1.眠っていたのは宝物
【輪廻転生】
信じるか否かはそれぞれ。何を確かと捉えるか。見えるものか、見えぬものか……それは各々の感性に委ねられる。
浪漫と取るか、オカルトと取るか。肉体を持つあの世界の者たちの解釈はどうやらそんなところらしい。きっと当たり前なのだろう。
しかし。この世界にもまた“当たり前”がある。輪廻転生は存在する。前世を持つ者は平均して15歳前後にかつての記憶を得る。大多数が身を持って経験するが故に、それは確かな事実とされている。
幽体のままである以上、避けられはしない。この世界の仕組み…この世界においての“当たり前”なのだ。
俺が前世を思い出したのは14になる少し手前だった。一部の例外を除いて、歳の近い奴らなら大体同じ頃だった。
少しずつ、少しずつ、解かれていく。無防備な青少年たちは絹糸と化していく壊れかけの繭の隙間にかつての自分を見て困惑する。言うまでもない、デリケートな時期。故に、明るみになっていく中身もまたデリケートな問題だ。
易々と口にはできない。他言することもましてや訊き出すことも。しかと受け止められる状態が整うまでは互いに触れないのが暗黙の了解とされている。
想像しやすい例で言うなら
ーー俺の前世は英雄だぜ!ーー
…という者が居たとしよう。それはさぞかし誇らしかろう。だが。
ーーお前は?ーー
問われたもう一方は脂汗を絶えず流してて唇を噛み締める。今まで全うに生きてきたつもりのそいつが、もし、かつての囚人だったなら?
言えぬのも無理はない。
極端に言うならそんな事情だ。もちろん俺も訊きはしなかった。しかし、だ。
一つ、また一つと見えてくる程に不安は増した。蘇る懐かしい景色。その角度は今とは明らかに違う。背の高さ?いや、そんな問題ではない、とやがて認めざるを得なくなった。
ーーおい!ーー
ーーしっかりしろ!ーー
俺は誰かにそう言った。焦燥に満ちていることだけはわかる、その声色も今とは違う。
言語の違いか、声のトーンか…
いや。
やっぱり違う、根本から。いよいよ恐怖に打ち震える少年の俺に、ついさっき呼びかけた相手が顔を上げて見上げた。息が詰まった。
ーー血だらけの、顔。
濡れて貼り付いた、何本もの
焦げ茶の……
う……ぁ……
うぁ…ぁあ、あああ…ッ!!
意味を知った。かつてと同じ色、同じ形の双眼をいっぱいに見開いた俺は耐え切れず、氷のように冷たい廊下の片隅で崩れた。異変に気付いて駆け寄ってきた一人、そのただ一人にだけ、縋り付いてぶちまけた。
ーー俺は違った。
みんなとは、違ったんだ…!ーー
相手はまだ赴任して一年程度の研究班副班長。何かデカイ研究の後の体調不良とかで長期休暇を取っていた、やっと戻ってきたばかりの彼女は、何故か自分のことのように漆黒の瞳を震わせて答えた。哀しい笑みで。
ーーお前はお前でいればいいんだーー
崖っぷち状態の俺はこれに救われた。そうだ。前世は前世、そして、現世は現世。原点がどうであろうと、俺は俺。変わりはしないのだ、と。
そうして俺は受け入れたのだ。見える角度が違っても、呼びかける者があんなでも
全てを思い出しても。
ーー全て。
そう思っていた。そして思いもしないかった。
まさか、未だに得ていない…いや、むしろ、閉じ込められていた記憶が存在するなんて。
もう独りにはしない、絶対に!
ジュリ……!!
限界まで手を伸ばした。引き寄せることは叶わず、共に堕ちた。
……そのときが訪れるまで。
――思い出せなかった……なんて――