あなたなしじゃ生きられない
季節がずれてしまいました…。
8月の、とある暑い日に思いついた話です。
軽い気持ちで楽しんで頂ければ幸いです。
「……決めた!」
口から零れた言葉は広くない部屋の中であっという間に広がっていき、ざわついていた空間を静かなものへと変化させた。
こちらを注目する顔をぐるりと見渡し、私は言葉を紡ぐ。
「私…ノンノンさんと結婚する!!」
「…えーーーーーーーっっ!?」
一瞬の間の後、大きな声があがった。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!さっちゃん、オレと結婚するって言ったじゃん!」
うん、エアーくんと結婚を考えたこともあったよ。
だけどさ。エアーくんと一緒にいると肌が凄く乾燥するんだよ。
見て?指先、ガサガサになっちゃってるでしょう?
肌がガサガサになるのは嫌だから…だから、ゴメンね。
あなたとは結婚できないよ。
「……そんな……」
リアルorz状態のエアーくんを見ていると、左から声をかけられる。
「…ねぇ、さっちゃん。じゃあ、ボクは?どうしてボクはダメなの?あんなに好きって言ってくれてたのに…」
扇くんのことは、勿論好きだよ。
でもね?部屋を快適にするにはあなたでは力不足なんだよ。
確かに風があるとないとでは、全く違う。
だけど、吹きつけられる風が熱いと、息苦しくなるだけなの。
だから、あなたとは結婚できないよ…ゴメンね。
「…そんなぁ…」
ガックリと肩を落とす扇くん。
そんな扇くんを見ていると、今度は右から声がかかる。
「なぁ、さつき。オレがダメな理由も教えてくれるか?このままじゃ納得できねぇよ」
冷さんがダメってわけじゃないんだよ。
むしろ、いてくれないと困るくらい。
なんだけど……私が求めているものと、ちょっと違うんだよね。
確かにあなたが差し出してくれるものは、私を癒してくれる…だけど、あなた自身じゃない。
だから、あなたを選べないの。…ゴメンね。
「…そっか。オレ自身で勝負してなかったんじゃあ、しょうがないよな…」
苦く笑いながらそう呟き、うつむく冷さん。
二回大きく深呼吸すると、顔をあげニヤリと笑った。
「ノンとは長い付き合いだから、あいつのことはよーく知ってる。…いいヤツだよ、あいつ。きっと大事にしてくれるはずだ。だけど…もし泣かされることがあれば、いつでも頼ってこいよ。
ノンを冷やすのはオレの役目だから、これからもよろしくな」
ウインクをひとつ飛ばして、冷さんは去っていく。
…やばい、冷さんがカッコイイ…。
これが大人の余裕というやつなのか……!
「…あの、さつきサン。ど、どうして僕なんでしょうか…?」
冷さんにキュン…としている私の服を後ろからツンツンと引っ張ってくるのは…。
結婚する!と私から名指しされたノンノンさん。
小さいカラダを更に小さく縮こまらせて質問をしてきた。
この時間は休んでいるはずなのに、どうしてここに?
質問に質問で返してしまったが、顔を赤くして答えてくれた。
「冷さんが教えてくれたんです。さつきサンが、僕と結婚するって言ってるって。それで、その………」
あの、その…と繰り返し、うつむくノンノンさん。
私はノンノンさんの両手を握り、話しかけた。
あのね、ノンノンさん。聞いてくれるかな?
あなたは華やかなエアーさんと比べたら地味だと思う。
有名で色んなところから引っ張りだこな扇さんと比べたら知名度は低いかもしれない。
そして、冷さんがいないと何もできないのは否定できないよ。
でもね?一晩中、ずっと傍にいて私を冷やしてくれるのはノンノンさんだけだよ。
私のしたいようにさせてくれて、すぐ傍で私が快適に過ごせるようにしてくれて、本当にありがとう。
あなたがいる生活に慣れてしまうと、もうダメなの。あなたなしでは寝られない。
だから、お願いだよ。これからも私の傍で快適な睡眠を支えてくれないかな?
…ノンノンさんが好きだよ、大好き。
あなたなしの生活なんて、耐えられない。生きていけないよ……!
「……僕もさつきサンが好きです。これからも、ずっと傍にいます。あなたがよく眠れるように、僕、頑張りますから!!」
ノンノンさんの返事は、私が想いを伝えて暫くたってからだった。
良い返事が聞こえて、思わずノンノンさんの両手を握る手に力がこもる。
…じゃあ…!!
うつむいていた顔をあげ、私の目を見てニッコリ笑ったノンノンさんは―…。
「不束者ですが、どうぞ宜しくお願いいたします」
柔らかな笑みを浮かべるノンノンさんが可愛くて、愛しくて…。
思わず、その小さなカラダを抱きしめた。
大事にするよ、約束する。
沢山の『おはよう』も『おやすみ』もあなたに伝えたいから、いつまでも一緒にいてね。
ひんやりとしたスベスベのほっぺたにキスをひとつ。
見る見るうちに真っ赤に染まっていく顔、耳…そして首筋。
恥ずかしがる表情が可愛くて、唇にもキスをしようと顔を寄せて・・・・・・……
唇にむにゅり、とした感触。
重い瞼を持ち上げてみると…そこには包んであったタオルからはみ出したアイスノン。
冷凍庫から出して時間が経過した為、ぐにゃりと柔らかくなって、温い。
「…夢か……」
扇風機のモーター音が響く部屋。
時計を見れば、午前6時…いつもより少し早い目覚め。
カーテンを開ければ、鮮やかな青。
「…さぁて、今日も頑張りますか」
アイスノンにキスをひとつ。
昨夜もあなたのおかげでぐっすり眠れたよ。
今夜もヨロシクね。
コチラコソ、ヨロシクオネガイシマス。
ズット、アナタノオソバニ・・・・・・……
お読み下さり、ありがとうございました。
登場人物?の元となる家電の正体はわかりましたでしょうか?
擬人化って、難しいですね。