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半透明のケット・シー  作者: 七瀬渚
第8章/猫の目覚め(Juri/Ray)
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3.私たちはもう知っている(後編)



ーーあなたは優しい。



再会したとき…ううん、もっとうんと前から私はそう感じていたと思うの。


初めはほんの指先程度。それでも目覚めるには十分過ぎて、もっと先へ、もっと深く、もっとあなたを教えて…?願う気持ちは抑えられなかった。



それはきっとあなたも同じで。止まれなくなった私たちは何度となく触れ合いを重ねた。その度に奥深くへ響いた。



例えるならそう、高さも低さも共に含んだ、波の音みたいな



深い。それでいて、哀しい音が響くような気がした。だけどそこには必ずあるの。優しい感触、優しいぬくもり、優しい味…あなたの優しさが居続けてくれた。



こんなにこんなに、満ち溢れている。哀しい音の意味を少しずつ知っていった。


あれはきっと張り裂けそうな悲鳴。器の軋み。私だって受け止めるのに精一杯なんだから、閉じ込め切れずにいる彼はもっと苦しいはずだ、って。優し過ぎるが故に。



だから…





あなたはもう気付いているはずよ?





独りで閉じ込めようとしないで。泣かないで。私たちは二つで一つ。想いはいつだって傍にいるのよ。だから、ね。



怖がらないで。







「ーーレイ」




新しい家族四人で帰ってきた日から一日。また元通りの忙しい日々が始まろうとしている。


季節の変わり目は生態系が乱れやすい。故に、これからますます数をこなさなければならない。かつての肉体労働に耐えうる体力を取り戻すべく、レイは早速トレーニングに勤しんだ。



そんな彼の名を呼んだのは休憩時間の昼下がり。二人で腰を下ろした河川敷。



「傷はもう大丈夫?」


「ああ、どうってことはねぇ。心配すんな」



包帯は取れたばかり。まだ何ヶ所かガーゼやテープの当てられている彼の腕やら額やらを優しく撫でるジュリに、頰を染めたレイが不器用な笑顔で返した。微笑みには微笑みで。案ずる気持ちを残しつつ、ジュリもうん、と言って頷いた。



野外での休憩スタイルを好む職員たちが度々訪れるここには今、二人しか居ない。これからは成就の道を進むだけ。散々傷付いてきた、迷子だった二人に安息のときを…と、気遣ってのことなのか。



小さな手元の小さなシロツメクサを一つ摘んだ。慈しむ眼差しでそれを見つめていたジュリは



ぽつり。



呟くように。




「あのね、私…しておきたいことがあるの」



「何だ?」




問われて切り出した。きっと思いのほか多かった。一つ、また一つと届く願いが、彼の青の双眼を見開かせた。




「…ねっ、どうかな。できるかな、全部」



「ジュリ…」



変化させていった。震えさせていった。怯えるような眼差しをすり抜けて厚い胸板に顔を埋めたジュリは、もう一つ、呟く。




……今のうちに、しておきたいの。




「ジュリ…!」




心地の良い陽だまりと好きな匂いの中に居続けようとするジュリをレイは肩を掴んで引き離す。強く掴み続けたまま、危うげな天候の空のような青色を震わせたまま、すごく不器用に笑って。



「これからはずっと一緒なんだ。いつだって出来るだろ」


「………」


「なぁ?」



「……うん」



それから互いに目を背けた。片方は流れ行く川へ、片方は流れ行く雲へ。



移り変わっていく流動へ。




どうやったって離れたがらない身体だけは寄せたまま。








誰も居ない、二人っきり。ジュリとレイはそう思って疑わない。しかし実際は。



「ナツメさん?」



背後から呼びかける声に彼女は人差し指を当てがった唇の隙間から、しっ、と静寂を命じる。少しばかり呆れ顔のマギーは苦笑と共に軽いため息を吐いた。



「盗み見とか趣味でしたっけ?ナツメさん」


「そういうお前こそここで何をしている?」


「えっ、それはホラ…アレですよ」


「相変わらず誤魔化しが下手だな」



やがてむうっ、と膨れた、マギーがぶつくさ独り言を漏らす。不満げに。



「ナツメさんだって“アレ”でオブラートになると思ってたくせに…」



「なぁ、マギー」



十分に聞こえるくらいの声だろうに、聞こえていないみたいにしれっと切り出す、ナツメはすでに河川敷の斜面を眺めていた。しばらくそのままの姿勢でいた。



「片割れ同士が一緒になると、こうも絵になるものなのだな」


「ツインソウル…元は一緒ですもんね」



ちょっと羨ましいとばかりに目を細める、マギーも自然と呟いた。



「ノッポと少女で見た目はデコボコなのに、すごくお似合いですよね。幸せそうで…良かったな」



ああ…



同意の返事が返った。横から。しかし同じ声はわずかの間を置いて続けたのだ。




「…目を背けているな」




「え?」




確かに横から。伝わった低い響きにマギーは目を見張って見上げる。



吹き付ける風に漆黒の毛束がいくつか解けて顔に被った。未だ寄り添う後ろ姿に目を奪われているナツメの表情を伺うことはできない。それでも声だけは。



「怖いのだろうな。もう、知っているのだろう」



「ナツメ…さん…?」



少しばかり怯えの色を宿した、マギーにはまだ知ることはできない。



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



私はいくつか打ち明けた。研究所ここに戻ってくる途中で考えてみた…それは、決して彼に協力を求めるようなことではない。


動くのはあくまで私。こうしたい、これをするっていう、単なる宣言だ。



だけどそこには願いが混じった。もう少し、あともう少しで思い出してしまうから。



ーーレイーー



ーーレイ…ッ!ーー



未だ私の中で続いているこれの意味を。耳をすませてみるうちに、そこに『焦燥』が伺えると知った…この意味を。



思い出そうとすれば出来そうな気がした。だけどもう少し、あとわずかでも時間が欲しくて何度となく遮った。



そして私は予感している。



これを知ってしまったときには、きっと…




「レイ」




ーー深夜、開け放った窓から手を伸ばした。限りなく上弦の形へ近付いていく、満ちていく、月へ。



泣くにはまだ早いと己に言い聞かせて微笑んでみた。離れる二つの指先が目に浮かぶ。そのときにはどうしようもなくなってしまうだろうから、今はまだ…と瞳を閉じて。願った。



彼へ



「ーー信じて」



片割れの魂へ。




今は怖くてたまらない。昼下がりの河川敷で、あなたのそれも痛いくらいに伝わった。いつだってそう、身体を寄せるだけで全て流れ込み感じ取ってしまう。



だからこそ今は願いたい。私たちはこんなに繋がってる。世界の隔りさえものともしない二つの魂は



二つの光は、またいつか。




ーー繋がるんだ、ってーー



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