13.貴方の涙を知っています
ーー思い出すと、今でもはっきりこの身に蘇る。震える肩は抱いてみても治らず、奥が…いや、魂が悲鳴を上げる。
何がそうさせたのか?
重なったぬくもり……初めての経験?
ーーいいえ……
この手をすり抜けた…絶望?虚無感?
ーーいいえ。
肉体を貫いて幽体、魂に至るまで、鮮烈に焼き付いた一瞬ばかりの記憶。哀しげな眼差し、深い色。
あの日。
孤独へ還り行く彼の、悲鳴を聞いた気がした。
何処へ行ってしまったかもわからなかった。あの町から、あの世界から、彼の存在そのものが消えてしまった。それでも忘れられなくて苦しくて、守りたくて、助けたくて、ここまで追いかけてきてしまったの。
きっと悲しませるってわかっていても、追い返されるって知っていても、止められはしなかった。見失いたくなかったの。
もう二度と。
……いえ。
二度、は、
もう…
もう、あった……?
新月の日。星明かりだけが頼りの夜。
狼が安らぐ夜。
ーーレイ。ここは…?ーー
湖から遠ざかり、木々の間を抜けた。手を繋いで荒野を進んだ。そのうちまた、茂みに迎えられた。
ユズリハの群れが覆う崖の麓。辿り着いた古い小屋の前で彼が言った。
ーーフライトを覚えたばかりの頃、ダチと一緒に見つけたーー
ーー隠れ家って呼んでたーー
無邪気な頃の話なんかしたからなのか、恥ずかしげに鼻をこする彼を見上げてジュリはくすっ、と漏らした。秘密基地じゃなくて?そんな風に言ってあげた。
もう長いこと人の出入りがないのだと足を踏み入れてすぐにわかった。言うまでもなく埃っぽかったけど、共に疲れ果てていたから、掃除は最小限。今夜眠る範囲だけに留めた。続きは明日と約束して、多分一人分であろう狭い寝床に無理矢理二人収まった。
彼は持参してきたタオルケットを被った。私を包む布団の代わりは、そんな彼自身が担った。
土埃で白く霞んだ窓は射し込む星明かりを一層青白くした。布一枚に包まる狼と猫は、一つの蛹となったかのようにぴったりと身を寄せ合う。
彼はすぐに眠りに落ちた。傷が痛むのか、時折顔をしかめる彼を、獣っぽい硬い髪を、未だ眠れずにいるジュリは優しく撫でる。微笑みながら口にする。
レイ……
「泣かないで」
強面の横顔に涙はない。流れてはいない。だけど見えるような気がするから、だから囁く。
あの日言えなかったことを。伝えたかった言葉を。
ーー忘れません、怜。
あの頃の波長が強くなる。そっと抱き締めながら胸元へ伏せた、ジュリの顔は上品ながらも哀しげな令嬢の形へと戻りゆく。
そして唇が象る。やっと受けることの出来た想いを、同じ想いを、今度は彼へ。
――愛していますから――




