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白銀物語 ‐the Journey to Search for Old Friends‐  作者: 埋群のどか
序 章:現代日本・A県
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第1話

【注意】

 この作品は拙作『白銀が征く異世界冒険記』をリメイクしたものです。旧版のストーリーを踏襲していますが、様々な点において異なります。また、作者の趣味を過分に含んでおりますので、人によっては不快と感じられる場合がございます。ご注意ください。

 音が響き渡っている。獣の咆哮、鳥の(つんざ)き、そして悲鳴。まさに狂乱の様相を呈す中、一人の少女が叫びを上げながら戦っていた。

 手にした漆黒の打刀を、まるで重量を感じさせない速度で振るう。風切り音と共に、獣の首が飛び、血飛沫が舞い、命の灯が消え去っていく。達人とは決して言えないぎこちなさで振るわれる刃はまるで闇夜のように暗く、少女の白い髪と踊る血飛沫と相まって幻想的な怪しさがあった。

 まるで現実味がない風景。しかし、少女の表情には恐怖があった。感じる恐怖は、自らの命の危機か。もしくは命を奪う事への恐れか。

 少女は叫ぶ、刀を振るう度に。そして少女の周囲でも、戦う人物がいる。それらの人物は少女よりも戦い慣れているらしく、自らの周囲の敵と戦いながらも少女へ心配そうな視線を送っていた。しかし当の少女はその視線に気づく余裕はない。


「ハァッ、ハァ……ッ!!」


 荒い息、肩を上下させ必死に呼吸を整える。刀を正眼で構え獣たちを睨みつける少女は、無意識にこれまでの事を思い返していた。










 A県のとある山中。横殴りの雨と激しい風が吹き荒ぶなか、数台の自動車が悪路を慎重に進んでいた。その中の一台、十人乗りのマイクロバスの最後尾窓際のシート。一人の青年が車内の喧騒に背を向けて本を読んでいた。

 彼の名前は黒江明(くろえあきら)。同県内の私立大学に通う三回生である。彼を含めたマイクロバス内の十人、そしてその他の車に乗る人々は同じ大学の同じゼミのメンバーである。彼らは現在、三回生のゼミ加入歓迎のバーベキューを終えて帰っているその道中であった。夏の終わり頃、そして移ろいやすい山中の天気も相まって、盛り上がったバーベキューは(たけなわ)を迎えた頃に大豪雨をもって中止を余儀なくされた。

 黒江が所属しているゼミの恒例行事となっているこのバーベキューは、学生が計画し実行する自主企画である。故にプロの運転手などは雇わず、また山中と言う立地故にそれぞれが自家用車やレンタカーを持ち寄り実行されている。

 つまり、車を操っているのは免許暦数年の学生なのだ。この事実こそ、黒江が一人不機嫌そうに本を読む理由の一つであった。


「(……ああ、どうか事故なんか起こしませんように。早く大学に着かないかな。)」


 そんな黒江の願いも空しく、雨脚は更に強まり、風はマイクロバスを激しく揺さぶる。黒江は本から視線を上げ、窓の外へと向けた。窓の外、マイクロバスが通る細い崖沿いの道の下。そこには、普段なら清流が流れているであろう川が、轟々とした濁流をうねらせている。もしそこに落ちようものなら、苦しい最期を迎えることは想像に難くない。自らの想像力にゾッとしたものを感じた黒江は、再び手元の本へ意識を向けるのだった。

 しかし、黒江が本に意識を向け必死に不安を押し消そうとしていたその時、ふいに横合いから別の不機嫌の種がやって来て黒江の手元から本を取り上げた。


「あっ!」


 黒江が驚いて本を目で追う。本は無情にも、栞を挟まずにパタンと閉じられてしまった。これではどこまで読んだか分からない。黒江は本をいきなり取り上げられたことも踏まえ、本を取り上げた張本人をキッと睨みつけた。


「おいおいおい、そんな目で睨むなよ。車酔いするぜ? 本なんか読んでないで、もっと会話しろよ!」


 黒江の視線などどこ吹く風とばかりに、黒江の視線の先の青年はヘラヘラと笑う。しかしその頬は赤く染まっており、鼻につく息は酒臭い。どうやらこの青年はなかなかに酔っぱらっているようだ。

 黒江はため息を一つ吐くと腕を伸ばし、本を青年から奪い返した。青年は抵抗しなかったが、大げさな動作で肩をすくめた。その反応がまた癪に障ったのか、黒江は舌打ちをして悪態をつく。


