広いジーフ樹海の生態系を把握しているのはシドラに住む、「ジーフの守護者」とも呼ばれる森精族(エルフ)のみであり、実力のある森精族(エルフ)が危険を承知で郷の外に出て採集するしかないのだ。しかしサラはこの仕事を気に入っている様子である。


「(郷の中はいろんな意味で窮屈ですものね……。動物や獣物(ケモノ)たちも、こちらから危害を加えなければ大人しいですし。)」


 穏やかな日差しを身体に受け、大小の木々がうねり為す天然迷路を行く。似たような木々の乱立は方向感覚を狂わし、起伏に富んだ地形は真っ直ぐに歩くのも困難だ。常人なら歩いて数分で遭難しかねないのがこのジーフ樹海である。

 しかし、サラはその迷宮をまるで舗装された道を歩くが如く進んでいく。その足取りに迷いはなく、視線もブレがない。サラからすれば、いやシドラに住む森精族(エルフ)からすれば、この似たような景色のすべては明確に異なっており、迷う方が難しいのである。


「(今日もいい天気ですわね。雨が降ったのは何日前だったかしら? まだ貯水池に余裕はあったはずですけど……。)」


 他愛もないことを考えながらサラは歩いた。そして数分後、目的の場所に到着する。そこはジーフ樹海にしか自生しないとあるキノコの群生地である。栄養価も高く、また美味なそのキノコは森精族(エルフ)にとってなじみ深い食材であり、諸外国にも人気であり、そしてジーフ樹海の野生動物や獣物(ケモノ)たちの主食の一つである。

 つまり、この地域周辺はこのキノコを主食とする生き物の群生地でもあるのだ。つまりそれはそれらの動物を捕食する獣物(ケモノ)や時には魔物も集まるのだ。いわゆる危険地帯である。事実、過去の採集ではサラもここで獣物(ケモノ)や魔物と遭遇し、戦った経験があった。

 しかし、そんな危険地帯も今日この日はどこか様相が異なっていた。サラはその異様な雰囲気を、内心不安な思いで感じ取っていた。


「(……今日は、何かおかしいですわ。これまで獣物(ケモノ)はおろか、動物にも一度も遭遇しないなんて。普段ならここには何かしらの動物がいるはずですけど、どう言う事ですの……?)」


 シドラの国を囲む防壁を抜けてからここまで、サラは一度も獣物(ケモノ)はおろか動物にすら遭遇していなかったのだ。魔物はこのジーフ樹海でも数が多くないので遭遇することは稀だが、動物一匹にすら遭遇しないのはおかし過ぎる。

 しかし、そんな異変に内心首をかしげるサラであったが、収穫の手を止めようとは考えなかった。普段なら襲ってくる動物を弓矢で追い払ったり、撃退したりしてから採集をする所、このように採集に集中できる。普段よりも早くノルマとなる量を採集できた。帰り支度をする頃には、森の異変など頭には無かった。


「(ふぅ、良いキノコがたくさん採れましたわね。今日の稼ぎも上々ですわ。さて、今日のところはこれで帰りますか。早めに帰って、偶には美味しいものでも……。)」


 サラがそんなたわいのないことを考えながら、キノコ満載の籠を背負ったその時。突然サラの耳に、動物でも獣物(ケモノ)でもない声が飛び込んできた。


「――っぁ! ぅ……!」


 サラの表情が一変した。その声の聞こえてきた方向へ顔を向ける。その頭の中では、怒涛の勢いで様々な考えが巡っていた。


「(どう言う事ですの!? なぜこんな深部に外部の者が!? ただでさえ森の様子がおかしいと言うのに、こんな異常事態まで起こるだなんて……! いえ、こんな所で考えている場合ではありませんわ!)」


 サラは背負っていた籠を乱暴に投げ出すと、素早い動作で駆け出した。そして声がしたと思わしき方向へ向かう。立ちふさがる木々など存在しないかのような速度で駆けるのは、さすが森の守護者と謳われる森精族(エルフ)なだけはある。

 先ほどの声が聞こえてから、そう時間をかけずにサラは聞こえてきた声の主を見つけることに成功した。弓手らしく、ある程度距離を保って目標を観察する。

 その視線の先ではこの森に住む獣物(ケモノ)の一種である三つ目の狼「トライウルフ」が二体、そして先ほどの声の主と予測される少女らしき姿があった。少女は倒れ伏し、しかし果敢にも必死に顔を上げトライウルフを睨んでいる。


「た、大変ですわ……! 早く助けないと……!」


 この時のサラは目撃した状況のあまりの切迫加減にやや慌てており、なぜこんな森の奥に少女がいるのか、普段は5体以上の群れで狩りをするトライウルフがこんな少数で活動しているのかなど、様々な疑問を忘れていた。ただあの少女を助けねばと焦っていたのだった。

 サラは少女を視界に収めつつ、場所を移動する。弓は横の動きに弱い。なるべくなら縦に射線を取りたいのだ。そして少女を挟んでトライウルフと直線状に並ぶように位置を取ると、腰のポーチから緑色のこぶし大の珠を取り出した。


「行きますわよ、『森林の旋風ボワ・トゥルビヨン』。」


 サラの呼びかけに応え、緑の珠が淡く輝きだす。

獣物(ケモノ)

他種に対し積極的に攻撃を仕掛ける動物をこう呼ぶ。動物と獣物(ケモノ)を分ける明確な基準はギルドによって討伐対象種指定されているかどうか。討伐対象種指定されている種ならば討伐数やその種類、凶暴性などによって報酬がもらえたりする。

 なお、獣物(ケモノ)の中には火を噴くなど、明らかに魔法としか思えない手段で攻撃を仕掛けてくるものもいるが、それらは魔力を介さない機構によってなされている。


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