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半透明のケット・シー  作者: 七瀬渚
第8章/猫の目覚め(Juri/Ray)
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2.私たちはもう知っている(前編)



星々は消えても、夜明けは新たな煌めきを連れて来る。


きっと見ている方が恥ずかしいくらいの甘ったるい嵐が何処ぞへ旅立った日から一週間。早朝。



「おい!みんな来てくれ!!」



まだ大多数が眠りから覚めていない研究所内。声を張り上げる彼は個室を片っ端から開け放っては呼びかけていく。上司、部下なる括りも関係なく。何だよ…と不機嫌に返されようがお構いなしに。



やがて一人、また一人と気だるい動きで自室を出ると、ただならぬ気配に目覚める者が続々と増えていく。まるでゾンビの群れの如くゆらゆらと横揺れに歩いていく。しかし、そんな不気味な彼らが目指すのは



光だ。






『………!?』





外に出ると一面に満ちている朝日の眩しさに目をつぶっていた一同が、やがて慣れてきた瞳孔で捉えた。遠く遠く、先。



動植物の居心地の良さを考慮して張り巡らされた、建物前の広大な草原を歩いてくる。対になったかのように身を寄せ合っている大きな漆黒と小さな白銀。



「ミクが帰ってきたぞ!」


「しかも何故か狼付き!?」



昨夜から行方不明になっていた巨大な猫と見慣れない狼の姿に一同は目を見張る。しかもどういう訳か立ち入れない空気が双方から漂っているときた。



「何だアイツらデキてんのかぁ?」



生意気に…なんて、誰かが冷やかしたときだ。息を飲む音が一つ。また一つ。



もう一つ。




「あれ…!」




そして誰かが指し示す。一体何処から気付いていたのか、こくりと強く頷くエドの顔は満足げな笑みだ。



獣二匹の後ろを歩んでくるもう二つのシルエットを捉えた皆は気付いていく。この為に目覚めさせられたのだ、と。



「ジュリ!?」



それから



「レイ!」



「兄貴ぃ!!」




口々に呼ぶ声の中へやって来る、寄り添う姿のもう一組。照れてるんだか気まずいんだか、よくわからない面持ちの人型の狼と猫が緩やかに足を止めた。



二人と二匹、そして向かい合う何十人との間を吹き抜けていくよそ風は初夏らしく。だけどまだ早朝らしく、ひんやりと冷たい。




みんな…




うつむいたままの口元が動くところなどろくに見えなかったはずだ。それでも確かに向かいからだとわかる。人間の、成人の男のものだとわかる声色は、次に大音量で。



「申し訳な…!」



言い切る前に遮られた。真っ直ぐ地面に向かった頭、いや、全身は一瞬のうちに逞しい二の腕に引き寄せられた。



レイ…



ううっ、と野太い嗚咽を漏らす、エドは腕の中に向かって言う。今まさにきつく抱き締めている、愛して止まない心の弟に。



「心配かけさせやがって…馬鹿野郎ッ!!」



「ごめん、エド……ごめ、ん…っ」



いかつい肩の中で震えている長身。成りはやたらとデカイのにまるで小鹿のような頼りない動きに気付いた者から駆け寄っていく。



兄貴ぃぃ!!



レイさん、俺らこそ…



ごめんよ!ごめんよぉ!!




孤独に耐え続けていた彼の周りが満ちていく。多分近付くことをためらっていたサシャも、人混みに埋もれてなお頭二つ分ほど飛び出でいる彼と視線が合うなりボロボロと雫を溢していく。


身体の距離に関係なく、近付いていく。満たされていく。彼の周りが。じんわり込み上げる実感に目を潤ませて微笑んでいたところへ



「ジュリ!!」



同じようにして包まれた。こっちはぽっちゃりと柔らかな感触に。



「またこんなに可愛くなっちゃって、もう…!」



すっかり幼げな姿に戻ったジュリを包み込むマギーは、よしよしなんて言いながらお姉さんみたいに頭を撫でてくれる。いっぱいに潤ったブラウンの瞳がエドとそっくりに見えるのは色のせいなのか、それとも…?



ちょっぴり想像している。そんな様子のジュリに彼女は持ち前の明るさで言い切った。



「でも…やっぱりジュリはジュリだねっ!」



「そうだ!ナイスボデェでも貴重なぺたんこ要員でも、ジュリ!お前は…っ」



いつの間にか近くまで寄ってきていたエドはすぐさまみぞおちに一撃を食らった。ぐぅ!と苦しそうに呻いた。それでもまだ嬉しそうに笑んでいる彼は




俺らの…仲間、だ、ぞ…!




途切れ途切れながらもそう言ったのだ。








「何だかミクの婿まで連れてきたけど、お前ら…」



ゴロゴロ、ゴロゴロ、と違いに喉を鳴らしては時折舐め合っているミクとレサトを苦笑して見ていたエドがくるっと向いてきた。彼は言った。



「何ならお前らもさ、もう一緒になっちまえば?」



あ…うん、まぁ…なんて、しどろもどろに返すレイ。お決まりのあの仕草を目にしたジュリは思わずふふっ、と笑みをこぼした。ごく自然に言ってしまった。




「うん、お嫁さんになれって。レイが」




は!?という驚きの声はエドだけに収まらずそこらじゅうから。真っ赤に顔を染めたレイが何か言うより先に、熱気をみなぎらせた皆が一気に詰め寄った。



もうプロポーズしたのかよ!



やりますね、兄貴!!



良かったね、ジュリ!



何なら式場作っちゃう?こ・こ・に!




ぐうぅ…と呻いていたレイはやっと返してきた。更にしどろもどろ。ちょっと可哀想になるくらい。



「ジュリ…こんなとこで、言う、なっ…て…!」


「だって嬉しかったんだもん」



「ジュリ…」


「レイ…」



色に例えるならピンク。そんな空気が漂い出した頃、どうやら耐えたねたらしいエドが、だぁぁぁっ!と大声を上げた。同じ声が次に命じた。




一同、回れ右ッ!!




皆は素直に従って同じ方へ回る。ぽかん、としていたジュリとレイにエドの背中は促した。



「ホラ、見ねぇでやっから!キスでもハグでも好きなようにしろ!」



ただしおっ始めんな…


よ……っ!



言いかけたところへ隣のマギーの肘がドスッと突っ込んだ。身悶える不憫なエドの背中を見て一緒になって笑った二人は頷いて、そっと…近付いていく。



190近いレイが屈むと145のジュリはいっぱいに背伸びする。一番熱っぽくしっとりしたところで、そっと触れる。優しく。




離れると共に名残惜しそうな目をして、もう一度とばかりに引き寄せられた…途中。



「!」



「……っ!?」




一体いつ号令がかかったのか。再び回れ右を済ませた一同がニヤニヤしながら二人を見ていた。とりわけ熱を登らせていったのは彼の方で




「お…っ、まえらぁぁぁ!!」




もはや限界といった風に叫んでいた。祝福の歓声と彼の怒声が占める中、案外肝の座ったジュリだけは指先でぬくもりの名残りを確かめていた。



いつまでも、いつまでも




微笑みながら。



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