8.何の為の旅だろう?
逃れられない寂しさを、拭い去れない孤独を、抱えたまま生きていくんだと思っていた。
仕事一筋なんて気取った言葉を纏わせて、孤高のフリなんかをしているうちに、いつしかこれでいいんだと思い始めていた。自分を騙し始めていた。
人間初心者。
それはむしろ知られたくなかったくらい。
これでいい。このままでいい。誰一人わかってくれなくたって、必要とされているだけまだ、いい。
今思うと苦し紛れの麻酔に酔いしれていたかのよう。冷たい“孤高”の持論、ほろ苦い珈琲、燻し銀の煙草……渋いツラに見合った渋い装飾ばかり取って付けた。いわゆる嗜好品だ。迷惑かけなきゃ悪いことでもない。だけど、俺の動機といったらそんなもんだった。煮え切らない自分を誤魔化す為の。
周囲の期待する自分である為の。
わかってしまうと可笑しいったらない。滑稽。あまりに滑稽すぎて。
そんな俺もついには知ってしまった。人が本能的に求める味…美味いと感じる味は共通しているのだと。
強さ、濃さに関わらず、俺たちは日々口にしては原動力に変えている。果物、炭水化物、水にだってそれはある。
ーー甘味。
それは血肉となって甘美となる。とりわけ意識などしない何気ない日常の中でも本能は生きている。生きている喜びを確かに感じているのだと。
装飾よりも麻酔よりも、強力なのだ、と。
ーーもう離れられないーー
熱く触れた舌先に受けた甘味を逃したくはなかった。閉じ込めておきたかった。だけど
逃れられなかった苦渋の選択。奥にある味蕾はやはり苦味なんだと歯を食いしばって別れたあの日。
俺は再びあの花を手にした。
時空の歪みの存在する場所、あの神社裏の林で肉体を返還すると、手にしたそれも舞い上がり、散って、薄れて、消えてしまう。
物質の無い世界に物質は持ち帰れない。わかっていながらも何度も繰り返した。あの世界に赴く度、柏原怜を纏う度、大して長くもない後ろ髪を引かれるようにして還る度。毎度毎度、性懲りもなく花屋で買った青い花。
いつかお前が教えてくれた、物悲しい響きを持つあの花は、決して連れて行くことはできないのだ。そしてアストラルにおいては存在すらしない。
何故…
都度に浮かんだ疑問。愛するたった一人のお前と永遠を誓い合った、次の日にはもう辿り着いていた。
もしかするとこれは、青い花の存在理由…その答えを見つける為の旅だったのかも知れない。
お前の為?
いや、きっと俺の為に
――知りたくて――