「うるっさい、話しかけるな酔っぱらいめ。」

「酔ってねぇよぉ~。ハハハ!」


 酔っていないと主張する酔っ払いの青年は、その名前を長沢黄河(ながさわこうが)と言う。黒江とは中学校からの付き合いである青年で、普段から明るく人付き合いもよく友人も多い、いわゆる「リア充」と呼ばれる存在だった。ただ如何せん、相手の心の機微に少し疎いのと、アルコールに弱い点が難儀である。

 彼女こそいないが「リア充」の黄河は、内気な黒江にとって友人と呼べる数少ない人間である。しかし酔っ払い特有の妙なテンションを嫌う黒江は、一人マイクロバスの隅で本を読んでいたのだ。


「(こうやって僕みたいなのに話しかけてくれるのは有難いけど、このノリだけは苦手だ……。)」


 黒江の知る限り中学のころより友人の多い黄河だが、何故か当時から黒江に話しかけて来ていた。周囲には黒江の事を「親友」と呼んで憚らない。そんな黄河の存在に感謝しつつも、その積極性ゆえに一時、二人の間に同性愛疑惑が生じた事を思い出した黒江は、苦虫を噛みつぶしたような顔で頭を抱えた。

 そんな黒江の内心の懊悩など知らない黄河は、突如頭を抱えだした黒江の奇行を「またか」と言わんばかりの苦笑で眺めていた。しかし黒江が再び読書に没頭することを防ごうとしたのだろう。黒江の肩を叩きながら話しかけた。


「だいたい、さっきから何を不機嫌そうにしてるんだよ!」

「酔っぱらいは嫌いなの。僕がお酒苦手なの知っているだろ?」

「だ~か~ら~! 俺は酔っぱらってないって!」


 そう言いながらバシバシと黒江の肩を叩く様子は、間違いなく酔っぱらっていた。これ以上の議論は無駄と判断した黒江は、ため息一つ残して本を開く。パラパラとページをめくり、先ほどまで読んでいたページを探した。

 無視された黄河はしばらく黒江の肩を揺さぶっていたが、すぐに飽きて別の人間へ話しかけに行った。ようやくゆっくりできると安心した黒江は、丁度先ほどまで読んでいたページを発見し、文字を目で追い始めた。


「(……うん、ダメだ。集中できない。外が気になるなぁ……。)」


 窓の外の天気は更にひどく荒れていった。パタパタ、トントン、タッタッタッ。窓を叩く雨音は大きくなっていく。まるでそれは、助けを求め必死に戸をノックしているかのようだった。

 雨音に誘われた黒江は再び窓の外へ目を向けた。車窓の外からはすぐに崖下を流れる川を目にすることができる。それは即ち、車が走る道幅がそれほどの幅を持たないという事である。ガードレールもない未舗装の道、そして運転するのは同い年の学生。不安をいだかない方が無理であった。

 その時、突然窓の外が真っ白に染まった。同時に世界が割れんばかりの轟音が鳴り響く。落雷だ。かなり近くに落ちたらしく、車も軽く揺れた。


「「「キャアアアッ!!」」」


 車内に女性の悲鳴が複数響き渡った。車内にいる黒江の同級生の何人かが叫んだらしい。何人かは抱き合って怯えてしまっていた。そして黒江自身も悲鳴こそ上げなかったが、本を胸元に引き寄せて顔を真っ青にさせていた。

 先ほどの落雷を警戒してなのか、黒江の乗るマイクロバスを含む車全台が速度をさらに落とした。車内もひっそりと静まり返り、先ほどまでの喧騒が嘘のようだ。

 静寂と重たい空気に支配された車内で、黒江はある音を聞いた。コツ、コツコツ。何か小さなものが硬いものにぶつかるような音だ。それはマイクロバスの天井から聞こえてくる。その事実に気が付いた黒江は、猛烈に嫌な予感を覚えた。しかしそのことを誰かに伝える前に、予感は現実へ変貌する。

 突如、正体不明の轟音が鳴りだした。それは黒江を含め、その場の全員が今まで耳にしたことのない音だった。無理に例えるなら、ボウリングの玉が転がる音を耳元で聞くような、重たいものが転がるような音だった。

 時間にして数秒だったはずだ。しかしとても長く感じた時間は、それまでの轟音の何倍もの音と、そして衝撃によって終わりを迎える。そして次の瞬間、黒江の身体は前方へ投げ出された。

