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序章 隻腕の男

 男が立っていた。

 林の中、一本の木に寄り添うようにして。いや、息を殺し、気配を消したその様子は、寄り添うというよりは木の陰に身を隠しているという表現が相応しい。その体を完全に幹に伏しながらも、男の視線だけは外界へと突き刺すように注がれていた。


 視線の先には屋敷の軒先がある。

 その縁側にひとりの女性が座っていた。齢を重ね、老境に差し掛かろうという年齢だが、美しかった若い頃の片鱗が表情のそこかしこに覗く。見る人によっては、若い頃よりも現在のほうが美しいという意見があってもおかしくない。若さに固執せず、しかし老いを受け入れつつも美しくあることに努力を惜しまない、綺麗な年の取り方をした女性だった。

 白いブラウス姿のその女性は、片手に持った団扇をゆっくりと扇ぎ白い首筋に風を送りながら、初夏の空を見上げていた。もうじき太陽が西の空へ沈む。


 彼女の視線は空から目の前の庭へと移り、時折男の潜んだ木陰にも顔を向けたが、そこに男の存在を確認した素振りは見られない。長年の経験から、林に同化するかのごとく身を隠す術を会得していた男の姿が彼女の意識に映ることはないだろう。


 程なく、家の中より女性を呼ぶ声がして、それに呼応して女性は縁側を立ち家の中へと姿を消した。

 それを見送った男は、もう用事は終えたとばかりに着ているコートのフードを被り、身を翻し林の奥へと去っていく。


 木々の中へ分け入るため、男は木の幹に手を突き、枝を掴み、巧みに体のバランスを取りながら進むが、使われるのは常に右腕のみであった。男が歩を踏む度、下がったままのコートの左袖がゆらゆらとはためく。男には、左腕がなかった。

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