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半透明のケット・シー  作者: 七瀬渚
第1章/狼の日常(Ray)
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6.聞いてくれないか、友よ



結局ろくに味わえなかった夕食の後、喫煙所を訪れた。この頃ますます本数が増えている。もはやこっちの方が主食と化しているのではあるまいか。


ふぅーっと吐き出すと、どういうつもりかこちらに返ってくる煙に目を突かれた。染みる。きつくつぶった目尻がじんわり濡れていた、ちょうどその時。



よぉ。



扉を開いて入ってきた見慣れた姿が、はた、と動きを止めた。驚きに目を見張ったかと思ったらすぐ口を開いて。



「何、レイ泣いてんの!?」


「ちっげーーよッッ!!」



わたわたと勝手に慌てふためいているそいつに怒鳴った。レイはぐしゃぐしゃと目元をこすった。今日は本当にタイミングが悪い、なんて思いながら。



現れたばかりのこいつはエドワード(27歳)。愛称はエド。俺と同じようにありがちなやつだ。更に似ているのはそれだけではない。


度々、女、子どもを怯えさせている強面。ブラウンの鋭い目に、獣のような硬い短髪。背丈は俺より低く、横広ではあるが、結果的に“デカイ”という点で共通している。肩書きは生物保護班隊長。つまり俺の上司だ。


とはいえ、こいつとはガキの頃からの長い付き合い。仕事以外のときは完全に友達ノリだし、野獣ヅラのくせにスイーツ好きというギャップだって知っている。



「何だ、言ってみろよ、ん?」



鼻息荒く、暑苦しい顔を寄せてくる、こういうお節介なところも。もうヤケだった。順序なんてまるでなってなかったけど、話してしまった。



へぇ…



一通り聞き終えた、エドが煙と一緒に呟きを吐いた。うーん、としばらく唸っていた、彼がやがてこちらを向いた。



「羨ましい悩みだよなぁ。同じ環境に居るのに、何故お前ばかりがレディたちの恩恵を受けられるんだ?」


太い眉を寄せて悲しそうな顔をしているエド。はぁ?レイは不機嫌全開で言い返す。


「これの何処が恩恵だよ。どいつもこいつも身勝手に振り回してくるだけだっての!」


ふん!そんな声が出てしまいそうな勢いで顔をそむけた。灰皿に煙草を押し付けてもう一本取り出した。



「お前どんだけ煙草食ってんだよ」



呆れたような声がふと消えかかった。構わず火をつけたところに、同じ声がまた言う。


「っていうか、どうしたの?その指」


言われてやっと思い出した。ああ、と呟いた。



「火傷」


「え、なんで?」


「火種」


「お、おう…」



“なんで”の意味ならわかっていた。無論“なにで”じゃないことだって知ってはいたけれど…




ーーエド。



再び口を開けたのは、またギリギリまで燃え尽きた一本を灰皿に押し潰した後だった。視線もろくに合わせられないまま。




「すっげー言いたくないんだけど」



…聞いてくれないか。





やがて“おう”と遅れて返ってきた。たった二文字なのにしっかり感じ取れた優しい響きに不覚にも、甘えた。こんな相談をするときが来るなんて、まさか自分が…まだ実感が沸かなかった。それでも。




「考えちまうんだよ。頭から離れない」



ーーレイーー



脳裏で響く、無邪気な声。



ーーれいーー



もう一つ響く、大人びた声。




まるで違うようで共通しているものがある。本当はもう気付いている。この耳から脳へ、伝わる過程でそれは音を、いや、味を変えるんだ。じんわり、甘く。



樹里じゅり、お前の声が遠のかない。



この耳から、奥から





ーー離れないーー



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