 投げ出されたのは黒江だけではなかったようだ。黒江の隣にいた黄河はシートベルトをしていなかったらしく、顔面を前のシートへ埋めている。黒江や他の皆がシートベルトの締め付けに咳き込む中、黄河は赤くなった鼻頭をさすりながら運転手へと声を荒げた。


「痛ってぇ……。ちょ、おい! 遠藤! 何だってんだよ一体!?」


 その声の向かう先、マイクロバスを運転する遠藤と呼ばれた大柄な青年は、泰然自若とした動作でゆっくりとフロントガラスの向こうを指し示した。


「……あれを、見てみろ。」

「アレぇ? どれよ、それ……って、……オイ、オイオイオイ!?」


 遠藤の導きに従ってフロントガラスの向こうを見た黄河が、驚きの声をあげた。何人かはシートベルトを外し前へ移動する。そしてその場の全員も、驚きに包まれた。

 フロントガラスの目の前には、いつの間にか壁が出現していた。いや、正しく言えばそれは壁ではない。壁に見間違えるほど巨大な岩石であった。フロントガラス一面を占めるその巨岩は、黒江たちの乗るマイクロバスのほんの数十センチ前に、大きな落下痕を刻み込んでいた。寸前でその巨岩に気が付いた遠藤は、衝突を回避すべく急ブレーキを踏んだらしい。

 何が起きたか理解し、そして命辛々助かったことを理解した銘々は、安堵からか長いため息をついていた。そして顔を見合わせ、どこからか笑い声も漏れている。中でも、黄河は一人大興奮の様相を示していた。


「ス……、スッゲー!! こんな事ってあるかよ!?」

「いや、興奮しているのは分からんでもないが、どうするんだ? このままじゃ通れないぞ。」


 遠藤は黄河の反応にげんなりとした反応だが、それでも彼の言動からはどこか安心したような雰囲気を感じる。それは車内の皆も同じであり、黄河の反応に笑みを漏らしていた。

 黒江も危機を脱した安堵感から落ち着きを取り戻し、そして手元の本がなくなっていることに気が付いた。黒江が本を探し周囲を見渡していると、窓の外から雨音以外の音が聞こえた。それは恐らく、黒江が後部座席の窓際にいたからだろう。


「(……? なに、この音……。って言うか、何か揺れてない……?)」


 黒江は謎の音と共に、車が微かに揺れていることに気が付いた。初めは車のエンジン音とその振動かとも思ったが、よくよく感じるとそれらとはまた異なる上に次第に大きくなってきたのだ。

 その揺れと音に車内の皆も気が付き始めた。先ほどまでの穏やかな雰囲気は霧散し、緊張感が車内を支配する。そして、黄河がポツリと言葉を漏らす。


「……なぁ。何かこの車、傾いてねぇか……?」


 次の瞬間、マイクロバスが大きく弾んだ。車内で悲鳴が上がる。そして同時に車体が大きく傾きだした。黒江は猛烈に嫌な予感を覚え、身体が濡れるのも構わず窓から体を出し地面を見た。

 視線の先、マイクロバスのタイヤ、その直下に大きな地割れが発生していた。そしてその地割れはタイヤを飲み込み大きく広がっている。先ほどの衝撃はこの地割れによるものだったようだ。

 とっさに黒江は車内に向けて警告を発そうとしていた。しかし、わずか数瞬の間にできる事など何もなかった。できる事など、精々悲鳴を上げること位だろう。


「あ、わ、ああぁぁあああっ!!?」


 とうとうマイクロバスが横倒しになった。そして崩れる地面と共に、そのまま崖下へ落下する。車内は阿鼻叫喚の様相を呈し、何人かは車外へと投げ出される。響き渡る悲鳴も豪雨にかき消された。

 黒江も車外へ投げ出された。体のどこかを打ちつけたのだろう。燃えるように熱く、痛い。そして、揺れる視界で眼前に迫る濁流を捉えたのを最後に、黒江の意識は途切れたのだった。


 旧版をご存知いただいております皆様、大変お待たせいたしました。新たに読み始めて頂きました皆様、初めまして。前書きで書いた通り、この作品は拙作をリメイクした作品です。本日より折を見ては投稿していきます。詳しくは活動報告、もしくはTwitterで記しております。どうぞ、そちらをご覧ください。

 それでは、今後もよろしくお願いいたします。

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